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2014.03.12 夏を見据えた充実の「冬トレーニング」

2014.03.12

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 3月8日、練習試合解禁。丸亀城西高校グラウンドで丸亀城西(香川)、高槻北(大阪)を相手に戦った済美のマウンド上に最速157キロ右腕・安樂 智大(3年)の姿はなかった。
 この日、彼の主戦場は「4番・一塁手」。一塁ベース上からは常に山口 和哉(3年)などの投手陣に声を掛け、時にはマウンドに走ってアドバイス。打撃面でも丸亀城西戦では初回、2014年チーム初得点を叩き出す適時打含む4打数2安打2打点。高槻北戦でも2打数1安打と主将の矜持は示した。

 その一方で、肝心の投球は試合前後の合間を見てブルペンで立ち投げ30球程度。
 「今の状態は4分か5分。骨には異常もないし、痛みはないがブルペンで立ち投げはしていても、まだ右ひじにハリや違和感が出ている」
上甲 正典監督も語るように、いまだ試合登板にはメドがついていないのが現状である。

 ただし、安樂自身は全く現状を意に介していない。
 「課題がたくさん見つかったし、よかった点もあったので、夏に向けてその課題を解消したい」といつも通り主将としての観点を述べた後、
「監督さんからも『焦るな』と言われていますし、自分でも焦って同じような怪我をしても仕方がない。完璧に、100%の力で作り上げた後、練習試合に臨めたらと思っています」
と自らのこれからについて語る表情は、むしろ自信にすら満ちている。

 それはなぜなのか?
 「この冬に投げ込めない分、走り込みやウエイトをしっかりできたので、その成果で今まで指摘して頂いていたひざが折れる部分や体重移動の課題も解消できてきています。監督さんからも『フォームが綺麗になった』とおっしゃって頂いています」
 今回の連載では、そのポジティブ思考に立ち至るベースとなった「冬のトレーニング」を、本人のロングインタビューと写真で紹介していきたい。

秋の悔しさ糧に、冬のウエイトなどで得た強靭な肉体

試合前ノックを終え、集合へ走る済美の選手たち

――この冬に取り組んできたことを、まずは教えていただけますか?

安樂 智大選手(以下、「安樂」) まずは走り込みです。
 平日は一日で200m走を30本から40本、多い日は50本走りこみ、休日にはゴルフ場で計7kmをダッシュした後に全体のランニングメニューに加わるようなメニューを組んでいました。ウエイトや体幹トレーニングなど去年できなかったことにも今年はたくさん取り組めたので、去年よりも充実した練習ができたと思っています。

――ちなみに、冬の間に1週間のスケジュールはどんな感じで進めていったのですか?

安樂 ランニングメニューの流れは先ほどお話した通りですが、ウエイトトレーニングは月・水・金・日曜の週4回、繰り返しやってきました。
 ウエイトに関しては「ひたすら下半身を鍛えよう」と決めていたので、毎回1時間半くらいをかけました。自分は4番も打たせていただいているので、バッティング練習が休日に入ったときはそのメニューをこなし、自宅に帰ってからロードワークに出たりもしていました。

――下半身の鍛え方について、済美ではエルゴメーターや、様々な鍛え方もありますが、安樂選手はどんなメニューに力を入れたのですか?

安樂 スクワッドは昨年100kgしか上げられなかったので、今年は200kgを目標に。
 今は200kgを10回上げることができるようになりました。あとは「レッグプレス」という器械があるのですが、これは400kg上げられるようになりました。
 あとは野球部トレーナーの方にお願いして競輪トレーニングにもある「パワーマックス(※1)」という足こぎ器械を使って、いっそう普段の練習では鍛えられない筋肉を鍛えてきました。

(※1)パワーマックスについて
パワーマックスとは、全力でこげる固定自転車を使ったトレーニング。競輪選手のトレーニングに使われており、競技力向上のため重い負荷をかけて、自転車を全力で漕ぐため、エイトトレーニングの一種として捉えられている。

――「パワーマックス」について、具体的にはどんなことを?

安樂 圧の掛け方を計りながら10秒間や30秒間全力で漕ぐ。競輪で言うところの「モガキ続ける」ことをやってきました。終わると下半身がけいれん起こすくらいきついんですが、走る以外でもためになることがあることを知りました。

――そういったトレーニングによって、手ごたえを得始めたのはいつくらいからですか?

安樂 11月末くらいからです。それまではしんどくて「止めたいな。逃げたいな」という気持ちがあったのですが、秋の悔しさを思い出し、さらに今治西池田(徳島)、明徳義塾(高知)がセンバツ出場を決めるのを見て、「自分たちもこのままでは終われない。ここからが頑張りどころ」と思ってさらに気持ちを入れたところで、さらに手ごたえを感じ出した。

 長距離ランニングのときは、そんな時を思い出して走ります。
 「花巻東戦、なんであそこで打たれたんだろう」とか「1年夏準決勝の今治西戦、1点を追う二死一塁の3ボール1ストライクから、なんで甘いボールを見逃してしまったんだろう」とか。自分は負けた試合を思い出すことが多いんです。
 そこから、今の自分ならどうするかも考えます。走りながら西条今治西との対戦を想定して、ポイントで勝負するんです。そうすると走るペースが上がりすぎて、慌てることもありますが(笑)。

――そういったトレーニングにチームの冬トレーニングを配合させることで、今までにない体の引き出しも生まれてきたと思いますが?

安樂 これまではあまりやってこなかった体幹トレーニングやインナーマッスル、それと四足歩行のようなクリーチャートレーニングをやっていきたことで、2月中旬から始めた立ち投げでフォームのバランスもよくなってきたことを感じています。走り込みやウエイトで下半身を鍛えると同時に、体幹・クリーチャートレーニングで腹筋や背筋を鍛えられたことが大きな要因だと思っています。 

[page_break「メンタル向上」と「リーダーシップ」そして種々の「バランス」]

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「メンタル向上」と「リーダーシップ」そして種々の「バランス」

400kgレッグプレスに取り組む安樂智大投手(済美)

――安樂投手にとって、強い体作りと同時にメンタルやチームをいかに引き上げるかも、冬の大きなポイントだったと思いますが?

安樂 そうですね。この冬はメンタルを向上させるため「苦しい、嫌なことを自分からする」ことが一番だと思ってやってきました。昨年は皆さんからメンタルの弱さをご指摘頂く場面が多かったし、自分でも試行錯誤する時期もあったのですが、その上で、
「嫌なことをとことんやったら、『あれほどやったんだから、自分は頑張れる』という気持ちになれる」考えに到達しました。

 自分は「走る」ということがすごく嫌だったんです。今はそれも「甲子園に行くためなら」と思えるようになりました。そこはメンタル的にも強くなれたところです。「これほどやったんだから」を自信につなげられればと考えています。

――ちなみに「走るのが嫌」なのはなぜですか?

安樂 小さいころから走るのは嫌いだったんで(笑)。ピッチャーっていうものは幼いころは投げることばかりで、あまり走らない。「野球は打って投げて守るもの。走るのは短距離走さえ速ければいい」という時代だったので。ただ中学・高校と進むに従って何をするにも走る、下半身強化が大事なことに気付きました。
 今でも好きか嫌いか言われれば嫌いなんですが、自分のためと思えています。ですから「やらされている」感じはないですし、「走るメニューはお前に任せる」と監督さんからもおっしゃって頂いている中で、走った分だけ自分の自信につなげることができています。

――なるほど。それと「バランス」も大切な要素だと思うんです。フォーム的にもメンタル的にも無駄な部分を省いていく。これも大事なことですよね。

安樂 この冬は投げることができなかったので、自宅のDVDで自分の公式戦でのフォームもチェックしました。フォームの軸、体の軸含め、自分でも疲れにくいフォームを考えてきたことは確かです。そこもよくはなってきていると感じています。
 具体的にはリリース前に右肩へ力が入りすぎる点。ここが疲れやすい要素だと思っていますので、改善を加えています。もう1つは一本脚で立った時に、今まではしっかり立てなかった。ここはピタッと止まれるようになりました。投げ終わりの時に左脚で全体重を支える点も、下半身強化の効果が一番大きいとは思いますが、バランスがよくなってきたと感じています。
 そういえば先日、新潟への修学旅行でスキーを中学時代以来経験したんですが、一度も転等はしなかったんですよ。それも冬の成果だと思いますし、競輪やスキー、中学時代に少し経験した水泳など色々なスポーツを経験しながらバランスを作っていきたいです。

――肩関節の柔らかいことが安樂投手の持ち味ですが、それゆえに下半身が使いづらいフォームになっていたことが以前はあった。

安樂 そうです。ただ、この冬にトレーニングをしてきたことによって下半身を使えない弱点も克服できると思いますし、「下半身が沈んだり、折れ曲がる」皆さんのご指摘に対し、下半身を鍛えることで現在のフォームを維持したい狙いもあったんです。
 無理やりフォームを直して自分の持ち味がなくなることが一番よくないことだと思いますし、人の2倍、3倍練習してフォームを確立していけばいい。自分は「壊れにくい体づくり」のために下半身を徹底して鍛えたんです。

――ということは体も随分大きくなったのでは?

安樂 一時期体重は落ちましたが、そこから筋肉を付けたら体重も戻りました。
 太もも周りも最初は63cmだったのを68cm目標で鍛えたら、今は68cmになりました。逆にお腹周りの肉は減ったので、今はベルトを締め付けないとズボンが下がります。ワンサイズユニフォームを大きくするとダボダボになる。ただ、私服を着るとお尻と太ももが大きくなったので、Gパンが入らないんですよね…。

――野球選手らしい悩ましい問題ですね(笑)。

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見据えるのはあくまで「夏」その過程としての「冬」

40mのタイヤ引きダッシュに取り組む安樂智大(済美)

――さて、春季県大会の組み合わせは中予地区予選で松山聖陵と同じブロックに入りました(2014.3.5 春季大会展望)率直な感想を。

安樂 自分が投球で無理をするつもりはないですが、チームが力を試すにはいいブロックに入ったと思います。

――その前に3月15日(土)には済美球技場でセンバツ決勝戦の再戦となる浦和学院(埼玉)との練習試合も予定されていますね。

安樂 楽しみです。小島 和哉君(3年)はすごいいいピッチャーですし、その時に自分が投げられるか、投げられないかはともかく、試合をさせて頂く事で勉強になる。すごく楽しみにしていますし、ぜひ対戦してみたいですね。夏の開会式以来、小島投手とは話はしていませんが、楽しみにしています。

――そういえば、センバツ開会式では優勝旗を返す小島主将同様、準優勝旗を返す仕事がありますね。

安樂 みんなで返しに行きたかった想いはありますし、出場する選手たちを羨望のまなざしで見てしまうとは思います。でも、みんなの笑顔を見て自分は「夏、もう1回ここに来て優勝する」発奮材料にできますし、みんなも今治西のセンバツ出場記事を見て「夏は俺たちが」という気持ちで練習しています。

 昨年はセンバツ出場、今年はセンバツ出場できない状況で甲子園を自分は経験させて頂きますが、開会式で出場校の姿を見ることも自信につながると思っています。「敗北感」と「自信」ここを開会式で経験することも大事だと思います。

3月8日練習試合後にブルペンで立ち投げをする安樂智大(済美)

――そう全てを落ち着いて考えられるのも、夏に向っての冬の積み上げがあったからだと思います。

安樂 自分が言える立場なのかどうか判りませんが…。自分も1年生の冬は先輩たちに甘えていたし、全体のランニングメニューに付いていくのがやっとでした。「全体がよく走っているから、自分もそこについていけばいい」という考えだったんです。
 ただ、今年は最上級生ということもあるし、一年前の反省として「もう少し自分から走っていたら、センバツでも優勝できた」ということ、「夏もああいう形(甲子園3回戦敗退)にならなかったのに」ということがあったんです。どの段階でも負ければ後悔はすると思うんですけど、「後悔しない練習」はいつも監督さんやコーチの皆さんから言われていることですし、自分自身も後悔したくなかった。だからこの冬は「日本でもこれ以上やっている選手はいない」と言えるほど練習をやりきれました。
 その結果はどう出るかわかりませんし、野球というものは結果が全てのスポーツ。それで結果が出なければ自己満足に過ぎない。でも、やりきった自信はあります。

 「じん帯というものは筋肉を安定させたら痛みがなくなる。今は間接の中に筋肉がほんの少し食い込んでピリッと来ている状態だと思うんです。

 ただ、だいぶよくはなっているしマッサージとかも毎日しているので、パッと放れるようになると思う」
 上甲監督はかつて薬局を経営し、かつこれまで数々の投手を見てきた経験から、近未来の所見を述べる。

 3月9日の明徳義塾戦でも登板はなし。エース・岸 潤一郎(3年)の前に打席でも4打数無安打で0対8と完敗と今は一進一退の時を過ごす済美安樂 智大
 だが、太ももの太さと立ち投げ時の下半身の安定感を見れば、
 「毎日投げることによって、4ヶ月以上投げていない筋肉を馴らしていく」作業が終了した時の準備は整っている。そして「Xデー」が来た際には…。必ずインタビューで全容を明かした冬のトレーニングが威力を発揮するはずだ。

(文・寺下 友徳)

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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