Column

「心を繋ぐノート」 小山台高等学校

2011.02.21

「心を繋ぐノート」 小山台高等学校 2011年02月21日

日本一練習時間が少ない高校

短い練習の中で集中して取り組む。

 都立小山台高校は部活動のことを班活動と言い、盛んに活動している。ブラスバンド班やバレーボール班などは全国区で活躍をし、野球班も都大会上位に顔をだしている。

 そんな都立小山台高校は定時制との兼ね合いで17時に完全下校となるため、普段の練習時間は2時間にも満たない。監督の福嶋先生が「日本一練習時間が少ない高校」と言い切るほどだ。そのため選手は14時50分に授業が終わるとグラウンドに駆けこんでくるのだが、そのグラウンドも60m×90mを半分にして他の班と共用しながら練習をしている。当然バッティング練習や外野ノックはできない。近くのグランドや他校のグランドを貸りながら練習場所や時間を確保している。

 そのハンデとも思われる状況だが「17時に練習が終わって遊んだりしていては他の長い時間練習している高校に申し訳ない」と福嶋先生は選手に話す。それだけに17時以降に班員がそれぞれどう行動するのか、日常生活をどのように送るのかが大切になってくる。だからこそ『野球日誌』を書く時間を大切している。

「日常生活の中に野球があるということを意識して、一生懸命勉強することで集中力がつく、努力する力を養う。日誌を書くことも一つの練習なんです。皆自分と真剣に向きあい、自分と戦っています」。日にもよるが日誌を書く時間は1時間ほどかかるそうで、その1時間が都立小山台高校の短い練習時間に加えられる。

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学校生活と野球日誌

しっかりした文章で埋められる日誌のページ。

 日誌は毎日書く個人の日誌の他にチーム全体で回していく日誌がある。4冊のチーム用の日誌をチームの間で回し、自分の元に回ってきたときに個人の日誌を合わせて福嶋先生に提出する。全体の人数が60人ほどなので、大体2週間に一度提出するペースとなる。

 日誌の提出の時間を始業の8時15分までに決めているのは、授業中に書いてしまわないようにと学校生活を大切にする福嶋先生の配慮から。「本当は全員分の日誌を毎日見たいのですが、学校の仕事も大切ですから。生徒にも両立するように言っているので、同じですよね。」

「字は心を映す」と、字も丁寧に書くように指導している。「字が雑な子はプレーも雑になる。丁寧に書くとプレーも丁寧になる。」字を丁寧に書いたり漢字を使わせたりすることで、結果的には大学受験の小論文の練習にもなる。進学校の小山台高校らしさもうかがえる。

 福嶋先生に提出がない選手の日誌はマネージャーが割り振り、選手同士で交換してコメントを書く。そのコメントも日誌の文章に負けないくらい長くなるときもある。「野球の話しでは結構熱くなります。」と選手も話すように、日誌を通して言葉を交わしあうことが会話にも生きている。「よく取材の人にも言われます、大人と話しているみたいだって」。ノートを3年間続けることで、人との接し方や礼儀、言葉遣いを学んでいく。

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心を書く野球『日誌』

野球『日誌』。

 部長の佐藤君にノートには何を書いているのかと尋ねると「特に決まりはないです」と答えが返ってきた。その言葉の通り、ノートには練習内容や時間等の決められた項目というものは見当たらない。細かく項目が決められていない変わりにノートの1ページを使って、しっかりとした文章が綴られている。

 その内容は野球に限らず日常生活のことも含まれる。授業中の先生の言葉や体育の授業で剣道をしたときに感じたことが、野球の取り組み方に結びついていく内容があれば、野球の練習試合や練習で他校と交流したことが感謝の気持ちに繋がっていく内容もある。日常生活が野球につながり、野球が人間性につながっていく心の動きが感じられる。

 出来事を記す『日記』ではなく、心を書く『日誌』というところに福嶋先生のこだわりがある。「試合に勝ったという一言じゃない。どうして勝ったのか。悪かったところ、良かったところ。そしてその中にどういう気持ちがあったのか」。何を感じたのか、そういうことに重点を置いた内容になっている。「要は日誌を書くことによって心を育てているのです」と話す福嶋先生。

新聞記事を配り、レポートを書かせることもある。

 「良い日誌というのは個人の事より、チームのことが多めに書かれています。どうしたらチームが一つになるかとか、どうやったら日本一の良いチームになるかとか……。そうなるために自分はどうすれば良いかということが自然と書かれていきます」。

 そう話をしてくれたのは今は引退した3年生の綱島君。福嶋先生が良い日誌を書くと話していた選手だ。ノートを交換し、心を交わすことで誰が何を考えているかを知り、その考えを皆で共有出来るようになった。それがチームワークや信頼関係を築いた。「今までは何を考えているかわからなかった面があったのですが、考えていることを日誌にしっかり書いている選手は信頼もできます」。

想いを言葉にすること、そしてそれを伝えることが信頼を生んでチームの絆を強めていく。

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生徒が生徒を育てる

福嶋先生

 福嶋先生は中学生の頃から自身で日誌を付けていたこともあり、教員になった頃から日誌の取り組みをしてきたそうだ。その日誌への意識が変わったのは都立葛飾野高校時代。

「それまで都立ながら結果も残し、やり方に満足している部分もありました。しかし都立葛飾野に赴任して良い選手が集まった年があったのですが、負けてしまったんです。そのときに考え方を改めて、勉強するだけしてみようって考えました。」

そうして勉強した中で日誌をつけることがメンタルトレーニングにもなることを知り、日誌に力を入れるようになった。次の江戸川高校でも野球日誌の取り組みは続き、東東京でベスト4と結果を残した。その都立江戸川高校の選手が書いた日誌を見せながら次の都立小山台高校の日誌も成長していった。

 エレベーター事故で亡くなった市川大輔君の残した野球日誌の影響も大きい。同じポジションの怪我をしているライバルに心を配り、チームを考えて努力ができる子だったという。その心を、当時市川君が書いていた日誌の1ページ1ページが伝えてくれる。この市川君の日誌は今の選手達にも受け継がれている。

小山台の目指すの『日本一の良いチーム』

 都立江戸川高校の頃の日誌を見せて、それを超える日誌を書こうと都立小山台高校でまた取り組み、市川君のようなノートが生まれ、それがまた今の都立小山台高校の日誌を育てる。「生徒が生徒を育ててきたんです。そうやって毎年積み重ね、私の考えていた日誌よりもっと素晴らしい日誌に変わっていきました。」

 都立の教員は様々な学校に移動するため、学校ごとにやり方を模索していかなければならない。

「小山台のチームの目標に『日本一の良いチーム』とあります。そうなるために何ができるかを生徒に考えさせた中で、今の小山台のチームがあるんです。」(福嶋先生)

都立小山台高校の場合は少ないスペースで練習時間の短い中、甲子園で勝つ野球をするにはどうすればいいかということを考えなければならない。そんな都立小山台高校だったからこそ『日本一、心を持った日誌』が生まれてくるのかもしれない。

 都立小山台高校の昨年の秋季大会は地区予選の1回戦で敗退した。まだ選手の気持ちが一つになれていないとその様子を心配する福嶋先生の姿があった。長い冬を迎えたが、最近はチームがまとまってきたと感じられるようになってきたそうだ。野球日誌を通して、まだまだこれからその繋がりは太くなる。それは夏に小山台高校の最大の武器になるはずだ。

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最後に…ノート実例を紹介

自分の分解写真とプロの分解写真を並べて検証する

 

「生徒が生徒を育てた」そう話す福嶋先生だが、やはり先生の力も大きい。講演会に出向いて勉強したり、いろんな人の技術を選手に見せて考えさせたり、選手一人一人に分解写真は渡してプロの同じようなフォームの選手と比べたりしながら選手自身で自分のフォームを解説させるなど、野球を勉強する材料を選手に与えていく。冬場はこの取り組みを徹底させて個々を磨く。

佐藤君の日誌。

 チームをまとめる佐藤君は自分自身を心の弱いところがあると話してくれた。だからこそ日誌の中では強い気持ちで、強い言葉で書くようにしているという。キャプテンの難しさ、今の気持ちを正直に書くことで日誌を通して自分自身と向き合うことになる。そうして一人一人が自分のことやチームのことに向き合い、その想いを日誌交換することで共有しチームが一つにまとまっていくのだという。
また、市川君が亡くなって4年、直接は市川君のことを知らない佐藤君の日誌に市川君の名前が登場した。福嶋先生が想いを伝え続け、それを受け取る心の土壌はこうして繋がっていく。

日誌の左側ページは選手のコメント。

 1年生の杉崎君は中学時代も同じように長文でノートを書いていたが、都立小山台に入学してからは心で考えさせるような内容を書くようになったという。それは最初はできなかったが、先輩の日誌を読むことで書き方、考え方、感じ方を覚えていった。
「とくに人間性をうまくしないと野球はうまくならないので、そういう面も含めて書いています。書いたものを先輩にみてもらって、コメントくださるのでタメになっています。」
相手に対するコメントには真剣な言葉が続き、1ページを埋める勢いのときもある。

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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