試合レポート

金沢vs星稜

2011.07.27

成長の証

 “あのとき”と同じ姿が顔をのぞかせていた。
初回、2死。
星稜の四番・森山恵佑に自慢の速球をスタンドに運ばれた石川金沢のエース・釜田佳直は、明らかに動揺を見せていた。
次打者にはストレートの四球。

“あのとき”と同様、ガタガタと崩れそうな雰囲気だった。
“あのとき”とは、今春のセンバツ。

150キロの剛腕は、長打一本で別人になってしまった。
加古川北を相手に5回2死まで完全投球。打者14人のうち、9人から三振を奪う快調なペースだった。
ところが、15人目の小田嶋優にレフトフェンス直撃の二塁打を浴びると、四球、安打などで2失点。見下ろして投げていたはずが、たった一本の長打で自信を失ってしまったようにすら見えた。

長打のあとの四球は、まさに“あのとき”と同じ状況。捕手の丹保雄志もあわててタイムを取り、マウンドに向かう。同じ失敗をくりかえしてしまうのか――。
だが、ここからが成長の証だった。
続く打者を落ち着いてライトフライに打ち取り、ピンチを脱してみせたのだ。
「レフトフライだと思ったのが伸びていってホームランになってしまった。あのときは完璧に浮き足立っていましたね。『きりかえよう』と思いましたけど、なかなかできなかった。仲間の声に助けられました」(釜田)

直後に味方が1点を返してくれたこともあり、このあと釜田は本来の投球を取り戻していく。3回以降は6回の2安打だけ。7回には三者連続三振を奪うなど、星稜打線を寄せつけなかった。長打一本で自分を見失うことなく、きりかえ、冷静さを保って投げる。この試合では、それができた。
「前はピンチに熱くなって自分のことしか考えられなかった。今はピンチでも冷静に振り返れる自分がいる。ピンチでも意識せずにできています」(釜田)


 そして、それ以上に“あのとき”からの成長を感じさせたのが投手としてだ。
まず、フォームが変わった。左足をスッと上げていたのを、一瞬、間を置くようにしてからゆっくりと上げる。センバツでは左足を上げ始めてから捕手のミットに収まるまでの時間は2秒1前後だったが、この日は2秒2前後。ほんのわずかな“間”がゆったりしたフォームを生み、常時140キロ台中盤の速球が数字以上のキレを感じさせるようになった。

「ゆったり投げたいなと思ったんです。力感を持たせたくないなと。速い投球フォームのときより、力を抜いて投げるストレートは相手が手を出してこない。ゆっくりのフォームはタイミングがとりづらいのかなと思います」(釜田)

力んだフォームからの速い球は打者も予測しやすいためにタイミングが合うが、ゆったり力を抜いたフォームからの速い球はフォームとのギャップがあるために合わせづらい。打者目線の視点を持ったことで、新たなフォームが生まれた。

 さらに、球種も増えた。センバツまでは頼れる変化球はスライダーだけだったが、135キロ前後の高速カットボール、チェンジアップのように沈むツーシームも多投するようになった。特に左打者の外角へのツーシームは有効で、星稜の各打者はほとんどがひっかけて内野ゴロを打たされていた。
「スタミナ面が課題だったので、バテずに楽に投げるにはと考えました。芯を外す球がほしかったので練習しました。加古川北の井上(真伊人)君を参考にした部分もあります。スライダー以外の球で勝負できるようになった。負けを次に活かせていると思います」(釜田)

左足をへその高さまでしか上げていなかった秋から胸の高さにまで上げるようになった春。さらに春から夏までの工夫。変化を恐れず、求めることで確実に投手としてステップアップしている。
「1日、1日が投手としての勉強だと思っています。まだゴールではないので」(釜田)
投手として、あくなき探究心が星稜を破る要因になった。


 この試合、釜田以上に注目されていた男がいた。
星稜西川健太郎。星稜中時代に全国優勝の経験もある最速147キロの快腕だ。中学時代は釜田と2度対戦。完全試合を達成するなど、いずれも勝利している。釜田とは普段からメールを交換する仲。開会式では、「準決勝で投げ合おう」と話していた。

ところが――。

この日の先発オーダーに西川の名前はなかった。
準々決勝の野々市明倫戦で7回を投げ8安打を許すなど、今大会は本調子ではなかった。実は、5月下旬にノックの打球に飛び込んだ際に左手首を骨折。打席には立たず、投球時も捕手からの返球を野手に捕ってもらう“指名投手”として練習試合に登板するなど懸命の調整を続けてきた。大会直前の練習試合では好調をキープ。常時140キロ台中盤の速球を投げ込んでいた。

だが、大会初登板となった松任戦で、いつもとの違いを感じた。
「腕が上がってこなくて、何でだろうと。気にしすぎてしまいました」

決勝前日にも300球近く投げ込むなど、フォームに悩んでいた。そんな西川の状態を見て、林和成監督は星稜中時代から二枚看板として投げてきた安定感のある大野亨輔の先発起用を決断した。

「ここまで来られたのは大野がいたから。投げさせた順番は後悔していません。ただ、継投のタイミングが……」(林監督)
西川が登板したのは3回。石田翔太に3ランを浴び、2対5とリードを許した後。春よりも腕が振れず、スライダーは腕が下がる状態ながら、西川は143キロをマーク。いつもよりキレのないスライダーで何とか打たせて5回3分の2を無失点と意地を見せたが、ときすでに遅かった。


 高校入学後初めてとなる投げ合いを楽しみにしていた2人。
「先発したかったです」と言った西川に対し、釜田はこう言った。
「正直、『あぁ大野か』というのはありました。あれでチームがひとつになった。とにかく早く引きずり出してやろうと思っていました」

実は、試合前の整列時から釜田は怒っていた。
「自分の方を見て、『おいっ』と口パクで言ってきたんです」(西川)
先発での投げ合いが実現せず、拍子抜けした釜田の「お前、何やってんだよ……」という気持ちの表れだった。

西川がマウンドに上がった後、2人はともに無失点。それだけに、2人の投げ合いを見てみたかった。意地と意地のぶつかりあいを見てみたかった。だが、最後の最後で西川は監督からの信頼を得られなかった。
「今年こそは全部先発する気持ちでいたんですけど……」
西川が先発できなかった時点で、試合は決まっていたのかもしれない。

「投げ合いはすごく楽しかった。機会があれば違うステージでまた投げ合いたい」(釜田)
「また必ず出会うと思うんで、そのときは……」(西川)
今秋のドラフトではともに指名が予想される2人。ライバル関係はこれからも続いていく。
試合後、西川は「がんばって甲子園に行ってくれ」と声をかけた。不完全燃焼に終わった球友の想いを背負い、この夏、釜田は燃え尽きる覚悟でいる。

(文=田尻賢誉

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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