こんにちは、アスレティックトレーナーの西村典子です。
少しずつ暑さがやわらぎ、過ごしやすい気候へと季節の移り変わりを感じる時期となりました。この時期は寒暖差が激しく、かいた汗によって思いのほか体が冷えてしまう、といったことも起こりやすいので、体調管理には特に気をつけて過ごしてくださいね。さて今回はバッティング動作によって起こりやすい手の外傷についてお話をしてみたいと思います。スイング動作では手首からバット、そしてボールへと力が伝達されていきますが、大きな衝撃によってによって手を痛めてしまうことがあります。どのようなケガが起こるのでしょうか。

右手を手の甲側から見たときの骨とTFCC
手首を支える骨とその動き
一般的に手首と言われている部分は、前腕部分にある二本の骨(橈骨:とうこつ、尺骨:しゃっこつ)と手の付け根にある8つの手根骨(しゅこんこつ)に囲まれた部分を指します(図1)。手首の動きには手のひら側に曲げる「掌屈(しょうくつ)」、手を反らせる動作である「背屈(はいくつ)」、手を親指側に曲げる「橈屈(とうくつ)」、小指側に曲げる「尺屈(しゃっくつ)」があります(図2)。ちなみに手首をひねる、返すような動作(回内:かいない、回外:かいがい)は手関節の動きではなく、肘関節の動きによって起こります。手首は4つの基本的な動きによって円運動を可能にしますが、このような動きの中で大きな衝撃が加わったときに手の骨や軟部組織を傷めてしまうことがあります。バッティングでは一度の外力で急に痛くなる急性のスポーツ外傷だけではなく、繰り返し動作によって少しずつ痛みが強くなる慢性的なスポーツ障害も見られます。
有鉤骨骨折
手根骨の中に有鉤骨(ゆうこうこつ)と呼ばれる骨があります。有鉤骨は文字どおり鉤(かぎ)状(フック状)の構造を持っているため、バットを握った状態で打撃を行うと、ボールがバットに当たったときの衝撃がバットから手のひらへと伝達され、骨の構造的に弱い部分である「鉤」のところが折れるといったことが起こります。バットのグリップエンドから受ける外力によって起こるため、右打者であれば左手、左打者であれば右手の有鉤骨を傷めるケースがほとんどです。バットの握り方にもその一因があると言われますが、特に手首が下がり(尺屈)、いわゆるバットのヘッドが下がった状態でバットの先にボールが当たってしまうと、てこの原理でより大きな衝撃が手のひらに加わるために、骨折してしまうことなどが考えられます。
有鉤骨は一度の衝撃で骨折してしまうと考えられがちですが、骨折した選手の多くはその前から何となく手のひらに違和感を感じていたり、多少の痛みを我慢して練習をしていたりすることも少なくありません。バットをしっかり握れない(握力の低下)、スイングはできるものの手の小指側(主に手のひら側、まれに手の甲側)に強い痛みが続く場合は、早めに医師の診察を受けるようにしましょう。
骨折した場合、一般的には患部を固定した状態で骨癒合(ゆごう)を待ちますが、鉤状の部分が骨折している場合は、一度骨癒合をしたとしてもスイング動作による再骨折のリスクが高いため、骨折した鉤の部分を取り除く手術を勧められることが多いようです。病院によっては日帰り手術を行うところもあり、その後のリハビリテーションなどを経ておよそ6~12週間程度で競技復帰が可能となります。

手関節の動き
TFCC(三角線維軟骨複合体)損傷
バッティング動作を行っていると、手首を小指側に倒す尺屈時や、手首をひねる回外・回内時に痛みを感じることがあります。手首には尺骨と手根骨の間にTFCC=三角線維軟骨複合体(さんかくせんいなんこつふくごうたい)と呼ばれる軟部組織があり、この部分を傷めた状態をTFCC損傷と呼びます。TFCCにはさまざまなパーツが存在しますが、主なものは衝撃吸収の役割を持つ三角線維軟骨と尺骨・橈骨をつなぎとめる橈尺(とうしゃく)靭帯の二つです。ハンモックのような形状を持つ三角線維軟骨が何らかの衝撃によって傷んでしまうと、尺屈動作時に痛みを感じるようになります。また橈骨と尺骨をつなぎ止める役割である橈尺靱帯が傷んでしまうと、手首をひねる動作でグラグラとした不安定さが増すようになり、痛みを伴います。TFCC損傷はバッティング動作だけではなく、たとえば手を地面について小指側により大きな荷重が加わったときなどにも起こります。
TFCCを傷めた場合、サポーターなどを使って手関節を固定した上で痛みが軽減するのを待ちますが、TFCCを含む手関節部分は体の末端に位置するために血流が乏しく、修復に時間がかかることがその特徴として挙げられます。数ヶ月経っても改善が見られない場合は手術でTFCCの縫合・修復を勧められることもあります。また、まれに小指側に位置する尺骨が親指側に位置する橈骨(とうこつ)よりも長く、手根骨を圧迫しやすい構造になっている場合は、尺骨を短くする短縮術などの手術に踏み切る場合もあります。軽度の場合はプレーを継続することも可能ですが、まずは医療機関を受診したうえで医師の指導のもとで行うようにしましょう。

TFCC損傷はバッティング動作や手をついたときにも起こることがある
今回はバッティング動作で見られる有鉤骨骨折とTFCC損傷について、受傷のメカニズムを中心に紹介しました。手首は複雑で、かつ小さな関節であり、一度ケガをしてしまうと回復までに時間がかかることが多いものです。「痛いけれどプレーはできるから」といってプレーを続けてしまうと、大きなケガにつながったり、練習を離脱してから競技復帰までにより多くの時間がかかってしまったりすることにもなります。体のちょっとした変化は自分自身が気がつきやすいもの。「おかしいな」と感じたら、まずは医療機関を受診して医師の診察を受けること、その上で自分自身ができることを行っていくようにしましょう。
【バッティングで起こりやすい手の外傷】
●手首は前腕にある橈骨・尺骨と手根骨によって構成される
●手関節は「掌屈」「背屈」「橈屈」「尺屈」という4つの動作で複雑な動きを行う
●有鉤骨はフック状の鉤を持ち、構造的に弱いために衝撃によって骨折することがある
●グリップエンドから加わる衝撃が骨折の一因となるため、主に右打者は左、左打者は右の有鉤骨骨折が見られる
●TFCCは尺骨と手根骨の間にあり、クッションとしての役割を持つ
●TFCC損傷は主に手の尺屈動作や手首の回内・回外動作で痛みやグラグラした不安定さが増す
文:西村 典子
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