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強豪チームへの道しるべ (横浜商大高校)

2013.11.05

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神奈川の強豪が目指す「基本に忠実な野球」、その手段のひとつとして活用されている「データ」。
30年の指導歴で培われた観察眼と分析力と伝達術。金沢哲男監督の取り組みからは、たんなる情報戦略にとどまらない「強豪チームへの道しるべ」が見える。

「100人メニュー」に見るきめ細かさ

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横浜商大高 金澤哲男監督

 全国各地で最高気温40°超えが連発した「炎暑」のこの日の朝8:30。横浜商大高校のグラウンドには、笛の合図とともにダッシュを繰り返す野球部の選手たちの姿があった。全員が半袖に短パン姿だ。
「今の時期、もっとも怖いのが熱中症です。だからボールを使わない練習時はなるべく楽な恰好をさせたりと、生徒の体に負担がかからないように細心の注意を払っています」
 こう語るのは今年でちょうど就任30年になる金沢哲男監督だ。横浜商大高はこの夏、神奈川県大会5回戦で松井 裕樹のいる桐光学園に敗退。取材したのは、代が入れ替わり新チーム作りに着手している時期だった。部員は3年生が抜けたとはいえ約100人いる。「上下関係もないし居心地がいいんだと思います」と笑うが、これだけ大所帯でのチーム作りはたいへんだ。

 目指す野球は「基本に忠実な野球」。言葉にすると派手さはないが、この「基本」を突き詰めることがいかに難しく、そして力になることかを知っている。基本を突き詰めることと、多くの部員を育てることは、ともすると非効率な部分もあるかもしれない。しかし、その相反する要素を見事に融合させている。見せてもらったのは、その日の練習メニュー。約100人をA~Dの4チームに分類しているが、さらに生徒単位で練習メニューのタイムスケジュールが決められている。たまに数人の生徒の名前が抜けてしまうのはご愛嬌。

「毎日、これを考えるのに5時間くらいかかるんですよ」と苦笑いする金沢監督だが、どこか楽しそうに語るのが印象的だ。グラウンド上では練習用ユニフォームに着替えた選手が、個々の練習先へと走っていく。この無駄のないきめ細かさ、そして全体から個まで気配りできる視野の広さ。神奈川の強豪が目指す「基本に忠実な野球」、その内実はいかなるものか。


データは100%ではない

 
インターネットや情報機器が発達した今、高校野球においても「情報戦」は進化を遂げている。プロ野球にも劣らぬ「ID戦略」は、ひとつの負けも許されぬ高校野球ではときに絶大な威力を発揮する。“ときに”といったのは、その分析、使い方をひとつ間違えるとまったく予測と反する結果になってしまう「諸刃の剣」だからだ。
金沢監督は、この扱いの難しい「データ」を自分の野球の中でにいかしている。

「どんなにいい選手が育っても、個々で戦う野球ではなくチーム力=総合力で戦うのがうちの野球です。その総合力の向上に必要となるのがデータ。ただし決して100%頼るものではない。イメージでいうと無策で臨めば5~6失点する試合が、データを活用することで完封とはいかないまでも3~4失点に抑えれる。つまり無策なら負ける試合も勝ちにできる可能性を生んでくれるんです」
 先に書いた「基本に忠実な野球」とはなにか。金沢監督は「(勝つ)確率を上げる野球」ととらえている。基本を固め、ミスを減らし、地力で勝つ。その確率を上げる手段にデータがあることは、確かにうなずける。

 ただし、肝に銘じておかなければならないのは「100%ではない」ということ。
「野球にはデータでは及ばない要素もあるということです。それは『勢い』と『相性』。どんなにデータが正しかろうと、この2つだけはいかんともできない。たとえば大会決勝で対戦する相手が、劇的な勝ち上がり方をしてきていたりするときの勢いは、データでは止められない。あと対策が万全でも、相手バッター9人中2人ぐらいには打たれるもの。これが相性です」

 まず金沢監督流のデータの意義を知ってもらったところで、さらに具体的な方法論へと入り込んでいってみる。データを実践に落とし込むまでに「観察」「分析」「伝達」の3フェーズがあるのは、どこも変わらないだろう。次よりこのフェーズごとに具体的なポイントを探ってみる。


観察

■「自分の目で見る」ことが最優先

 
データ戦略の第一歩は、まずなりよりも「情報を集める」=対戦チームの試合を見る、ということだ。当たり前のことだが、ひとつでも多くのケースを見ておくことがデータの精度を高めることになる。
「僕は自分の目じゃないと信用しないので、なるべく試合を見に行きます。ただそればかりかかりっきりにもなれないので、そういう時は部長や生徒に行ってもらいます。そして映像を撮ってきてもらうんです」
 自分が見る時はバックネット裏、やや右の席に陣取る。「利き目の影響ですかね。真後ろじゃなくてやや右寄りが見やすいんです」
 
この夏は7月14日に2回戦の横浜翠陵戦(10-0で5回コールド勝)が終了したその足で、会場の[stadium]横浜スタジアム[/stadium]から[stadium]等々力球場[/stadium]へ急行、3回戦の相手となった桜陽高、4回戦の相手となった日大高の試合を視察した。とにかく自分で見ることを優先するのだ。

■データ班は1チーム4~5人

 といっても全ての高校を一人で見るわけにもいかない。そういうときは部員たちの出番だ。
「チームには記録係もいます。だいたい4~5人を1チームにして各球場に派遣します。たとえば夏の大会のベンチから漏れた3年生や、根っからデータ好きな生徒もいますんで。彼らの仕事はまず映像を撮ること。そしてスコア、配球表などの記録です。でも正直アテにできない部分もある。だから最終的には自分が確認します。映像と記録を照らし合わせるとよく間違ってるんですよね」
 映像で見たらアウトローに投げ込まれたボールが生徒の記録ではインハイになっていたりする――。本人に悪気はないのだろうが、1球の誤記が後に大きな「勘違い」に結びつくこともある。ここが怖いところだ。

■偵察「3種の神器」

 情報収集で威力を発揮するアイテムは3つ。ビデオとストップウォッチとスピードガンだ。これは多くのチームと大差ないだろう。ポイントは「ストップウォッチで何を計るか」
「うちはランナー1塁でピッチャーが持ってる時間を計っています。セットに入ってから投球動作に入るまでの間ですね。一定のピッチャーもいれば不規則のピッチャーもいる。前者の場合は、それを知っておけば盗塁できますから」


分析

■自分の体で確かめる

 さて、可能な限り情報を収集したら次にすべきは「分析」だ。ここで正しい分析ができなければ苦労して得た情報も水の泡になってしまう。いったいどうしたらよいものか。
「分析は監督である自分が行います。最終的にデータを選手に渡すには責任を伴う決断が求められますから。だからまずはとにかく見る。そして一覧表を作って要素を埋めていく。ピッチャーなら配球やフォームの癖、狙い球など。打者なら構えやスイング、コースや球種の好き嫌いなど。それを何度も巻き戻しながら1球1球スローで見返します」

 ポイントは、見るだけでなく、実際に選手のフォームやスイングをマネてみることだ。すると得意、不得意な部分に気づかされる。
「普段は学校のグラウンドバックネット裏にある視察室で見てます。しかし、時間がかかりすぎて家に帰ってから映像を見返すこともしばしば。で、スイングの軌道とかを実際にやってみて確かめてみる。家には娘が3人いるんですが、その姿を目撃され『パパなにやってんの?』ってよくつっこまれます(笑)」

■バッター分析のヒント1「右投左打」

 対戦校の映像を入手した。実際にマネてみた。しかしイマイチ特徴を把握できない。そういう人も多いのではないか。そんなデータ分析ビギナーに、金沢監督は見方のヒントを教えてくれた。
「相手チームに左バッターがいる場合は、必ず守備のポジションを確認します。ようは『右投左打』かどうかを確かめるのです。どういうことかというと、右投左打は右利き。つまり利き目は右。それが左打ということは利き目が前に来てるということ。あくまで傾向の話ですが、こういうバッターは利き目が前にあるぶん、外のボールが見えない。そのかわり中~内のボールへの反応は早い。つまり攻めるなら外のボール、となります」

■バッター分析のヒント2「リスト」

 右投左打かどうかは、見ればすぐにわかる。あとは実際に「外が弱く内に強いかどうか」を映像で確かめればよい。このような「傾向」が一目でわかるポイントがもうひとつある。
「高校野球のバッターは、手首を寝かせるタイプが多い。右打者なら構えたときの右手首、左打者なら左手首の角度を見るんです。こういうタイプは高めのストレートをきっちり打ち返せない傾向があります。実際にやってみればわかりますよ、高めのボールをインパクトした状態から構えるところまで戻してみる。すると必ず手首はホック(カギをかけた状態)されてるはず。要はスマホやケータイで話してるときの手首の状態です。きっちりと手首を固定してるでしょ。手首が固定されなければ高めのストレートには押し負けますから」

 このように、分析作業を続けていくと一目でわかるポイントが見えたり、傾向が見えてくる。まずは何度も見る。そしてマネてみる。これを繰り返すことでチェックポイントが増えていくと同時に分析の正確性も高まっていく。


伝達

■「能書き」を多く連ねる

 情報をより多く集め、適切に分析する。そして最後の重要な過程が選手たちに伝えることだ。より理解してもらいやすくまとめるコツは「とにかく能書きを入れ込むことが重要」と金沢監督は語る。
「まず対戦相手はこんなチームだという大きな説明から入ります。授業と同じで、生徒に口で言っても頭の中で整理できませんから、分析したことを書いて、それを渡してミーティングします」

 

能書きのそもそもの意味は「薬の効能を記したもの」。読み手が間違って理解しないように、ポイントを短くキャッチーにまとめる。金沢監督が見せてくれた『能書きシート』には、A4用紙1枚に、相手チームの走攻守に関する特徴と対策が“ひとことずつ”書き連ねてある。監督の担当教科は世界史。かつて大学時代に毎週レポート20枚を書き続けた経験もあり、まとめるのはお手のものだ。
「これをワープロソフトで作成しパソコンに保存しておけば、いつでも引っ張り出すことができる。次に対戦する際にも参考資料になります。僕のパソコンにはこれまで対戦した高校のデータが蓄積されてますよ」

■「攻略シート」の主項目は7つ

 選手に渡されるのは『能書きシート』にとどまらない。対戦チームの主戦の予想オーダーに沿って各打者の特徴がまとめられた『攻略シート』もある。こちらには打順、守備位置、左or右打席、選手名(背番号)、フォームやスイングの分析テキスト、過去の打席で飛ばした打球方向、得意不得意コース、の7項目が書き込めるようになっている。

「このシートはフォーマットを作ってあります。だからどの試合でも書き込む項目が変わることはありませんね。特にキャッチャーにとっては、試合中も重宝するデータです」
 試合によってはデータと本番で食い違いが生じるケースもある。
「その日のピッチャーの調子や球場の状態などで、頭に入れておいたデータと話が違ってくる場合もあります。そういう時はデータを取捨選択する必要が生じる。それは試合中、リアルタイムで判断し、ベンチで伝えていく。だから試合中のベンチは一時も気が抜けません」

 見た目では似たことをしているチームもあるかもしれないが、1試合のために準備する、その時間密度と労力の度合いによって差は大きく開く。この地道で根気のいるきめ細かな作業を続けられる「モチベーション」はどこから生まれているのか。


データ分析がもたらすプラスのスパイラル

 
横浜商大高はこの夏、松井のいる桐光学園との対戦を「第1目標」とした。当たるとしたら5回戦。しかしそこは激戦区、そこまでに一筋縄ではいかない相手との対戦が待っていた。3回戦の桜陽戦(2013年7月17日)は3-1、4回戦の日大戦は5-3と僅差の勝利が続いた。この2戦の勝因のひとつにデータの存在があった。

「桜陽戦でうちのエース続木 悠登が12三振を奪いましたが、分析がドンピシャでしたね。続く日大戦では要注意のバッターが1人いました。彼の得意なコースを見せ球にして苦手なコースを突きノーヒットに抑えたから(8回からの)逆転勝ちにつながりました」
 そして目標としていた桐光学園戦。注目の松井対策、ポイントは「ストレートを狙ってスライダーのボールの見極めができるかどうか」。最新鋭のマシンで150キロのストレートを打ち込み、「バッターの感覚からすると140キロのフォーク」というスライダーに対応するために、学習机の上に乗せたマシンから繰り出される角度のあるフォークで目を馴らした。さらにティーバッティングもテニスの審判台の上から落とすボールを打つ徹底ぶり。しかし結果は先制するもコールド負け(1-11)。

「変化球は見逃し三振でもいいから振るな、と伝えたんですがそれでも振って三振してくる。ストレートも変化球も同じ腕の振りの速さでくるので見極めができなかったんですね。あと、点を与えてピッチングを楽にさせてしまった。続木が昨年秋から連投してきたツケが回ってきた影響で……、ボールがぬけていました」
 どんなに時間と労力をかけても、それに見合わない結果になってしまうこともある。それでも金沢監督の取り組みがブレないのは、上には上がいることを知っているからだろう。
「僕の目指す野球は、つまりは横浜高校・小倉 清一郎さんの『小倉野球』です。小倉さんはもちろん一線は設けているけれど、よく教えてくれるんです。本当にすごい。データ分析にかけても、まず見ている量が違うし、シートにも僕の3倍は書いている。それこそキャッチャーが覚えきれないほど(笑)」

 今回紹介した方法論の中にも、小倉氏の教えが多分に含まれているという。さらに横浜高の野球は驚くほどきめ細かなもの――たとえば1プレーに対して数メートル単位、0コンマの秒単位で決まりごとがあること――であることを知っている。だから自分も足踏みをしている暇はないのだ。
「勝っているチーム、強いチームほどデータ分析といった細かな部分に時間を費やしているんです」

 この言葉の意味はじつは深い。いいチームと強いチームは似て非なるもの。もし勝てないことで悩んでいるチームがあったら、データ分析に本腰を入れてみることから活路が見出せるかもしれない。
 
気づかされたのは、データ分析に取り組む効果は1試合、1大会だけにとどまらないということだ。

 

データに取り組む→きめ細かな目が養われる→チーム作りに役立つ→チームレベルが上がる→勝率が上がる→いい選手が集まる→戦略理解度が上がる→よりデータが生きる→データに取り組む……というプラスのスパイラルにはまれば、長期的なスパンで強豪チームに育てる芽にもなりうるのがデータ分析だ。その実例が横浜商大高にはあった。

(文=伊藤 亮

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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