社会人野球ピカイチの内野守備を築き上げた日本生命の守備の基本(1)
2015年度の都市対抗を制した社会人の名門・日本生命。18年ぶりの優勝劇の大きな要因に挙げられたのが、本戦5試合で失策1という高いディフェンス力だ。中でも、スピードと確実性を兼ね備えた二遊間の守備力は社会人球界随一。そのハイレベルな技術が築かれた背景を探るべく、大阪府吹田市に位置する日本生命グラウンドを訪ねた。
手のひらはボールに向けすぎない方がいい
一般的な捕球する形を見せる十河 章浩監督
「テーマは守備の基本ですか。難しいテーマですねぇ…。一口に基本と言っても、人によっていろんな考え方がありますからね」
インタビュー開始早々、苦笑いを浮かべ、そう語ったのは日本生命を率いる十河 章浩監督だ。現役時代は名内野手として名を馳せ、日本代表に選出された1992年のバルセロナ五輪では正遊撃手として活躍。監督となった現在も内野手の指導は十河監督が行っている。
「ゴロの捕球方法にしても、私の考える基本は一般的に世間で言われている基本とは違うと思います。世間でよく言われるゴロ捕球の基本として『手のひらの面をボールにしっかりと向ける』『グラブを立てる』といった表現がありますよね?」
その表現は、かつて高校球児だった筆者も、数えきれないほど耳にしてきた。
「でも私は手のひらを向けすぎない方がいいという考え方なんです。コロコロと前から緩く転がってきたボールをグラブをはめずに、自然な形で両手で捕るとしたらどのように捕ります?」
十河監督から唐突な質問が飛んできた。右利きの筆者は左手の指を下にし、手の平をボールに向け、捕球の形を作った。
「『ゴロとはこう捕るべき!』という形を刷り込まれた野球経験のある人ほど、そういう形を作る傾向が強いんですよ。でも野球経験のない人だったら、きっとこのような形で転がってきたボールを捕ると思うんです」
十河監督は左右の手の平が互いに向き合うような形で両腕を前方にすっと出した。
【十河監督が考える捕球の形】
「人間って自然に手を出せば、このような形になるはずなんです(写真左)。あとは、この手の向き、角度を変えずにグラブをはめるだけ。そうすると、私が考える両手でゴロ捕球をする際の基本の手の形になります(写真中)。もっと極端に言うなら、ぶらりと下に下ろした手をそのまま前に出すくらいの手の角度、といった方がイメージしやすいかもしれません(写真右)」
たしかにこれだとグラブの面がボールに向いているとは言い難い手の角度が生まれる。グラブを立てるというよりは、横にしているという表現の方が近い。
「グラブの面をあまり向けるな、なんて言われたことないでしょ?うちに入ってくる選手たちも過去に言われたことがないので、これが両手でゴロを捕る時のグラブの角度だと教えると、みんな最初はびっくりしますね」
セオリーと異なる捕球法に行き着いた背景
手のひらを正面に向けると指をさしている部分が確かに硬くなる
「グラブの面をボールにあまり向けない捕り方の大きな利点は、腕に変な力が入ることなく、捕球動作を行えることなんです」
十河監督は左の手のひらを正面に向けた状態を作ると、右手の人差し指で左腕の前腕部分を指しながら続けた。
「手のひらを正面に向けると、ここに力が入ってしまって硬くなりません?」
筆者も十河監督のマネをしてみる。グラブを立てて捕るような形を手で作ると、十河監督の言うとおり、前腕が緊張した状態になる。自分の中ではこの感覚が当たり前だと思っていたが、十河監督の推奨する手の角度で捕球姿勢を作ると、前腕は力が抜けたリラックスした状態のまま。前腕に力みを一切生じさせずに捕球動作に入れるではないか。
「前腕が硬くなった状態でボールを捕りに行くと、自分が思っていたようなバウンドじゃなかったときに捕球ミスが起きやすくなりますし、イレギュラーにも反応しづらくなってしまう。でも面をボールにあまり向けない手の角度だと、腕の動きに融通が利くようになるのでゴロの軌道をラインで捉えやすくなり、ボールの方からグラブに入ってくるような感覚が生まれます。バウンドが合う、合わないといったことがあまり気にならなくなるので、ものすごく楽にゴロと向き合えるようになるんです」
世間一般で言われている基本とは明らかに異なるグラブの使い方。十河監督はどのようにしてそこへ行き着いたのだろうか。
「常々、『もっと柔らかくゴロを捕れないものかなぁ。キューバの内野手などはものすごくグラブさばきが柔らかいけど、その秘訣はいったいなんだろう?』という思いがあったんです。ある国際試合でキューバの内野手を観察するうち、グラブの角度が総体的に日本人選手と異なることに気づいたんです。
『グラブの面をボールに向けるのではなく、少し横にすればいいんじゃないか?』と。キューバの選手は幼少の頃から石ころだらけのイレギュラーが当たり前の環境でプレーすることが普通なので、腕に力が入らない捕球法が遊びの中で自然と身につくんでしょうね。『これだ!』と確信に至ったのが27歳の時。以来、ゴロ捕球がぐっと楽になりました」
ポイントは中指と薬指
「グラブの面を向けすぎないようにすることで、腕の前腕に力が入らなくなるため、手や腕の動きに自由度が生まれる」という点は大いに理解できた。しかし筆者には「そのグラブの角度で、ゴロが本当にきちんと捕れるのだろうか?」という疑問が依然残っていた。グラブの面をほとんどボールに向けずして、捕球できるイメージが一向に湧いてこないのだ。
「じゃあ実際に私がやってみますね」
十河監督は近くにあった内野手用のグラブを手にはめると、正面から緩く転がされたボールに対して腰を落とし、捕球の実演をしてみせてくれた。いろいろな角度で撮影したので、ぜひ注目してほしい。
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ボールを待つ十河監督
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捕球の瞬間
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持ち替える
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ボールを待つ十河監督
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捕球の瞬間
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持ち替える
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ボールを待つ十河監督
捕球の瞬間
持ち替える
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ボールを待つ十河監督
捕球の瞬間
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よくよく見ると、ボールがグラブに当たった瞬間に、ボールはグラブの横に置かれた右手に移っている。グラブの中に入ったボールを右手で取りにいっているわけではない。一瞬の出来事のため、まるでマジックショーのようにも見える。
「グラブに当たった瞬間に右手に持ちかえるイメージですね」
[page_break:ポイントは中指と薬指]ポケットは薬指の付け根部分のあたり
――グラブのどの場所で捕る意識を持っているのですか?
「ポケットは薬指の付け根部分のあたりですね」
――ポケットがそこなんですか!?
「そうです。そこで捕球するために大事なのは中指と薬指のところにボールが転がってくるラインを合わせていくイメージです」
――中指と薬指ですか…?
「そうです。ここをボールが通過したらグラブの薬指の下の部分に当たって、右手にボールが移ってきますから」
素手でポイントを示す
――右手でグラブの中のボールを捕りに行ってる感じではないですよね。
「右手はつかみにいくというよりは、グラブの横で待ってるイメージです。だから厳密に言うと、グラブと右手の間でボールが空中に浮いてる瞬間があるはずなんです」
――ボールは手のひらの部分にはほとんど当たってないですよね?
「当たってないですね。細かくいえば、グラブをほんの少しだけ動かして右手にボールを移しているのですが、手首を無理に返したりしているわけではない。イメージとしたらやはりグラブに当てて、勝手に右手にボールが移っていくという表現の方が近いです」
――これ、文章に表わすの難しそうですね…。
「一回、ご自身で体験してみてはいかがですか?」
気付けば十河監督がはめていたグラブが手元に。前方からはゆるいゴロが筆者の正面に転がってきた。
(えーっと、グラブを立てず、横にするくらいにして、中指と薬指のところにボールのラインを合わせるんだったな…。こうか。あれっ!?)
気が付けばボールは右手にあった。意識としては十河監督に言われたように中指と薬指の位置にボールが転がる軌道のラインに合わせただけ。グラブ側の手を動かす意識はなかったが、ボールはグラブに当たった瞬間、ポンッと右手に移った。「ゴロが簡単に楽に捕れる感じがするでしょ?」と十河監督。
――おっしゃっていた意味がわかった気がします。ゴロ捕球がすごく楽です。ゴロは手のひらで捕るんじゃないんですね。
「手のひらで捕球するというよりは、ボールを指で扱う感覚ですね」
――具体的に言うと、どの指ですか?
「中指と薬指。どちらかというと薬指の方がメインかな。手のひらで捕ろうとすると結果的にグラブの土手にボールが来やすくなってしまう。グラブの中の中指と薬指で捕るような感覚がすごく大事なんです」
十河監督は手で転がされたゴロを素手で捕球し、そのままグラブトスのイメージで投げ手に返すドリルを自ら実演してくださった。
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ボールを待つ
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中指と薬指で扱う感覚で
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グラブトスするイメージで
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この動作を繰り返す
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ボールを待つ十河監督
中指と薬指で扱う感覚で
グラブトスするイメージで
この動作を繰り返す
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「手のひらではなく、中指と薬指で捕って投げ返すイメージ。当たった瞬間に投げ返す感じです。ボールを指で扱うコツをつかむのに有効な練習法です。このドリルと手投げの緩いゴロをグラブをはめた状態で捕って、右手に持ちかえる練習は高校球児にもぜひおすすめしたい。グラブが下から出る形が出来上がりますし、下半身のトレーニングにもなる。毎日行ってほしいくらいの有効メニューです」
いかがだろうか。読めば、驚きの方も多いはず。これは実際に試してみるしかない!第2回は片手捕球のポイント、持ち替えの技術などに迫ってみたいと思います。
(取材・文/服部 健太郎)