目次

[1]自分の限界を超えられた瞬間
[2]814日ぶりの一軍登板


 その日、神宮球場はまだ試合開始前だというのに、まるでロースコアの接戦で試合を制した勝利投手を出迎えるかのような賑わいをみせていた。

 2015年6月28日。
球場の選手・関係者入り口の周りに集まった多くのファンに出迎えられながら現れたのは、東京ヤクルトスワローズの館山 昌平。
館山にとって、この日は814日ぶりとなるプロ一軍での登板の日。誰もが、この日をずっと待っていた。館山が、2年ぶりのマウンドに戻る日をずっと、ずっと待っていた。

自分の限界を超えられた瞬間

館山 昌平(東京ヤクルトスワローズ)

「一番つらかったのは、2014年のシーズン入ってすぐに靭帯が切れて、診察を受けている時でした。いろいろ検査した結果、やっぱり、手術をする必要があると医師から伝えられた時です。また、あの手術をしなくてはいけないのか、と」

 2013年4月にも、全治1年の右肘の靱帯断裂で、トミー・ジョン手術を受けたばかり。それが、この年もまた靭帯にメスを入れ、さらに長いリハビリ期間が再び訪れると想像しただけで、先が何も見えなくなるほどの苦しさに襲われた。それでも、館山は、その翌日からすぐに気持ちを切り替えた。

「野球が上手くなりたいと純粋に思った結果、ケガをしてしまったんだなと考えるようになりました。打者を抑えるために、もう少しスピードが欲しいとか、もっと変化球が欲しいとか、それを追い求めたことによって、(靭帯が)切れてしまったので、それはもう無理をしたっていう言い方ではなく、自分の限界を超えられたという思いもありました。
ただ、無理をしてケガをしたんじゃなくて、自分が上手くなりたいという気持ちを優先しているので、気持ちが勝った瞬間でもあるんです。素直に自分の体を褒めてあげてあげたいとも思いました」 

 2014年4月に手術を受けた館山は、翌シーズンでの復帰を目指し、リハビリとトレーニングに明け暮れた。

「チームを離れてしまった以上、それがチームに迷惑をかけてしまっていて、そこまでの選手でしかないんですけど、離れてから、次は何をするかを考えることが大事だと思いました。チームに戻ったときに、戦力として見てもらえるようなピッチングができる自分を目指そうと考えました。まずは、そのゴールを明確にしました。復活ではなく、活躍したい。チームに戻ることが目標じゃなくて、チームの一員として戦って勝つことが最大の目標だと。本当に必要なものをしっかり考えて準備できた結果、時間はかかってしまいましたね」

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