この夏、41年ぶりの甲子園ベスト8入りを果たした愛工大名電(愛知)は、野球部グラウンドをボールパーク化したり、グラウンド、ブルペン場にスピードガンを導入するなど、環境設備に力を入れている。その改革を支えているのが、05年のセンバツ優勝に貢献した「アイディアマン」でもある、名将・倉野監督だ。
倉野監督が現在、推し進めているのは最新機器「ラプソード」を使ってのレベルアップであった。
なぜ動作解析を推し進めたのか?
ブルペンにはラプソードとモニターを設置
「今の若い方はTwitter、TikTokなどSNS、インターネットから発する情報から瞬時に物事を判断しています。そういう代ですから、我々もそういう流れに対応しないといけないと思っています」
さらに続ける。
「今のプロ野球も最先端の動作解析をしているチームがペナントを制していますよね。ヤクルト、オリックスもホークアイを活用していますよね」
確かにその通り。だが、我々からすれば、「プロ野球球団がトラッキングシステムを使って生かしているんだな」という感覚しかない。ただ、倉野監督は野球界で起こっている良い現象について、選手たちの成長につながるかもしれないと調べて、何ができるかを考える指揮官である。その投資については、倉野監督も、野球部も惜しまない。
「ラプソード」は去年から導入され、投球練習の中でチェックができるようになった。最近は大学野球部を中心に取り入れているチームも多くなってきているが、詳しく自己分析して、さらにデータを管理し、生かしているチームはどれだけあるだろうか。操作が難解なデバイスを使った数字の管理は根気が必要だ。
愛工大名電は選手たちが細かな分析ができるよう、とにかく測定を行い、サンプルを集めた。
選手らはただ数字を知るだけではなく、リリースアングルもチェックして、最適な直球、変化球のリリースを見直している。そのデータは野球部内のクラウド上で共有し、選手たちは自らのデバイスでチェックできるような仕組みとなっている。
また、投球練習の横にはラプソードの数字をチェックできるタブレッドだけではなく、モニターも設置されている。投げたあとに、投球フォームが遅れてモニターに反映されるようになっており、瞬時に自分の投球フォームを目視することができるのだ。
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時代の流れに敏感になり、レベルアップのために勉強の日々
ラプソードでデータを管理
ラプソードと映像によるフォームでチェックできるモニターを設置しているのはプロ野球並みだといえるだろう。さらにこの取り組みをサポートするために、学生アナリストを採用。今年度から軟式野球部出身の早川さんが携わっている。
「僕は中学まで野球をやっていて、野球部に入らず、愛工大名電に入学したのですが、学校内にこの募集があったので、こういう形で野球部に携われるのならばと思って、入部しました」
倉野監督をはじめとしたスタッフ、学生アナリストを中心に始まったラプソードによる選手のパフォーマンスを可視化した運用が実現するまで覚えることは膨大で長期的な時間を要した。
結果として選手のデータをより緻密に管理し、的確にレベルアップへ向けての取り組みができるようになった。
倉野監督は数字を知って取り組むことができるだけで、モチベーションが大きく変わっていくと語る。
「昔の時代はただ量をこなすだけでした。また、走り込み、投げ込み、振り込みを多くやることが正しい時代でした。もちろん選手の基礎を作る上で、反復練習は大事ではありますが、本当に正しいかどうかは冬を越えて、公式戦をやってみないと分からないところが不安点でした。自分の技術を数字や動作解析で可視化することによって、『正しい努力』や取り組みの微調整、方向転換が可能になります」
自分のパフォーマンスに対する数字が明確になれば、選手は受動的ではなく、能動的に取り組むようになる。向上心が強い選手には向いているだろう。
さらに、パフォーマンスの数字的な目標がなければ、試合の勝ち負けだけが判断基準となってしまう。実際には伸びていてもチームとして結果を残せなければ、否定されてしまうこともある。だが、数字的なものが飛躍的に伸びる選手が多ければ、たとえチームとして成績が伴っていなかったとしても、野球を続けたい選手たちの将来につながるだろう。
ラプソードを活用する時、投手のパフォーマンスだけではなく、打者も測定し、部員全体のパフォーマンスも可視化するようにしている。こうした運用はさらにアップデートする予定で、倉野監督は「また次来る時はもっとすごくなっていますよ」と予告した。
ラプソードはかなり高価であり、簡単に導入できるシステムではない。大事なのは指導者が現代の流れや、高校生たちの流行り、気質を理解し、それに沿った指導、運用に根気強く挑戦していくことだろう。レベルアップにつながる可能性があると、新たなものに貪欲に取り組む好奇心も必要になる。
名門野球部のトップである倉野監督がこうした改革に取り組んでいることが、安定した強さにつながっているといえる。
(記事=河嶋 宗一)