秋季埼玉県大会でベスト4に進出したのは、昌平や春日部共栄、そして細田学園といった私学勢だった。全国制覇の経験がある花咲徳栄や浦和学院らも含めた強豪私学が優勢にある埼玉県内で、大宮東は唯一公立校で準決勝まで勝ち進んだ。
そうした実績を認められて埼玉県の21世紀枠推薦校に選出もされた。春は浦和学院の前に敗れたものの、傍から見れば県内の公立校のなかでは強豪である。さらに、過去の甲子園への出場実績や、取材時の練習の雰囲気を見れば公立、私立の枠組み関係なく、県内上位のチームであることは間違いない。
しかし、今回の取材を通じてチームの歩みを知れば知るほど、その裏側は違っていた。
公立革命=負けない野球をする
大宮東ナイン
「夏休みの練習試合であまり勝てなかったですね。先輩たちよりも力がなかったので、最弱とも言われてきました」
今年のキャプテンを務める鈴木翔也は、チーム発足時のことを悔しそうに振り返った。チームを指揮する河西監督も「例年よりも打力が下がっているので、今まで通りの戦い方は難しい」と感じている部分もあったという。
練習量で課題克服と行きたいところだが、新型コロナウイルスの感染防止策で、練習には制限を設けられた。分散で平日2回の練習で、1回の練習時間は90分という規則になった。加えて土日の練習もできないと言うことで、「苦しい状態からスタートしました」と河西監督もこれには苦労を強いられていた様子だった。
加えて、昨夏の独自大会を経験した選手は誰もいない。本当に0からのスタートであるにもかかわらず、練習を通じてチームを作れない厳しい状況にあった。
そこで河西監督は90分の練習時間で技術向上させるための練習をさせて、SNSを通じてコミュニケーションをとる形で、組織力を高める手段に出た。そのうえで、チームの指針となる言葉を2つ掲げた。
1つが「最弱から最強へ」。そしてもう1つが「公立革命」という言葉だった。
「埼玉県は私学優勢の勢力図になっています。そのなかで公立でも甲子園に行けるようなチーム、つまり埼玉県で優勝出来るチームになるために、練習方法を大きく変えました」(鈴木主将)
埼玉で優勝する、甲子園まで勝ち続けるチームになる。試合で負けないようなチームを作るということだ。そうなれば、河西監督のなかでは「バッテリーを中心に失点を減らす負けない野球を目指す」というのはすぐに決まった。
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最弱を認識してから、チームは強くなった
鈴木翔也主将
大宮東の伝統である強打で戦うのではなく、守備からリズムを作って小技で攻める。これまでとは違う形で、公式戦まで準備を進めた。この方針転換には選手間でも「慣れるのに苦労しました」という声が上がっていたが、公立革命を起こすべく守りのチームを目指した。
それでも練習試合では負けっぱなし。思うような結果は残らなかった。しかしこの敗戦が、鈴木主将のなかではチームが変わるきっかけだったという。
「たしかに最弱だと言われたことは悔しかったです。けど練習試合で勝てないことが続いて、『最弱と言うことを受け入れよう』と思ったんです。そこからは失うものはなかったので、いい意味で余裕をもって戦えるようになりました」
そうすると、チーム内でも1つ1つのことに対する徹底力も磨かれた。選手間のミーティングも次第に回数が増え、話し合いも活発になったと鈴木主将は振り返る。
この当時のチーム状態を河西監督は「秋の大会を迎えるにあたっては光が見え始めたのを覚えています」と少しずつ手ごたえを感じていた。
その手ごたえは大会に入り、確信に変わった。
地区予選・慶應志木戦は「どちらが勝ってもおかしくない状況だった」と河西監督は振り返るが、バッテリーを中心とした野球で立ち上がりから試合を展開して、14対0の快勝。まずは公式戦1勝を掴んだ。
すると県大会でも勢いは止まらない。練習試合では負けていた熊谷商や、市立川口からも勝利。「練習してきたバントなどの細かいプレーができていた」と自分たちの野球ができていたことを河西監督は勝因に挙げた。
そして迎えた準決勝は細田学園となった。ここを勝てば関東大会に繋がるということもあり、「プレッシャーを感じてしまいました」と鈴木主将は平常心で戦えていなかったことを反省する。接戦を演じたものの、あと一歩が届かずに2対3で敗れた。
最弱と言われてきた世代の初めての大会はベスト4と好成績を残した。これには鈴木主将も「嬉しかったですね」と思わず笑みをこぼしてしまったが、課題は明確だった。打ち勝てるだけの打力強化が冬場のテーマだ。
甲子園出場に向けて、本来であれば、1日使ってひたすらバットを振り込み、トレーニングにも打ち込んでいくはずだった。しかし、2度目の緊急事態宣言に伴い、公立の大宮東は再び練習自粛を余儀なくされた。個人で過ごす時間が増えることを利用して、河西監督は選手たちに宿題を出した。
「全体練習はできませんでしたが、個人で補うことは出来ます。ですので、各自で1日1000スイングを目標にしました」
3か月間、大宮東は個人でスキルアップする時間を過ごし、春の県大会目前から活動を再開した。すると選手たちのなかでは、3か月間でスイングスピードが10キロ以上もアップした者も現れるなど、無駄にすることなく冬場を乗り越えてきた。河西監督も選手たちの成長は目に見えてわかり楽しみもあったが、焦りはなかった。
「積み上げてきたことを発揮するのは楽しみでした。けど、やってきたこと全て発揮するには期間が短く大変です。ですので、最後の仕上げは夏だと例年以上に割り切って、焦ることなく春先からチーム全体の底上げをしています」
春季大会は初戦・川越工に勝利し、3回戦で浦和学院と対戦した。強豪私学の筆頭格との対戦となったが、内容は0対8とコールド負けだった。「打球の速さはもちろん、1球への執念の違いやミスを突いてくる攻撃が凄かったです」と鈴木主将はレベルの違いを痛感しつつ、同時に守備がいかに崩れないかがポイントになることを再認識したという。
埼玉の公立校は、甲子園から20年近く遠ざかっている状況にある。そんな現在を打開するためにも、大宮東は公立革命を起こすべく、初戦の本庄まで全力で準備を続けている。少しずつチームへ手ごたえを感じ始めているという河西監督は「埼玉を代表する公立校として、頂点を目指していきたい」と誓えば、鈴木主将も思いは同じだった。
「公立革命を掲げていますので、やはり公立で1番。また今年は守備を大事にしてきましたので、そこにはプライドをもって戦って、優勝したいです」
多くの規制を強いられながら1年間活動を続けてきた大宮東。そのなかで優勝という結果を残すことで、真の公立革命を達成することが出来るか。また最強の称号を掴むことが出来るか。大宮東の頂点を目指す夏がまもなく始まる。
(取材=田中 裕毅)