Column

2013年選抜高校野球の走力

2013.04.22

小関順二のストップウォッチで語る!有力選手を分析コラム

優勝した浦和学院ナインが実践した全力疾走

 第85回記念選抜高校野球大会は浦和学院が埼玉県勢として45年ぶりの頂点に立った。見応えがあったのは決勝の済美戦で猛威を振るった強打線で、2ケタ得点は山形中央戦(11対1)、北照戦(10対0)、済美戦(17対1)と3試合を数え、通算打率.351は出場した36校中ナンバーワンだった。

浦和学院ナイン(2012明治神宮大会)

 森士(もり・おさむ)監督は優勝した直後、「自己責任をテーマに、大会前に初めてレギュラーを選手間投票で決めた」と語っている。これは「やらされる」野球ではなく、「率先してやる」野球への転換を意味している。それがお題目ではなく、実際のパワーになっている証拠がある。各選手の各塁到達タイムである。
 私が重要視しているのは打者走者の「一塁到達4.3秒未満、二塁到達8.3秒未満、三塁到達12.3秒未満」という数字だ。これを満たせば「タイムクリア」と言い、逆に全力疾走を放棄した走塁を「アンチ」と表現し、「一塁到達5秒以上、二塁到達9秒以上、三塁到達13秒以上」がその目安になる。浦和学院がどういう走りをしたのか、初戦の土佐戦から見て行こう。

 

◇浦和学院走塁タイム(2013年選抜大会)

2回戦 土佐戦(4対0) タイムクリア1人2回、アンチ0人
3回戦 山形中央戦(11対1) タイムクリア3人3回、アンチ0人
準々決勝 北照戦(10対0) タイムクリア3人3回、アンチ0人
準決勝 敦賀気比戦(5対1) タイムクリア2人2回、アンチ0人
決勝 済美戦(17対1) タイムクリア1人2回、アンチ0人

 

 タイムクリアが特別多いわけではない。最もよく走ったチームは2回戦の岩国商戦でタイムクリア5人9回を記録した山形中央で、同校は3回戦の浦和学院戦でもタイムクリアが3人6回(アンチ0人)を数えた。浦和学院の走塁は山形中央にくらべれば半分くらいの迫力だが、注目してほしいのが「アンチ0人」という数字だ。16強(3回戦)に進出した昨年夏のチームの走塁も見てみよう。

◇浦和学院走塁タイム(2012年選手権大会)

1回戦 高崎商戦(6対0) タイムクリア2人3回、アンチ1人2回
2回戦 聖光学院戦(11対4) タイムクリア4人6回、アンチ0人
3回戦 天理戦(2対6) タイムクリア4人4回、アンチ1人1回

 

 今年のチームに負けないくらいよく走っているのがわかる。だが、アンチの記録をみれば、逆に今年のチームが成し遂げた「5試合連続アンチ0人」という数字から精神的な強さが迫ってくるようである。浦和学院優勝の大きな要因で、「率先してやる野球」の成果の現れだと思っている。

 「1試合タイムクリア3人以上」が私の中では及第点で、「タイムクリア4人以上」が全力疾走を実践しているチームという格付けになる。どんなチームが実践しているのか見ていこう。

 

◇タイムクリア4人以上のチーム

敦賀気比 ◇3/22(沖縄尚学戦) →タイムクリア4人5回、アンチ1人1回
常葉菊川 ◇3/22(春江工戦) →タイムクリア4人6回、アンチ1人1回
創成館  ◇3/25(仙台育英戦) →タイムクリア4人5回、アンチ2人2回
仙台育英 ◇3/25(創成館戦) →タイムクリア4人5回、アンチ2人4回
岩国商  ◇3/27(山形中央戦) →タイムクリア4人5回、アンチ2人4回
山形中央 ◇3/27(岩国商戦) →タイムクリア5人9回、アンチ2人3回
花咲徳栄 ◇3/27(県岐阜商戦) →タイムクリア4人4回、アンチ3人3回
大阪桐蔭 ◇3/28(遠軽戦) →タイムクリア4人4回、アンチ0人
北照   ◇3/29(尚志館戦) →タイムクリア4人6回、アンチ2人3回

 

 走塁の迫力では山形中央が一番だった。2回戦の岩国商戦でタイムクリアしたのは1番高橋隆生(2年・左翼手)、2番今野翔太(3年・遊撃手)、5番中村颯(2年・三塁手)、7番佐藤大輝(3年・二塁手)、9番高田匠(3年・中堅手)の5人9回。彼らの走塁は岩国商にも伝染し、4人5回がタイムクリアを果たした。プラスの伝染効果である。

 山形中央と同様、21世紀枠などの特別枠で出場した各校の走力を紹介しよう。

 

◇21世紀枠出場校タイム

いわき海星 遠軽戦) タイムクリア0人、アンチ1人1回
遠軽 いわき海星戦) タイムクリア0人、アンチ0人
益田翔陽 聖光学院戦) タイムクリア0人、アンチ0人
土佐 浦和学院戦) タイムクリア3人4回、アンチ0人
山形中央 岩国商戦) タイムクリア5人9回、アンチ2人3回
遠軽 大阪桐蔭戦) タイムクリア1人1回、アンチ0人
山形中央 浦和学院戦) タイムクリア3人6回、アンチ0人

 

 タイムクリアとアンチの少なさがすぐわかる。運動能力で劣る分を全力疾走で補っていると私は思っている。高校野球の清々しさを6校は見事に体現したと言っていいだろう。

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各塁到達タイムベスト5

 個人に目を移すと、各塁到達のベスト5は次のような顔ぶれになった。

◇一塁到達(バントのみ)~3.99秒

3月22日 1 3.76秒 平良 勇貴沖縄尚学・3年)
3月27日 1 3.76秒 楠本 泰史花咲徳栄・3年)
3月22日 4 3.85秒 米満 一聖敦賀気比・3年)
3月25日 2 3.87秒 林 健斗創成館・3年)
3月27日 1 3.87秒 高橋 隆生山形中央・2年)

 

◇一塁到達(バント以外)~4.09秒

3月30日 1 3.97秒 前川 直哉常葉菊川・2年)
3月26日 4 4.06秒 中川 洸志済々黌・3年)
3月26日 2 4.08秒 宇佐川 陸済美・3年)
3月28日 1 4.08秒 高木 俊希大阪桐蔭・3年)
3月29日 4 4.08秒 澤田 拓海北照・3年)

 

◇二塁到達 ~8.29秒

3月25日 2 8.06秒 上林 誠知仙台育英・3年)
3月24日 3 8.08秒 吉田 雄人北照・3年)
3月23日 2 8.10秒 五十嵐 雄太宇都宮商・3年)
3月29日 3 8.12秒 吉田 雄人北照・3年)
3月22日 1 8.15秒 浅井 洸耶敦賀気比・2年)
3月25日 1 8.15秒 牧野 勇斗龍谷大平安・3年)
3月27日 4 8.15秒 東 泰斗(県岐阜商・3年)

 

◇三塁到達 ~12.29秒

3月25日 5 11.62秒 熊谷 敬宥仙台育英・3年)
3月23日 1 11.73秒 柴山 和博宇都宮商・3年)
3月27日 4 11.80秒 高田 匠山形中央・3年)
3月30日 1 11.80秒 森 晋之介大阪桐蔭・2年)
3月26日 1 11.81秒 川瀬 小次郎(広島広陵・3年)

 

◇本塁到達(ベース1周)~15.99秒

3月28日 1 14.99秒 峯本 匠大阪桐蔭・2年)
3月31日 4 15.87秒 木暮 騎士浦和学院・3年)

 

 この中で“ドラフト候補”と呼ばれるのは上林(仙台育英)と吉田(北照)の2人で、彼らは外野守備でもうまさを発揮している。また、二塁到達でランクインした浅井(敦賀気比)、三塁到達でランクインした森晋(大阪桐蔭)、そして2回戦の遠軽戦でランニングホームランを放ち、本塁生還14.99秒を計測した峯本(大阪桐蔭)は注目を集める2年生である。

森晋之介選手(大阪桐蔭)

 これらの俊足選手が塁上に立ったとき二盗、三盗をめぐって凌ぎを削り合うのが捕手だ。大会前、評判を集めたのは超高校級と呼ばれる森友哉大阪桐蔭・3年)と栗原陵矢春江工・2年)の2人。
 通常、イニングに入る前、投球練習の最後の球を捕った捕手は二塁に送球するが、高校生はここで手を抜かない。スポーツ紙などで「1.8秒台の強肩」と書かれる数字はそのほとんどがこの「イニング間」で計測されたもので、森友と栗原は過去何回も、プロでも一流と言われる1.8秒台を計測している。しかし2人は今大会、このイニング間で強肩の基準、2秒切りが1回もなかったことは、とても残念だった。

 栗原は1回戦の常葉菊川戦で盗塁を5回企図され、二盗を3回許している(5回の二盗のときはさすがの1.90秒を計測している)。森友は2回戦の遠軽戦で1回に三盗、6回には振り逃げで出塁した選手に二盗されている。相手チームはイニング間の二塁送球を見て肩が万全かそうでないか判断しているので、ここで手を抜くことは致命傷につながりかねない。夏には万全な姿を見たい。

 盤石だったのは喜多亮太敦賀気比)である。イニング間では毎試合、超高校級と言っていい1.8秒台を計測、準決勝の浦和学院戦では3回裏に高田涼太の二盗を阻止しているが、このときの二塁送球は実戦では破格の1.98秒を計測した。

岸本淳希(敦賀気比)

 この喜多とバッテリーを組む岸本淳希はクイックモーションが速い。クイックモーションとは盗塁されないように速いモーションで投げる技術のことで、私は一塁に走者を置いたときストップウォッチで計測する。このクイックタイムが岸本は最速1.15秒だった。
 喜多の二塁送球・最速1.82秒と岸本のクイックタイム・最速1.15秒を合体させれば合計2.97秒になるが、このタイムで二塁盗塁を成功できる選手は世界中に1人もいない。しかし、浦和学院はこのバッテリー相手に2回盗塁を企図し、1回成功(1回失敗)している。この足と肩の攻防は高校野球の醍醐味の1つと言っていい。

◇クイックは投手が始動した瞬間から投げたボールがキャッチャーミットに収まるまでのタイム。
◇捕手の二塁送球は投手の投げたボールがミットに収まった瞬間から捕手が投げたボールが二塁ベース上の内野手のグラブに収まるまでのタイム。
◇打者走者の各塁到達は投手の投げたボールがバットに当たった瞬間から打者走者の足がベースに到達するまでのタイム。
◇盗塁は走者がわずかでも動いた瞬間から各塁ベースに到達するまでのタイムである。

 興味のある方は、是非ストップウォッチ持参で野球観戦してほしい。野球の面白さが2倍、3倍になるはずである。

(文・小関順二

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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