2013.8.14 夏の聖地でみせた155キロ
8月14日午前7時50分。まもなく第1試合が始まろうとしているのに、阪神電車・甲子園駅南口改札外には長蛇の列が[stadium]阪神甲子園球場[/stadium]まで続いていた。両校アルプス席以外は完売。センバツの772球。愛媛大会準決勝の「157キロ」を経て済美・安樂智大(2年)の名はすでに全国レベル、社会現象化していることを表わす光景である。
8時2分。そんな人波を割った中、甲子園6号門へとやってきた済美高校。上甲正典監督に続き、歩を進める安樂の顔は前日練習のブルペンでも快調さを感じられたからか、実に清々しい顔をしていた。
安樂智大選手(済美)
しかしいざ試合が始まってみると、山下拓眞右翼手(3年)の負傷(回復せず盛田翔平(2年)に交代)より、10分以上マウンドに待機していたことが影響したのか、1回裏から安樂は苦闘に見舞われる。
高校入学から公式戦ちょうど800人目。三重1番・濱村英作左翼手(3年)に対する高校公式戦2806球となる夏甲子園第1球は外角高めに外れる148キロ。4球目にして初の150キロ台となる151キロを左前に運ばれると、一死から3番・長野勇斗中堅手(2年)には真ん中に入るスライダーを右越三塁打されて失点。さらに高校通算5個目となる極めて珍しい暴投で2失点。
それでも最後、5番・島田拓弥一塁手(3年)を2ストライク1ボールから二塁ゴロに打ち取った外角ストレートは甲子園表示「155キロ」。2007(平成19)年8月15日・智辯学園(奈良)対仙台育英(宮城)において仙台育英・佐藤由規(当時3年・現:東京ヤクルト)が4回裏無死2ストライク1ボールから投じた外角高めボール時に出した数字に、2191日ぶりに並ぶスピードをマークした。ここは流石といってよいだろう。
その後も愛媛大会で決め球としていた縦スライダーやスプリットがことごとく決まらず毎回ランナーを背負う安樂。味方の援護によりビハインドは3回裏からリードへと変わったが、無失点を続けながらも苦心の時間はなおも続いた。
しかし、6回裏に入ると安樂はガラリと内容を変える。ポイントは「ストレートの強弱」。上位打線には150キロ台から140キロ台後半で押し捲り、下位打線にはいると130キロ台後半の制球重視にチェンジ。3イニング連続3者凡退は、ストレートを投げ分ける彼の創意工夫によってもたらされたものである。
ただ、150キロ台の球威が落ちれば残るのは棒球のストレート一種類。試合を通じてスイング力の強さを示していた三重打線が最終回、そんなスタミナ切れの安樂を見逃すはずがない。三打席連続三振していた4番・宇都宮東真二塁手(2年)の右前打から3連打。失策も重なり1失点。そして愛媛大会から通じて4試合ぶりの与四死球となる死球を7番・和辻匡登三塁手(3年)に与えると、一気に怪物は瓦解した。
「9回137球39打者35打数11被安打7奪三振1与死球3犠打・失点7自責点6」
残ったのは彼の実力からすれば凡庸な数字。新たな引き出しを作れた一方、付け焼刃で抑えられるほど夏の甲子園は甘くないことも安樂智大は知ったはずだ。
ただ、彼にはまだ済美のチームメイトが作ってくれた「次の機会」が残っている。三重からもらった試練を活かすも殺すも自分次第。それを活かせる思考と行動力を持っている男だからこそ、花巻東との3回戦では「公式戦2944球目」から注目してみたい。
(文=寺下友徳)