Column

東南アジア野球の可能性

2014.09.05

高校野球がないタイの実情

試合を見守るタイのベンチ

 タイ野球と日本のかかわりといえば、2007年にナショナルチームの総監督に江本 孟紀氏を迎えたことが記憶に新しいかもしれない。

 江本氏は日本とタイのパイプ役として尽力し、元プロのコーチを招くなどをして、強化。亜細亜大で活躍した白倉 キッサダー投手がエースとなり、2007年の東南アジアの競技大会で優勝するなど、東南アジアでは新興勢力として知られる。

そういう背景を知ると、高校野球以下の野球の裾野も広くなっているだろうと想像していた。だが実情は違っていた。タイには高校野球がないのだ。

「中学で野球を始めましたという子が早いぐらい。むしろ高校生になってから、初めてボールを握る子がほとんど。野球を見る習慣がないです。テレビはないですし、雑誌で野球のことを取り上げられないですし、彼らが野球を知るのは中学生、高校生になってからなんじゃないでしょうか」

 と説明するタイ代表監督の徳永 政夫氏。徳永さんは1979年から北九州大学の硬式野球部の監督に就任。その間、森山 良二(現東北楽天投手コーチ)、中田 賢一(福岡ソフトバンクホークス)、平田 真吾(横浜DeNA)を輩出した指導者である。2011年よりタイの野球とかかわるようになり、2013年から前監督の渡辺 博敏氏より引き継いで、野球部の監督をやりながら、タイの代表監督に就任した。

 徳永氏は、基本重視、守備重視の野球を推している。
「教えることはそれだけしかないですから」
徳永監督の指導の下、選手たちはメキメキとうまくなっていくという。

「今まで野球をやったことがない、知らなかったことを考えると、彼らはすごく頑張っていると思いますよ」

 だが大会に入ると、対外試合の経験は2年に一度の国際大会のみ。やはり試合経験少なさゆえに出てしまうミスが続出してしまうようだ。しかし徳永監督は「それは仕方ない」と受け止める。むしろ全く経験がない子たちが3試合戦ったことに感動していた。

「全く経験がない子たちですよ。その子たちが年々上手くなっている。それは素晴らしいことだと思います」

第10回 BFA 18Uアジア選手権

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[page_break:スター不在で伸び悩むタイの野球人気]

スター不在で伸び悩むタイの野球人気

試合中に集まるタイの選手

 そういう背景を知ると、3試合しっかりとやり通していることに驚きである。そのことについて訊くと、

「そうですね。韓国相手に7回まで試合やっているんです。試合前に最低7回までやろうと話していました。でも5回20失点で終わってしまうのかなと思ったのですが、7回まで試合が出来た。でも13失点したのは悔しいですね」

 そう韓国戦を振り返った。選手たちの成長の早さに驚かされるも、徳永監督はこのままではタイの野球は変わらないと危機感を感じている。

 徳永監督はこう話す。

「一番理想なのは、プロ野球、社会人野球、大学野球の方々が、東南アジアの選手たちを受け入れてほしいですね。練習して学んできたものを国に持ち帰って、リーダーとなって、裾野を広げる形が出来たら良いなと思います。頑張っている姿をいろいろな人たちに理解してもらうことが大切ですね」

 現在、日本球界では野球界の危機が叫ばれ、国内の少年野球を中心に裾野を広げる活動を行われている。だが、タイはトップレベルの選手が存在しないので選手がメディアで扱われることもない。タイに滞在中、現地の人間にどのスポーツが人気なのか?と聞いてみた。すると「サッカーとテニスですよ」という答えが返ってきた。なぜ人気なのか。

すると、「サッカーがなぜ人気なのかはあまりわからないのですが、テニスは世界的に活躍したパラドーン・スリチャパンの影響があるかもしれません。国全体が強いわけではないですが、パラドーンの影響もあって、テニスを始めた方は多いと聞いています」

 と、説明してくれた。やはりスターの存在。それを扱うメディアが機能すれば、自然とファンは関心を向け、人気を生み出すことが出来る。徳永監督はそういう流れを期待しているに違いない。その為にも、やはり裾野の広げることが重要なのだ。

 今後、徳永監督から指導を受けた選手たちが、いずれ日本球界に憧れを持った時、日本球界はそれを受け入れる器の大きさを見せる必要があるだろう。時間は長いかもしれない。
将来的には多くのチームが出来るほど、プレイヤーの人数が多くなって、国内で公式戦を行い、その中からえり抜きのトップ選手が代表に選ばれる。そんな仕組みになることをタイ野球関係者は望んでいるはずだ。

第10回 BFA 18Uアジア選手権

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低迷が続くフィリピン野球 フィリピン野球改革を日本人が担う

フィリピンのピッチャー Junmar Diarao

 ベーブルースがホームランを打ったリサール・メモリアル・スタジアムが現存し、東南アジアでは長い歴史があるフィリピン。国際大会経験も豊富で、少年野球、高校野球、大学野球とどのカテゴリーにも野球があり、東南アジアでは裾野が広く、強豪国と位置付けても良い国だろう。だが近年は財政的な問題で、危機に直面にしているという。

 その状況をリアルに実感しているフィリピン代表監督の高橋 将人さんに語っていただいた。

 高橋さんは父が日本人、母がフィリピン人のハーフで日本の高校野球を経験し、大学では軟式野球部に所属していた。(参考記事:一次予選を戦うフィリピン野球とは?

 

 フィリピンはアメリカの植民地だった時代があり、英語教育が進んでおり、英語はフィリピンの公用語となっており、中には勉強のためにアメリカに留学する学生もいる。チームのエースであるAJ フランシスコは15歳の時に、勉強にために留学。そして留学中になんと160試合のゲーム経験を積んだという。

 また、東南アジアの少年野球大会で優勝すれば、その賞与として、アメリカでプレーすることが出来る。正捕手のラバード、投手のメルカドもリトル時代に東南アジア大会優勝を経験し、15歳の時にアメリカでプレーしている。

 フィリピンはリトルリーグが盛んで、全国で、中高生のリトルは10チーム~15チームで、12歳以下の少年野球チームが40チームある。それでも、お金がなく大会に出場出来ないチームが多いという。 少年野球のチームは多く、それなりに普及していると話す高橋さん。だがそこからトップレベルの強豪になりきれていないのが現状だ。

 フィリピンの取材の前にタイ代表監督の徳永さんの取材を行ったが、徳永さんが話されていた「トップレベルの選手が、国に持ち帰り、還元することが大事」ということを高橋さんに伝えたら、「その通りですね。でもフィリピンの野球選手は外国志向の選手が少ないですし、また経済的に厳しいです」と現状を明かしてくれた。

 ビザの問題もあり、また外国でプレーするお金もない。今年9月に仁川で行われるアジア競技大会にフィリピンが出場しなかったのは、スポーツコミッションが許可を出さなかったからだという。

 政府が協力的ではないことは、高橋さん含め、国際大会に出場するナショナルチームの選手は気付いている。国内の野球を変えないといけない。今大会のコーチには2013 ワールド・ベースボール・クラシック・フィリピン代表だったフランシス・カンデラ投手が就任している。ナショナルチームを経験している人が指導者になり、強化を図っている。それが良い流れになってくれればと高橋さんは期待する。

第10回 BFA 18Uアジア選手権

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東南アジアの野球の発展と支援

フィリピンナイン

 高橋さんが監督に就任するきっかけは、2017年のWBC大会をフィリピン代表チームで出場する夢をフィリピンアマチュア野球協会に語ったことだ。高橋さんからすれば、突如と舞い込んできたオファーである。まだ現役大学生の22歳。
リトルリーグでコーチをした経験はあっても、本格的にチームを統括する立場になった経験はない。最初は不安があったようだが、大学入学後に、軟式野球部を経験したことが大きかったそうだ。

「軟式野球部は監督がおらず、学生監督なんです。練習メニューは自分たちが決めていました。そういう経験は監督になってすごく生きています」と話す高橋さん。

 大会前、高橋さんに今大会の目標を尋ねたら、決勝リーグ進出だった。理由は政府に少しでも支援してもらうためにも、国際大会の実績が重要だからだ。

 だが、初戦は日本と対戦し、コールド負けを喫した。その夜、選手たちが素振りを始めて、高橋さんにアドバイスを求めたという。今まで高橋さんから動いて、選手から動くことはなかったが、日本に負けたことで、悔しさが芽生えたのか、初めて自発的に練習を始めたり、アドバイスを求めるようになった。

 高橋さんは、それが監督になって一番嬉しかった瞬間だという。選手たちが変わったからか、翌日の中国には8対1で快勝、さらに翌々日のスリランカにも13対6で試合を制し、決勝リーグ進出を決めた。当初の目標は達成出来た。

 大会後、高橋さんは日本に帰国してクラブチームに所属しながら選手としての腕を磨く。2017年のWBCに出場するためだが、自身の目標とフィリピン野球のためであると話す。
「フィリピン代表になることで、自分自身の知名度も上がればと思っています。そうすることで、自分たちを支援する方が多くなり、フィリピン野球にとってプラスになると考えています。今、フィリピンの代表監督のオファーをいただいていることは大変ありがたいことですし、どんどん自分を売り込んでいければと思っています」

 2017年のWBCでは現在、日本でプレーしている日本人とフィリピン人のハーフと一緒に戦うことも夢であるという。
「僕の1歳上の小川 龍也さん(千葉英和-中日ドラゴンズ)、また同学年の山崎 康晃君(亜細亜大)、戸根 千明日本大)君と一緒にプレー出来ればと思っています」

 山崎も、戸根も、今年のドラフト候補に挙がる逸材。この2人が、いずれフィリピン野球代表になることを決意すれば、大きな力となるだろう。

 こうしてタイ、フィリピンも日本人の草の根活動によって少しずつ動いている。だが彼らだけでは限界があるのもまた現実だ。経済発展が著しく人口が6億をこえる東南アジア。東南アジアの野球の発展は、野球界のマーケットの拡大につながり、最終的には日本野球にも還元できる。

 やはりNPBなどの巨大な組織が、東南アジアの選手を受け入れ、より多大な支援をする必要性が迫られているといえるだろう。アジアの発展をいかにとりこめるのか。日本球界にとっても今後の重要な課題の一つといえそうだ。

(文=河嶋宗一

【試合レポート】日本vsフィリピン(2014年09月01日)

第10回 BFA 18Uアジア選手権

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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