県立前橋vs長野原
長野原高校・川上投手
高崎に吹いた爽やかな風。古豪・前橋に挑む長野原の夏
2011年混沌としている世の中に自然が怒っているのか梅雨明け前から暑さが厳しい。その中でも全国の気温順位を毎日のように賑わせている群馬県。7月11日午前11時を少し過ぎた辺り。手持ちの温度計はそろそろ35度に届こうとしていた。降り注ぐ日差しをみて更に気温が上昇することを感じ取る事ができる。
[stadium]高崎城南球場[/stadium]の第二試合は群馬県有数の進学校にして古豪であり毎年素晴らしいチームを作りあげてくる県立前橋高校と軟式野球部から硬式に転向し公式戦一勝を目指す県立長野原高校の一戦となった。
昨秋は長野原1-28伊勢崎清明、今春は長野原1-64前橋南。このスコアを見て何を連想するかは人それぞれの感性による所だと思うが事実の結果である。大谷監督の発案の下、軟式野球部から硬式野球部に転向した創部2年目のチームで部員は少なく登録メンバーは10名である。
春から夏に掛けては過ごし易い気温となる長野原だが晩秋から早春にかけては雪と寒さにより満足にグラウンドでの練習は出来ない。同県内であっても前橋・高崎の平野部より遥かに大きい障害が存在し恵まれていない。対戦高の戦力差もあれど秋季より春季の得点差は経験や試合感によるものも多いのではないだろうか。
前橋高校・小林淳貴投手
昨秋は県立前橋1-3高崎商、今春は県立前橋5-8前橋商。その後、秋の高崎商は準優勝し秋季関東大会へ、春の前橋商業は優勝し春季関東大会へ出場している。
両方の試合共、接戦で最後に力尽きた感がありチーム力は上述の2高と大差無いと思われる。ここで敢えて紹介しておきたいのは県立前橋高校は完全なる文武両道であるという事。あたり前の事だが部員は全員学力入試を突破して入学して来ている。テスト前は完全に部活中断となる。似非進学校に散見される野球部や運動部のみの特権など存在しない。
練習時間も短い時間に限られており野球のみに焦点を当てると恵まれているとは言いがたい。これは県立前橋高校ライバルの高崎高校にも言えることである。また県立前橋高校の指導方針として自主性を重んじている事から選手たちは自分で考え行動し練習している。この環境下でのこの成績は賞賛に値すべきだと思う。県立前橋高校は昨夏も県4強に入り甲子園出場する前橋商業に敗れている。
夏一勝を目指す長野原高校の前に秋・春以上の巨人が立ちはだかってしまった。
失礼を敢えて書けば今春以上の得点差がつかなければ良いなと私は思ったし、その様に感じているファンの方々も多かったのでは無いだろうか。
前橋高校・野口
ランニングホームランクロスプレー
先攻長野原で始まった試合は今夏から背番号1番を背負う前橋・小林淳貴の前に早々に三者凡退に抑えられる。
県立前橋は1回裏、3番2年生・根岸君のセンター前タイムリーで先ず1点先制。しかし長野原・川上投手が踏ん張り1点止まり。長野原は県立前橋小林君の緩急を付けた投球に何とか喰らいつくも絶妙なコントロールで投げ込んでくる投球に見逃し、空振りの三振の山を築いてしまう。
2回裏、県立前橋の攻撃。下位打線にも好打者が揃う県立前橋は無死満塁のチャンスを作るが、長野原・川上君がピンチを脱し0点に抑える。ベンチで戦況を心配そうに見つめる大谷監督がバッテリーを満面の笑顔で迎える。
しかし3回裏、県立前橋4番・注目打者の野口賢大君に右中間を深々と破られてしまう。野口君の好判断好走塁でホームを陥れる。クロスプレーになったがセーフ。ランニングホームランで一気に3点を奪う。
その後も県立前橋高校は4回 5回に得点を加え8－0と試合を一方的に進めるが長野原・川上君も制球力が良く大量失点を許さない。6回裏は2回目の無失点に抑える好投を披露した。
スタンドの応援も距離的にも近い県立前橋高校は生徒・保護者・ファンによる強力な応援団を形成したが、長野原高校は一部の生徒と保護者が主となる絶対数も少ない応援となった。後々わかった事だが近隣住民の方も何人か応援に来られていた。
県立前橋・小林君は4回まで長野原を完璧に抑えるが投手交代。サウスポー大内君へ。大内君も2回をパーフェクトに抑え、長身右腕・北原君へと繋ぐ。北原君も1回を完璧に抑え、この回を抑えればコールドという7回表。ついに今春までエースナンバーを背負い前橋を引っ張ってきた関口諒君がマウンドへ帰ってきた。
今夏は背番号11 エースナンバーを2つ背負う男は下級生時代から注目された右腕だ。大リーガーの様なダイナミックなフォームから130km代後半の重たい速球を投げ込む。非常に温和な顔立ちだが投げるボールは荒々しくコントロールも良い。関口君も長野原打線を完璧に抑えパーフェクト投手リレーで7回コールド試合終了。
マウンドに集まる長野原高校
敗れて一勝の目標を達成できかなった長野原高校だが彼らの爽やかで清々しい顔に精一杯頑張ったという自信と誇りを感じた。サード林君、センター黒沢君の再三の好守備やファインプレーに何度もナインは沸き立った。他の外野手たちも無難に守備機会をこなしていた。
中堅高以上の高校なら至極普通の守備なのかもしれない。しかし彼等にとってはトクベツな守備なのだ。応援席にいた保護者の方が
”春は全然捕れなかったのに、こいつら上手くなりやがって！”
と目を細めながら話していた。彼等がピンチになると背番号10番の選手が伝令役でマウンドに駆け寄る。内野手全員笑顔で呼吸を確認する。
好守備をすれば笑顔で沸き立つ。青年監督は1回1回を凌いでいるナインを笑顔で迎える。いつの頃からか忘れかけていた一番大切なもの、野球は楽しいという事を彼らは再認識させてくれていた。それは県立前橋高校にも同様に言えることでもある。
日本学生野球憲章の前文に”学生の「教育を受ける権利」を前提とする「教育の一環としての学生野球」という記載がある。
建前だろうが本音だろうが学生野球憲章がその様に唄っている以上、高校野球は教育の一環だと思う。前橋高校にしても長野原高校にしても過程や環境は違えども勉学や人間形成の教育の上に野球が成り立っている事を考えれば、彼らの野球が本来の学生野球の目指す姿なのかもしれない。
非礼を承知で書くが長野原を破ったのが県立前橋で良かったのだと思う。
長野原高校は下級生が多く残る。部員不足の懸念もあるが来期以降、一勝を目指して、そしていずれ見果てぬ先に輝いている聖地を目指して頑張って欲しいなと思う。
県立前橋高校は次戦、好投手を複数有するシード校の桐生市商業である。彼等が群馬県の頂上を目指す中で最初の山場となる。爽やかで夢のある試合を魅せてほしい。
この日の第二試合、爽やかな心地よい風が観客席を吹きぬけた。風は長野原から吹いていたのだろうか。利根川からの風が流れ込む[stadium]高崎城南野球場[/stadium]。この夏の小さなドラマは静かに幕を閉じた。
（文＝編集部）
