第97回 伝統の強打を武器に全国の舞台に上がる超名門・日大三(東京)のつながり2019年05月28日

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【目次】
[1]全国3度の優勝を経験する屈指の名門
[2]タレント豊富な日大三のOB

 圧倒的な破壊力を持ち味に全国の舞台で大暴れする西東京・日大三。日大三は春20回、夏17回の併せて37回の甲子園出場経験を持つ。そのうち春は1回、夏は2回の優勝を誇るまさに名門校。そんな日大三の歴史を今回はたどっていきたい。

全国3度の優勝を経験する屈指の名門



昨春、東京都大会を優勝した日大三(優勝旗をもらうのは日置航)

 最初の優勝は春の選抜。1971年に行われた第43回大会で準々決勝から3試合連続完封などで甲子園初優勝を成し遂げた。そして夏の初優勝は2001年。この年は21世紀最初の夏の甲子園で今も記録に残る3試合連続本塁打を放った主砲・原島 正光を中心に自慢の打線で勝ちあがった。当時のチーム最高打率4割2分7厘という驚異的な数字を残し、日大三の名を徐々に広げ始めた。(現在は2004年の駒大苫小牧の4割4分8厘)

 そして2度目の優勝が2011年。セ・リーグ新人王を受賞した髙山 俊や北海道日本ハムファイターズでおにぎり君で親しまれる横尾 俊建。さらにシンカーを武器としたエース・吉永 健太朗に、その年の選抜で1試合最多の6安打という大会記録に並んだ畔上 翔らタレント揃いのチームが夏の甲子園で2度目の優勝を遂げた。

 その後2012年2013年も甲子園に出場するものの、いずれも初戦敗退。ただ2016年の秋、横浜DeNAベイスターズにいる櫻井 周斗やトヨタ自動車の金成 麗生などを中心に都大会決勝へ。惜しくも清宮 幸太郎率いる早稲田実業の前に敗れるものの、翌年の2017年の選抜に出場を果たす。



セ・リーグ新人王になった髙山俊の日大三時代

 初戦で履正社に敗れ甲子園を後にするも、春季東京都大会では準優勝。決勝で17対18でまたも早稲田実業に敗れたが、高校野球としては異例のナイター試合になるなど、大きな話題になったのは記憶に新しい方も多いのではないだろうか。

 2季連続の甲子園に向けて意気込むものの、夏の西東京大会ではその年に甲子園ベスト4に勝ち進んだ東海大菅生に敗れ、悲願の甲子園とはならなかった。だが、旧チームから出場していた日置 航を主将にした昨年のチームは秋の都大会で優勝し、明治神宮大会に出場。さらに選抜に出場すると春の都大会、そして夏の西東京大会で見事優勝。東京で一度も負けることなく夏の甲子園の舞台に5年ぶりに返り咲く。

 初戦折尾愛真に16点の猛攻で勢いに乗ると、奈良大附には8対4(試合レポート)。3回戦龍谷大平安準々決勝下関国際には1点差勝負をものにしてベスト4に上り詰める。準決勝金足農戦では吉田 輝星の前に1対2で敗れるものの、ベスト4に進出の輝かしい成績を残した。

 今年のチームは春季東京都大会でベスト8に入り夏のシード権を確保。エース・井上 広輝や長身右腕・廣澤 優のU-18一次候補の2人加え、主将・佐藤 英雄前田 聖矢など旧チームからベンチに入るメンバーを中心に2年連続の夏の甲子園を狙う。

【次のページ】 タレント豊富な日大三のOB

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