Column

八王子高等学校(東京)「楽しむために真剣度を問う」【vol.1】

2016.09.26

楽しむために真剣度を問う

 2016年夏。八王子学園八王子高等学校が宿願の甲子園出場を決めた。例年に比べ戦力が充実していたわけではない。前年秋は初戦敗退。だが、というより、だからこそ、到達した境地があった。「試合の振り返り方」を中心に見る八王子野球の本質とは。

やる気にさせ、真剣に向き合わせる

八王子高等学校(東京)「楽しむために真剣度を問う」【vol.1】 | 高校野球ドットコム

早乙女 大輝選手(八王子高等学校)

「あれが決まった時、あ、勝った、と思いました」

2016年7月27日。
八王子学園八王子高等学校(以下、八王子)が甲子園初出場を決めた、西東京大会決勝東海大菅生戦。延長11回表のあるシーンで、安藤 徳明監督は勝利を確信した。
このシーンにこそ、今回のテーマである「試合の振り返り方」を含めこれまで八王子野球が取り組んできた努力が集約されていた。

 全国どの高校の野球部も、練習試合、公式戦と1年のうちに数多くのゲームを経験する。そこで、自分たちの試合を振り返らない高校はないだろう。しかし、試合をいかに振り返りチームの強化へ帰結させるか、はチームによって変わってくる。試合を通じて反省する。課題も見える。だが、チームを強くするという大目的に繋がる具体的な振り返り方ができているかどうか。これは、じつは大変難解な作業だ。なぜなら、「こうすればよい」という正解がないからだ。

 その点、八王子の安藤監督にうかがうと、答えはシンプルにまとまっていた。
「いかに生徒たちをやる気にさせ、練習へ真剣に向き合うようにさせるか」

 これが八王子流の試合の振り返り方であり、もっといえばチーム方針である。
「なんのために練習試合などゲームを行うかというと、自分たちが練習していることがどれくらいできて、どれくらいできないのか、をはっきりさせることが一つ。もう一つは、相手がいるゲームでは、自分たちの思い通りにいかない場合が多い。その中で生徒たちの対応力をつけたい、というものです」

 取材させていただいた日は、ちょうど秋季大会初戦の日。新チームが初めて公式戦に臨むたいせつな日だった。結果は葛飾商業を相手に6対0。甲子園でも登板したエース・早乙女大輝投手が見事な完封。スコアだけを見れば、チームは順調なスタートをきったように見える。が、練習で培ってきた実力をぞんぶんに発揮できたかというと、そうでもなかったようだ。試合直後からベンチ前でじつに30分以上、安藤監督による試合の振り返りが続いた。

 いくつかのポイントが語られていたが、試合の振り返り方に特徴が見えたのは3回裏の攻撃のシーンについてである。この回、八王子は死球と四球でノーアウト一、二塁のチャンスを作る。ここで次打者が三塁方向へ送りバントを試みた。だが小フライとなり相手投手に捕られると、そのまま二塁→一塁とランナーが戻り切れずトリプルプレーになった。

[page_break:八王子・安藤監督が実践する試合の振り返り方]

八王子・安藤監督が実践する試合の振り返り方

八王子高等学校(東京)「楽しむために真剣度を問う」【vol.1】 | 高校野球ドットコム

安藤 徳明監督(八王子高等学校)

 もしみなさんが監督の立場だったら――試合後、選手たちとこのシーンをどのように振り返るだろうか。

安藤監督の場合は次のようになる。

「あの場面、バントを失敗した子が一番『やっちゃった…』と思っています。でも、野球は全部上手くいくわけではありません。だから、バントした子に対しては一切触れませんでした。それよりも帰塁できなかったランナーに問題提起しました。『バントは転がってからスタート』というのが約束。約束を守って落ち着いて対処していれば、1アウト一、二塁になっただけです。試合では思い通りにいかないことの方が多い。その中で、これはやっていい、これはやってはダメ、というすっきりした線引きを選手たちの中に植え付けたいのです」

 練習で送りバントに時間をかけている高校は少なくないだろう。でも、だからといって公式戦で100%成功するとは限らない。一方、「バントは転がってからスタート」というのは、冷静に理解していれば100%できることである。

「約束事を守ることは、八王子の生徒たちなら本来みんなできる。心構えであったり準備であったり、普段言われていることをきちっと理解できていれば問題なくできる。それができないのは、技術、体力、練習量ではないところにある、ということです。落ち着いてやるべきことが整理できていないと、しっちゃかめっちゃかになってしまう。特に秋の時期はよく見られるのですが」

 安藤監督の振り返り方のポイントがここにある。ランナーが帰塁できなかったことを「責める」のではない。それよりも根本的な心構えや準備、普段言われていることの理解度を「問う」のだ。つまり、練習に真剣に向き合わせようとしている。さらに、そのために、選手を必要以上に委縮させないように気を遣う。

「怒ったらよくなるものと、怒ったら委縮させてしまうものがあると思うのですが、委縮させてしまうものに対してはなるべく怒らないようにしています。例えば、盗塁でアウトになった選手に試合後、『スタートが悪い!』と言ってしまったらその選手は次の試合から走れなくなる。ここがダメ、これでは勝てない、なんでこんなこともできない、とばかり言っていたら、選手は試合後に自信をなくすだけですから」

 そして、しみじみとつぶやくように言った。
「そういうふうに考えるようになったのはここ2~3年なんですけどね」

[page_break:八王子監督就任当時はとにかく良い選手を作りたい、磨き上げたいという思いしかなかった]

八王子監督就任当時はとにかく良い選手を作りたい、磨き上げたいという思いしかなかった

八王子高等学校(東京)「楽しむために真剣度を問う」【vol.1】 | 高校野球ドットコム

選手達と向き合う(八王子高等学校)

 安藤監督が八王子にやってきて今年で15年になる。5年弱コーチを務めた後、2005年の夏、新チーム立ち上げから監督になった。甲子園に出場したのは監督になって教え始めて11代目に当たる。

 八王子に来る前、町田市堺中学校の教師時代に女子バスケットボール部の顧問を務め、全国優勝に導いた実績は有名だ。当時からの指導力が、今夏の甲子園出場にも結び付いたのだ、と注目された。この評価は、一部だけ本当であるようだ。
「中学校で教えていた当時は、監督と選手の関係を一方的なものでなく、プレーの選択肢をどれにするかを話し合って共有していくような、一緒に戦う仲間のようなものにしたいと思っていました。同様の問いかけは今もしていますし、当時の指導経験が生きていると思います」

 しかし、「選手たちをやる気にさせる」「練習に真剣に向き合わせようとする」考えはなかった。じつは、八王子に来てから味わった苦難の時期が考え方を変えさせたのだ。

 2016年夏まで甲子園出場経験はなかったものの、八王子は西東京で長い間強豪として認識されている。安藤監督も監督就任当初からその流れに乗り、結果も出ていた。2007年夏には決勝進出。創価高相手に3対6で敗退するも、甲子園にあと一歩まで近づいた。その後2008年夏日大三高に敗れ(1対3)ベスト16、2009年日大二高(3対7)に敗れベスト8と、悔しい時期を過ごした。

「当時は今と考え方が全然違いました。とにかくいいピッチャーを作りたい、いいバッターを作りたい。個々を磨き上げていい選手を作り上げれば勝てるだろうと。それで2007年は結果が出ましたが、2008年夏日大三高戦ではショートフライを落としたり、センターフライを落球したりして負けました。翌年の2009年夏も、安易な牽制アウトがあったり、振り逃げを確認せず点を取られたりして負けました。勝負どころの結果が、打つ、抑えるという以外の部分で決まっている…そんな印象を抱くようになったのです」

 選手に実力はある。練習もしっかり積んでいる。なのに、公式戦の勝負どころで予想だにしないミスが生まれ負けてしまう。この原因は何なのか。分かりそうで分からない違和感のようなものを感じつつも、方針は変えずチーム作りを続けた。

 その結果、2010年(7対10都立国分寺)、2011年(0対7東海大菅生)、2012年(2対3小平南)と、夏の西東京大会で3年連続初戦敗退を喫してしまう。

 第2回では初戦敗退の結果をどう捉えて、乗り越えていったのか。そして今の八王子のチーム作りに原点にも迫っていきます。

(取材・文=伊藤 亮

八王子高等学校(東京)「楽しむために真剣度を問う」【vol.1】 | 高校野球ドットコム
注目記事
【9月特集】「試合の振り返り方」

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

関連記事

応援メッセージを投稿

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

RANKING

人気記事

2024.04.23

【大学野球部24年度新入生一覧】甲子園のスター、ドラフト候補、プロを選ばなかった高校日本代表はどの大学に入った?

2024.04.23

【全国各地区春季大会組み合わせ一覧】新戦力が台頭するチームはどこだ!? 新基準バットの及ぼす影響は?

2024.04.23

【春季埼玉県大会】地区大会屈指の好カードは川口市立が浦和実を8回逆転で下し県大会へ!

2024.04.23

「無欲すぎて就職希望だったところを……」紅林弘太郎(オリックス)、恩師が明かす高校3年間

2024.04.23

【熊本】城南地区では小川工が優勝、城北地区では有明と城北が決勝へ<各地区春季大会>

2024.04.23

【大学野球部24年度新入生一覧】甲子園のスター、ドラフト候補、プロを選ばなかった高校日本代表はどの大学に入った?

2024.04.23

【全国各地区春季大会組み合わせ一覧】新戦力が台頭するチームはどこだ!? 新基準バットの及ぼす影響は?

2024.04.23

【春季埼玉県大会】地区大会屈指の好カードは川口市立が浦和実を8回逆転で下し県大会へ!

2024.04.21

【神奈川春季大会】慶応義塾が快勝でベスト8入り! 敗れた川崎総合科学も創部初シード権獲得で実りのある春に

2024.04.22

【和歌山】智辯和歌山、田辺、和歌山東がベスト8入り<春季大会>

2024.04.23

【大学野球部24年度新入生一覧】甲子園のスター、ドラフト候補、プロを選ばなかった高校日本代表はどの大学に入った?

2024.04.05

早稲田大にU-18日本代表3名が加入! 仙台育英、日大三、山梨学院、早大学院の主力や元プロの子息も!

2024.04.23

【全国各地区春季大会組み合わせ一覧】新戦力が台頭するチームはどこだ!? 新基準バットの及ぼす影響は?

2024.04.02

【東京】日大三、堀越がコールド発進、駒大高はサヨナラ勝ち<春季都大会>

2024.04.12

東大野球部の新入生に甲子園ベスト4左腕! 早実出身内野手は司法試験予備試験合格の秀才!