Column

社会人野球から学ぼう NTT東日本 上田祐介選手(常総学院)

2013.06.03

早大の走塁

 会社の名誉とプライドを背負い、誇張でなく“全身全霊”をかけ試合を戦っている企業チーム。
 そんな厳しい世界での勝負に身を置く選手が考える野球とは。
 より勝利の確率を上げるため、より自分たちの野球を確実に遂行するため――。
 守備フォーメーションひとつとっても、そこには研ぎ澄まされた戦略がある。

社会人野球までの蓄積

 社会人野球にとってもっともプライオリティの高い大会、都市対抗野球の地区予選が間近に迫っていた。
「企業チームはどこも、社員を(本戦が行われる)[stadium]東京ドーム[/stadium]へ連れて行く気持ちで必死に戦います。それこそ負けたら会社に顔を出せない。だから社会人野球の醍醐味は、都市対抗の本戦より予選なんです。ピリピリしながらプレーしてますよ」

 高校野球には引退のかかった、プロ野球には生活のかかった重圧がある。そして社会人野球は、“会社のかかった”重圧。その独特のプレッシャーへ真正面から挑むべく、上田祐介選手の言葉と眼には「覚悟」が宿っていた。

 高校、大学、社会人と、キャッチャーとしてトップの道を歩んできた。常総学院時代は2001年春の選抜大会で優勝、日本大学時代は2004年全日本大学野球選手権大会で準優勝、そしてNTT東日本では、2011年都市対抗野球で準優勝し大会優秀選手にも選ばれた。本人はこれまでの野球人生をどう振り返るのか。

 まず高校時代。
「いわゆる走り込み中心の“これぞ高校野球”っていう野球をした思い出はないんです。常総学院では基礎は当たり前ですが、実戦の中でどう結果を残していくかがポイントでした。試合数も多かったし、冬場も普通は走り込みでしょうけど、紅白戦しかやっていたイメージがないです。その中でA、B、Cとチームを分けられ、結果がダメなら下級生や新入生に、とってかえられる。そういう競争はメチャクチャ厳しかったですが、とにかくプレーばかりしていたイメージです」

 次に大学時代。
「練習の中心は完全に基礎トレでした。こんなに走るのかというくらい走って。1000mや3000mとか何本も走らされて。例えば、1000mのタイム走5本のあとにサーキットをやって、その後に野球の練習とか。高校では野球ばかりやってたので、そのギャップに驚きました。だから、体力はむしろ大学時代につきました。高校じゃなくて大学で体力を伸ばしたって、けっこう珍しいですよね」

 そして進んだ社会人野球。
「入社1年目でいきなり都市対抗に出たのですが、その後2年間出られなかったんです。そのとき初めて野球の意味を考えました。企業チームが次々となくなっていく中、野球をやらせてもらっているということ。会社のみんなのために勝たなければいけないということ。大学までは、プロを目指していたこともあり、チームを勝たせて自分をアピールすることを考えていましたが、今は会社のために勝ってチームを存続させて後続につなげていきたいと考えるようになりました」

[page_break:勝つ確率を上げてゆく]

勝つ確率を上げてゆく

[pc]


[/pc]

同じ野球をしていても意識が変わっていった野球人生。「勝つことがすべてをいい方向に持っていってくれる」。それは間違いない。しかし“自分のため”から“みんなのため”に勝利を目指すようになったことで、より強い執着を持ち、より重い責任を感じるようになった。結果、勝つ確率を高める努力を日々行うようになった。

 そんな今の上田選手から見ると……、
「今でもテレビで甲子園を観ますが、キャッチャーはその場の思いつきでプレーしているのかな? と思うことがあります」

 高校時代から上田選手の場合は、試合前に綿密に分析を行い、相手バッターをどう料理するかプランを組み立てていたという。以下は、そういった習慣を継続してきて辿り着いた現在の境地だ。

1)試合前からもう1試合は終わっている

「高校時代は最初の打者一巡ぐらいのイメージでしたけど、今は1試合分バッターへの攻め方を組み立ててから試合に臨んでいます。ビデオを見て、ミーティングして、先発投手と話し合って。事前に決まっていないと本番であたふたしちゃうので。普段の練習で学んだからといって、いざその場、状況で学んだことを出せるとは限りません。緊張するかもしれないし、考え過ぎてしまうかもしれない。そうならずやってきたことを出し切るには、事前に分析して対処できる状態を作っておけばいいんです」。

2)1試合を抑えるために1打席を捨てる

「相手チームにキーとなるバッターがいる場合、勝ち負けにこだわらないところ――たとえば試合序盤――にワザと“試す”リードをすることがあります。そこで打たれても、事前に組み立てておいた対策の確証を得られればOK。そして後半大事なところでそのバッターを確実に抑えるんです」

 ともに社会人野球レベルだからこそできる高度な戦法だ。おいそれとマネできるものではない。ただ、2つに共通していえることは「準備をしている」ということだ。
 これが、じつはNTT東日本の現在の野球にも通じてくる。

[page_break:NTT東日本のチームカラー]

NTT東日本のチームカラー

 2009年に垣野多鶴監督が就任してから「野球が変わった」という上田選手。
「それまでは取った1点をきっちり守るイメージでしたけど、垣野監督になってからは、序盤は失点を1~2に抑えてそこから野球を組み立てるようになりました」

 垣野監督は1996年アトランタ五輪の野球日本代表コーチも務め、三菱自動車川崎時代に3度都市対抗野球を制覇した名将である。上田選手によると、監督が来てチームが大きく変わったのは「バッティング技術が伸びて点が入るようになった」ことだという。

「監督が来た当初は『ヒジ伸ばし』という練習があって、スイングをインパクトのところで止めるという打撃練習をしていました。ヒジを伸ばしたところで止める。フォロースルーまでいかないんです。その練習をしておいて、試合ではフルスイングを意識させるんです」

 そういった独特のバッティング改革で鍛えられた打力は、チームの武器となった。得点できる自信はあるから、試合序盤は最少失点でしのいでいき「試合を作る」ことに集中する。逆に勝敗に直結しやすい試合後半は失点を与えない。そして持ち前のバッティングで最終的に相手を上回るというのが勝ちパターン。

 チームカラーがはっきりしているので、守備も状況によってすべきことが決まってくる。
「序盤はピンチでも前進守備を敷くことはありません。失点1を死守するより大量失点のリスクを減らす方が優先事項です。うちはバントシフトを敷く場合は極端にやりますが、それも試合終盤のどうしても送らせたくないケースのみに限られます。スクイズも警戒しないことはありませんが、序盤なら『1点やって1アウト取れるならその方がいい』と考えてます。へんにウエストしてカウントを悪くすると、大量失点を招きかねないですからね」

「準備」が生むフォーメーション

 難しいのは試合後半。「うちは試合後半に点を取られないのが強み」と言う上田選手だが、ここで重要になってくるのが「準備」だ。

「相手バッターに対して、あらかじめ組み立てておいた攻め方で初回から臨んでいきます。もちろん思い通りにいかないこともありますけど、その場合は2巡目以降で微調整していきます。試合で失点が重くのしかかってくるのは7~9回。逆に相手バッターの様子を見ながら1~6回で攻め方をきっちり固めていけばいい、という心持ちでプレーしてます」

 先に挙げた「試合前からもう1試合は終わっている」「1試合を抑えるために1打席を捨てる」ことを実践することで、試合終盤には対戦チーム打者の攻略法が高精度でできあがることになる。
 もちろん、「準備」はバッテリー間だけにとどまらない。

「試合前のミーティングでは、相手チームひとつあたり10試合以上のデータを見ます。それを分析すれば打球方向の傾向が出る。それにその試合で投げるピッチャーの特徴を照らし合わせて守備位置を決めていきます。ですから打者によって極端にフォーメーションを変えますし、セカンド、ショートがキャッチャーの出す投球サインを外野に伝えているので、それに応じてポジションを微調整したりもします」

 さらに、「準備」は試合中だけにとどまらない。
「社会人となると、やはり守備レベルは高いです。アウトにできるプレーを確実にアウトにできる。またそのエリアが広い。加えてランニングスローや下投げといった練習もしています。試合で見ればファインプレーに見えるプレーですが、うちではそれも“ごく普通のプレー”なんです」

 さらに前進守備も複雑に形を変えたものを3つほど用意して日々の練習から取り組んでいるという。たとえば「無死一、三塁」時の特殊フォーメーションとして、セカンドだけが少し前に出てくるというもの。実戦でも使ったことはないというが、失点を抑えつつダブルプレーも狙うという高度な形のようだ。

 あらゆるケースを想定した守備の「準備」は日々徹底して行われている。こうして用意された豊富な対処法を、試合で適材適所使っていく。その判断はベンチが行うが、選手たちも大体いつ、なにが使われるかわかっているのだとか。

「練習を積むことでチームのエラー数は減りましたし、勝率もグンと伸びました」

 実際、準優勝に輝いた2011年の都市対抗野球は決勝までノーエラーだった。
 バッテリーは配球を準備し、野手はポジショニングを準備し、そして日々の練習で試合を準備する。結果、「勝つ準備」が整っていく。

[page_break:勝ちたい欲求が思考を促す]

勝ちたい欲求が思考を促す

[pc]


[/pc]

 しかし実際、準備したとおりに試合が運ぶことなど、あるのだろうか。
「キャッチャーとして試合前に組み立てていた対策がことごとく当たる試合は、けっこうありますよ」と上田選手はこともなげに言う。

「昨年の都市対抗野球でいえば準々決勝の日本生命戦がそうですね(10対0で勝利)。なんの違和感もなくプレーできました。それだけの準備をして臨んでいるので、嬉しかったです」

 こんな野球ができたら、さぞ快感だろう。だが、これは社会人野球の最高峰レベル。今回紹介した守備やフォーメーションの話も、NTT東日本というチームカラーに沿って形作られているものだ。高校のチームが具体的に取り込めるものではないかもしれない。
 ただし、今回の取材で伝えられるものがあるとすれば「準備の力」のほかに、もうひとつある。
 それは、「勝ちたい気持ちが強まるほど、より考えるようになる」ということだ。

 上田選手の野球脳は、なにもNTT東日本に来てから鍛えられたわけではない。むしろ「野球の知識を身につけたのは高校時代だった」という。

常総学院では自分からやらないと野球ができなくなるっていう環境でした。“与えられる”ということがなかったんです。それができないと2年、3年と新チームに切り替わる頃には学生コーチになります。僕らの時は最終的に半分ぐらいの選手が学生コーチになっちゃったぐらいです。そういった環境で1年からやってました。木内(幸男)監督(当時)が、練習中からマイクでバンバン選手たちのプレーを指摘していく。それを他人事としてでなく自分事として聞いておき、次に同じようなプレーを自分がした時に監督の指摘したことをできるようにしておくんです」

 自分から動きださなければ野球を辞めさせられる。そんなギリギリの環境で誰に言われるでもなく、必死で考えた。
「とにかく監督の言葉を聞いて。常総は普通のノックよりランナー付きノックの方が多かったんですが、そこでアウトの取り方を学び、試合でベンチにいても一人一人、一球一球シミュレーションしていました。レギュラーうんぬんとかも意識しない。そんな周りを見る余裕がなかったというか。自分がやれることを必死でやっていました」

 なかば強引に身につけた、野球を「考える」習慣。それは上田選手にとってなにものにも代えがたい財産となっている。さらに――。

「もちろんこれまで辛いこともありました。でも高校から今までずっと野球を続けてこられているのは、最終的に勝ってきたからです。勝つから目立てることができた。勝った時の歓びを知っているからつらいことも吹き飛ぶ。そして本気で勝とうと思うから考えるんです」

 現在、“NTT東日本のために勝ちたい”と熱望し、まだまだ野球を突き詰めて考えようとしている上田選手。彼と同じほど本気で、貪欲に「勝ちたい!」と思っている高校球児は、いったいどれだけいるだろうか。

(文=伊藤亮

このページのトップへ

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

関連記事

応援メッセージを投稿

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

RANKING

人気記事

2024.04.18

【神奈川】保土ヶ谷球場では慶應義塾、横浜が登場!東海大相模は桐蔭学園と対戦!<春季県大会4回戦組み合わせ>

2024.04.19

【島根】石見智翠館、三刀屋がコールド発進<春季県大会>

2024.04.19

【山口】下関国際、高川学園、宇部鴻城がコールド発進<春季大会>

2024.04.19

【福岡】福岡大大濠-福岡、西日本短大附-祐誠、東筑-折尾愛真など好カード<春季地区大会>

2024.04.19

【春季千葉大会展望】近年の千葉をリードする専大松戸、木更津総合が同ブロックに! 注目ブロック、キーマンを徹底紹介

2024.04.14

【全国各地区春季大会組み合わせ一覧】新戦力が台頭するチームはどこだ!? 新基準バットの及ぼす影響は?

2024.04.15

四国IL・愛媛の羽野紀希が157キロを記録! 昨年は指名漏れを味わった右腕が急成長!

2024.04.17

仙台育英に”強気の”完投勝利したサウスポーに強力ライバル現る! 「心の緩みがあった」秋の悔しさでチーム内競争激化!【野球部訪問・東陵編②】

2024.04.16

【春季埼玉県大会】2回に一挙8得点!川口が浦和麗明をコールドで退けて県大会へ!

2024.04.15

【春季和歌山大会】日高が桐蔭に7回コールド勝ち!敗れた桐蔭にも期待の2年生右腕が現る

2024.04.09

【大学野球部24年度新入生一覧】甲子園のスター、ドラフト候補、プロを選ばなかった高校日本代表はどの大学に入った?

2024.04.05

早稲田大にU-18日本代表3名が加入! 仙台育英、日大三、山梨学院、早大学院の主力や元プロの子息も!

2024.04.14

【全国各地区春季大会組み合わせ一覧】新戦力が台頭するチームはどこだ!? 新基準バットの及ぼす影響は?

2024.04.02

【東京】日大三、堀越がコールド発進、駒大高はサヨナラ勝ち<春季都大会>

2024.03.23

【春季東京大会】予選突破48校が出そろう! 都大会初戦で國學院久我山と共栄学園など好カード