Column

社会人野球から学ぼう 神長英一監督(作新学院-法政大-日本通運)

2013.06.06

早大の走塁

 一年の努力が1週間に問われる都市対抗野球予選の戦いは、高校野球の夏の予選と通じるものがあるという。
そのギリギリの戦いを10年連続で勝ち抜き、都市対抗野球大会に出場した名将・神長英一氏。教え子には11人のプロ野球選手もいる。
現在は、法政大で指揮を執る神長監督に、「大事な試合」を勝ち続けるための秘訣をたっぷりとうかがった。

甲子園予選と都市対抗予選は似ている

 10年連続、都市対抗野球大会出場。現・法政大学野球部の神長英一監督は、社会人の日本通運監督時代(2001年~2010年)、そんな前人未到の記録を残している。
「社会人野球において一年の総決算は、都市対抗野球の“予選”が行われる1週間に集約されます。本大会に出られれば、そこにはどこか“祭典感”が漂います。でも予選は違う。代表決定戦になると、勝ったチーム、負けたチームのベンチ、両方で泣く者が100%います。負けたチームのベンチの方が涙は少ないかな。あまりにショックで試合直後に実感がわかず泣けないんです。それほどに、重いんです」
 あまり知られていない社会人野球だが予選、特に都市対抗への代表がかかった一戦は、会社の名誉、意地、そして昨今の景気がらみで野球部の存続もかけたものになる。NTT東日本の上田祐介選手も言っていたが、その重圧、責任感、執念は想像を絶するものになる。
 立場もトーナメント形式も異なるが、その“ギリギリの戦い”は、高校3年生で迎える最後の夏の大会に通ずるものがある。
「たしかに、試合中の重い空気は一緒だと思います」
 と、神長監督も認める。その甲子園予選のような空気の中、10年勝ち続けたメソッドとは。監督の話には、高校球児と監督にとって見逃せない“糧(かて)”があるはずだ。

試合当日は気がラク

 「私の野球はオーソドックスと言われています。難しいことはしない。でも、最後の最後、都市対抗の予選のような極まった試合になると、野球はオーソドックスになる。送りバントひとつ、進塁打ひとつが絶賛されますから」
 たしかに、絶対負けられない試合になるほど、ひとつのプレーがよりクローズアップされる。特別なことはしない、というよりできない。では、まさに「大一番」に臨む前、神長監督はどのようにチームを動かすのか。

「社会人野球なら、一年のうちの1週間、大学野球なら一年のうちの2カ月。そのわずかな期間に、総決算を行うにあたり、許されないのは“コンディショニングの失敗”です。ですから、技術的面はさることながら、大会前2~3週間はとにかく選手のコンディショニングばかり考えます。そして、“使う選手を間違ったら勝てない”。よく『4番に任せます』『エースと心中します』と言われますが、私は4番だろうとエースだろうと、調子が悪ければ代える。本人たちを信じたいけど、最後のところでは信じていない部分も残しています。そして、なぜ代えられるかというと、それだけの理由を持ち合わせているからです」

 「それだけの理由」とは“選手一人一人を見る”ことから見えてくるという。
「主力を代える思い切りを持つために、常日頃からチームの選手たちのコンディショニングと状態把握を欠かしません。練習時、打者であれば打球の方向であったり、投手であればボールの高さであったり、技術的なチェックポイントはいくつも持っています。それを自分の頭の中で整理しておいて選手たちを見る。プラス、アップの足の運びや声の張りなどからコンディション面を確かめてます」

 まずは、個々の選手のコンディションと状態を完璧に把握する。

 そして、本番に向けて不調の主力と好調の控えを比べ、トータルの実力が勝る方を使う。さらに、“本番に強い”タイプの選手にも目配せをする。
「俗にいう“勝負強い”選手は確かにいるんです。すごく打ってると思っていた選手が打率を見るとビックリするほど低かったり、またその逆の印象が残る選手もいる。それはここっていう場面で打っているか、いないかの違いなんです。いわゆる『勝利打点』をあげられる選手かそうでないか。私が常々言っているのは、試合は安打数、被安打数の勝負ではないこと。試合でヒット1本でも、それが二死ニ塁の場面で出れば1点になるんですから」

 日頃の練習、蓄積されたデータ、これらとにらめっこしながら考えるべきこと、答えを出すべきことを整理していく。
「この作業が集中するのが、本番の1週間前くらいの時期。この時が最も苦しい。逆にこの時期さえ過ぎればあとはラクなんです。もう本番1~2日前はまな板の上の鯉(こい)状態。ジタバタしてもしょうがないですから。試合当日はもうスッキリして、早くプレイボールがかからないかなと思うぐらいです」
 監督の仕事は「勝てる選手を9人並べること」。あとは選手たちに任せる。言い換えれば、そう心から割り切れるほどに試合前に悩みぬく。神長監督はこれをずっと続けている。

[page_break:集団と個のメリハリをつける]

集団と個のメリハリをつける

[pc]


[/pc]

「本番で勝てるチーム」について伺った時、神長監督の野球観が見えた。
「“チーム”って、最初からあるものではないですよね。そこに集う30人でも100人でも個々が集ってこそ形作られるものであって。こういうと誤解されるかもしれないですが、野球は個人競技ですよ。一人一人がやるべきことをやって、それがまとまってチーププレーやチームワークになる。つまり最初からチームありきではないということです」

 言葉通りに受け取ってしまうと、個々がバラバラになりチームが空中分解してしまうこともあるのではないか。実際にそういう話を聞いたこともある。しかし神長監督はその不安を一点において払拭した。
「ポジションや役割が違っても、選手たちが『勝ちたい』『優勝したい』というように“目指すところがそろえば”バラけることはない。だって、みんな同じ目標に向かって動くわけだから、最終的には思惑が一致するはずでしょう」

 そのとおり。だが大人の社会人、大学生に比べて移り気な思春期の高校生にとって、このシンプルな一点が難しい。チームがひとつにまとまっているかどうかを視覚的に確認できる何かはないのだろうか。

「法政大はね、今、円陣の輪が小さいんですよ。練習の時もオープン戦の時でもです。100人ぐらいの人数で円陣になった時、おもしろいのは目の前の選手ではなく、後ろの選手たち。監督の声を必死に聞こうと耳を突っ込んで聞いてるチームは強いんです。逆にそっぽを向いているチームは弱い。これが社会人野球になると、円陣時にベテラン選手が外側にいてそっぽを向いている若手選手をたしなめ、チームを引き締めたりするんですよ」
 つまり、監督の話を聞こうとすれば距離が詰まり輪が小さくなる。選手全員で監督の話を共有できれば共通理解も深まり団結力が増す。なにより円陣の輪が小さい=全員で話を聞こうとする姿勢が、同じ目的に向かっていることのなによりの証だ。

「法政大ではアップは個々でバラバラです。でも円陣の輪は小さい。“集散のメリハリはつけろ”、とはよく言っていることです」
 『自分で考えて動かないと何も始まらない』のが大学、社会人、そしてプロの世界だという。

「“チーム”を言い訳に他人を頼ることが一番怖いところです。声がいい例ですよ。ワーワー声を出すムードメーカーはチーム内に必ずといっていいほどいる。その選手がいれば、他は声を出さなくてもいい。それはチームワークでもなんでもなく、ただの“依頼心”でしかない。経験上、試合でも同じことがいえます。誰かが打ってくれるだろう、という依頼心がベンチに漂っている時は大体完封されます。だからまず優先すべきは“自分の責任は何かを知ること”。やるべきことはひとつなんですから」
 日本通運監督時代の10年で、武田久(現日ハム)や牧田和久(現西武)ら、11人の優秀なプロ選手を育てた監督ならではの哲学といえるだろう。

[page_break:ウォーミングアップは準備体操にあらず]

point1:ウォーミングアップは準備体操にあらず

 ここまでの話で実践すべき点をおさらいしてみよう。
本番に勝つ最高のラインナップを送り出すため「よく見る」。
そして、個を重視しながらも目的を同化させ続けるために「集散のメリハリをつける」。
 これらの話を聞かせていただいていて、ひとつ気づいたのは――既に話の端々にも出ているが――チームのチェックポイントとして「ウォーミングアップ」をとても重視しているということだ。
「他のチームと比べて練習内容に差はない。では、どこも同じことをやっている中でいったい何をするか」神長監督が考えたのは、ウォーミングアップにあるのではないか。以下、その具体的な話をまとめてみる。

point2:選手のコンディションを知る

「選手のコンディションが最も出るのはアップです。1年間かけてやってきて本番前になると、ケガの入口にいる選手もムリをする。それはわかります。でも彼を使うと勝てないと判断した時、本人に『大丈夫?』と聞いて『ダメです』という選手は1000人いて1人もいないでしょう。だからこちらで見て、トレーナーなどを交えながら判断しないといけない。だからアップ時の目配せは欠かせません」

point3:オフ明けに野球への姿勢を知る

「譲らなかったのはオフ明けのアップですね。ここでオフ前より動きが悪くなっている選手は淘汰してました。オフにデートするのも眠るのも練習するのも自由ですが、オフは“コンディションを上げるもの”ですから。コンディションが落ちていたらおかしい。実際、1日休んだ後に調子を落としてても長期的な視点で見れば変わらないですよ。でも問題は“意識”。重要な大会が近づくほど休むことが大切になります。その休みの使い方を野球選手として知ってもらわないと、いけませんから」

point4:自主性を知る

「法政大に来て最初にやったのがアップのテコ入れでした。最初は複数人がまとまってやっている。でも、体つきや汗をかく量、その時の集中力も一人一人バラバラなんだから、個々でやるのが本来のアップなんです。そこは自分で考えて自分のために準備するべきでしょう。今ではアップ時に並走する選手は見られなくなりましたが、新人は、やはりできません。30分のアップを1人だけでやることに耐えられない。それは“弱さ”なんです」

point5 : 100%を知る

「例えばアップでダッシュを10本走るとしましょう。その時10本を全速力で走るのは目指すところですが、人間そんなに完璧ではない。だから言うんです、『1本は全速力で走れ』と。足への負荷や筋肉の動きで最高のものを1回出しておく。すると試合でケガをしないんですね。実はケガは練習中より試合中が圧倒的に多い。なぜかというと普段緩めていた体を本番で強めるからです。これはダッシュに限った話ではないですが、自分の100%を知っておくことが大切。知らないから試合でケガもするし大事な試合で舞い上がる。実は自分の100%を知っている選手って、少ないんです」

point6 : 原点を知る

「1年間、練習していれば、チームがダレる時期もあります。そういう場合、私が採る方法は“ウォーミングアップからやり直させること”。野球をやるのに、アップから手順を踏んでいないチームはないでしょう。野球が締まらない場合は、この原点から正さないと。チームとして怖いのは“マンネリ化”。マンネリは選手の体の動きを鈍らせます。だから、極力普段と違うことをしてチームを動かすことが必要になるんですね」

 
[page_break:言葉の力はあるのか]

言葉の力はあるのか

[pc]


[/pc]

 最後に聞きたかったこと。それは「言葉の力」だ。例えば競技は異なれど、サッカー日本代表監督時代の岡田武史氏は、大事な試合前に印象的な話を選手に聞かせて士気を高めた。そういった“本番に利く”言葉を名将・神長監督も持っているのではないか。
「そういう話はしない方ですね」
 あっさり否定された。しかし、話には続きがある。

「選手たちには、試合を特別視させないように考えます。だから、試合の時に伝えるべき言葉なら、普段から言います。勝とうとしている選手たちがそろっていることが前提になりますが、本番では選手の邪魔をしないこと、余計なことを言わないようにすることの方に気を配ります」

 前述したとおり、本番になればやるのは選手たち。その考えがここにもある。
 一方でエピソードをひとつ、話してくれた。

「私がまだ日本通運の監督だった2009年夏。甲子園県予選が始まる直前に、母校の作新学院のレギュラークラスが練習を見に来たことがあったんです。その時、選手たちに言ったんです。『甲子園て、いいぞ』って」

 神長監督は作新学院時代、2年春は5番セカンドで、3年夏には2番セカンド&キャプテンとして甲子園の土を踏んでいる。その時の経験を伝えたのだという。

「実際に行ってないと言葉にも信憑性が出ないじゃないですか。でも体験してたから、その話を具体的にしましたね。『甲子園て、実際に入ってみると意外と狭いんだよ』『夏は特にいいぞ、芝生がきれいだから』って。全部本当に感じたことなんです。最初に行った時の甲子園練習、先に丸亀商が練習してて作新はスタンドで待機しながらそれを見てて……。で、実際にグランドに立ったら狭い。ラッキーゾーンがまだあってこれならホームラン狙うな、って思った記憶。春の甲子園は芝生が枯れていたけど、夏の甲子園は青々とした芝生だった記憶。それらと絡めながら甲子園は場所としても、予選を勝って行くという目標としても最高だという話をしたんです」

 その夏、作新学院は神長英一主将が出場して以来、31年ぶりの夏の甲子園出場を決めた。

(文=伊藤亮

このページのトップへ

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

関連記事

応援メッセージを投稿

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

RANKING

人気記事

2024.04.24

春の埼玉大会は「逸材のショーケース」!ドラフト上位候補に挙がる大型遊撃手を擁する花咲徳栄、タレント揃いの浦和学院など県大会に出場する逸材たち!【春季埼玉大会注目選手リスト】

2024.04.25

筑波大新入生に花巻東、國學院栃木、北陸の甲子園組! 進学校からも多数入部!

2024.04.24

【佐賀】敬徳と有田工がNHK杯出場を決める<春季地区大会>

2024.04.24

【福島】田村、日大東北、只見、福島が初戦を突破<春季県大会支部予選>

2024.04.24

【春季四国大会逸材紹介・香川編】高松商に「シン・浅野翔吾」が!尽誠学園は技巧派2年生右腕がチームの命運握る

2024.04.23

【大学野球部24年度新入生一覧】甲子園のスター、ドラフト候補、プロを選ばなかった高校日本代表はどの大学に入った?

2024.04.23

【全国各地区春季大会組み合わせ一覧】新戦力が台頭するチームはどこだ!? 新基準バットの及ぼす影響は?

2024.04.24

春の埼玉大会は「逸材のショーケース」!ドラフト上位候補に挙がる大型遊撃手を擁する花咲徳栄、タレント揃いの浦和学院など県大会に出場する逸材たち!【春季埼玉大会注目選手リスト】

2024.04.23

【春季埼玉県大会】地区大会屈指の好カードは川口市立が浦和実を8回逆転で下し県大会へ!

2024.04.21

【神奈川春季大会】慶応義塾が快勝でベスト8入り! 敗れた川崎総合科学も創部初シード権獲得で実りのある春に

2024.04.23

【大学野球部24年度新入生一覧】甲子園のスター、ドラフト候補、プロを選ばなかった高校日本代表はどの大学に入った?

2024.04.05

早稲田大にU-18日本代表3名が加入! 仙台育英、日大三、山梨学院、早大学院の主力や元プロの子息も!

2024.04.23

【全国各地区春季大会組み合わせ一覧】新戦力が台頭するチームはどこだ!? 新基準バットの及ぼす影響は?

2024.04.02

【東京】日大三、堀越がコールド発進、駒大高はサヨナラ勝ち<春季都大会>

2024.04.12

東大野球部の新入生に甲子園ベスト4左腕! 早実出身内野手は司法試験予備試験合格の秀才!