嘉手納高校 眞玉橋元博監督が語る投手育成法 第1回
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高校野球に限らずピッチャーというポジションに憧れる球児は多いだろう。試合の8,9割はピッチャー次第という言葉も聞かれるほどである。主役であり常にスポットライトを浴びる存在といっても過言ではないピッチャー。だが、全ての球児が藤浪晋太郎(大阪桐蔭ー阪神)にはなれないし、大谷翔平(花巻東ー日本ハム)にはなれない。彼らのようなスーパースターになれる球児はひと握りではないだろうか。しかし、だからといって諦めることはない。見方を少し変えたなら、君もスターになれるチャンスが十分にあるのだ。
今回は、そのチャンスを掴むヒントを眞玉橋元博監督(嘉手納高校) ※の指導から伝えていきたい。眞玉橋元博監督といえば、投手育成に定評があり、2010年に池原・眞謝を擁し選抜甲子園へ出場。この投手育成方法が、ピッチャーを目指す多くの球児たちへ少しでも参考になれればと思う。
※2013年4月から人事異動で美来工科高校へ赴任
勝負に勝つ方法は、たくさんある
もし、チームメイトに15キロも20キロも自分より速く投げられる同級生がいたとする。同じオーバースロー、同じ利き腕、さらに身長は向こうが上だとすると、彼と同じ練習をしていても追い抜くことは難しいだろう。
「どんな子でも、何かの分野に長けているというのがあると思います。ならば、その長けている所をどう活かしていくか。選手自身もそこにイチ早く気付くことが大事。この分野は、自分は得意だから、ここを伸ばして打たれないピッチャーになるんだと自分で気付かないと、高校野球の2年半なんてあっという間なんです 」
と語る嘉手納・眞玉橋監督。以下、嘉手納高校での例を上げてもらった。
<ケース1>
「ある子は中学校までキャッチャー。でも、マウンドから投げさせたら球はいく。本人に聞くとピッチャーをやってみたい気持ちも十分あるという。だが、いかんせん身長が低いので、無理して上から投げなくていいぞと。一番好きな所で投げなさいと伝えました。それで投げる位置を探っていくと、スリークォーターが投げやすいことが分かった。だったら、伸びのあるストレートを目指すと同時に、もっと躍動感あふれるピッチングで身長を補ってみようと伝えました。」
<ケース2>
「身長170cmの子がいる。特別、身長が高いわけではないが左利き。それじゃ今までの沈み込むようなフォームではなく、比較的ショートステップにして真上から投げてみるようにしようと。その代わり徹底的に手首を入れる訓練をする。そしたら、前チームのエースだった山内のようなカーブの軌道に近付ける。そんなピッチャーは中々、いないぞというと、喜んで取り組んでくれました。」
<ケース3>
「ある子は2年生だけど、まだ球速が110キロ程度しかない。それじゃ球を動かすしかないぞと。誰よりもイチ早くカットボールやムービングボールを覚えさせて、極端な話、緩い球でもどこに落ちるのかはボールに聞いてくれ、というような球をマスターさせました。」
選手自身の選択権を尊重する
2年生の今の時期で球速110キロの子なら、ほとんどの指導者がピッチャーとして育てるのを放棄してしまうのではないだろうか。だが、眞玉橋監督は、あくまで選手自身の選択権を尊重する。その中で、いきる道を示させてあげるのだ。
「本人が納得するようにお前はこの道じゃないと勝負には勝てないよと話します。自覚があればこそ伸びていくんです。」
▲真剣な眼差しで話を聞く嘉手納高校の球児たち
サウスポーだが、身長が158cmしかない子もいる。眞玉橋監督は「それじゃ今までのような上からではなく、サイドスローで挑戦してみるか。2010年に甲子園へ行った山城(現愛知学和泉大)は、入学時157cmだったぞ。彼のようになるのも夢じゃない、やってみるか?」と尋ねた。
昨秋の県大会で、嘉手納は強打で鳴らす沖縄水産とぶつかった。眞玉橋監督は、チームのエースではなく、この157cmの左の選手を先発で起用。
「こちらの思惑通り、のらりくらり、クルックルッさせて凡打の山を築いた。さすがに最後は掴まりそうだなと思ったときに、131kmのエースの子へ継投。相手は数字以上に速く見えたことでしょうね 」試合は、この継投が見事にハマり、3対2で嘉手納が勝利した。
サイドスローは、ベースの両端で勝負するピッチャーだ。プレートをいっぱい使うことが出来て、かつインステップにすれば、
速球派のオーバースローとの上下左右の違いこそあれ、角度的にはなんら変わらないことを熟知させることが大事だと、眞玉橋監督は言う。その上で打ちにくいボールをマスターすれば、例え球速や身長が無くても、勝負になるんだぞと徹底させた結果が、この好例ではないだろうか。
[page_break:隠れた長所を見つけ出す]隠れた長所を見つけ出す
▲アンダースローの指導をする眞玉橋監督
ある時、2年生投手で背丈が小さく、とくに投手としての長所もまだ見つかっていない選手がいた。今までのスリークォーターのまま投げていけば、1年生に負けてしまう。下から投げてみるか?と話してみたら、面白いボールを放った。
「普通、アンダースローの経験のない選手が投げると、地面を擦るんです。そりゃ痛いですよ。そして人間というのは、痛さを覚えると、怖さから上がっていき、アンダースロー特有の地面スレスレじゃなくなっていく。この子も例外に漏れず擦りました。ところが、何回も擦るし、血が出ても平気な顔してるんです 」
怖くないのか?と眞玉橋監督が聞くと、「イヤ、全然 」と答えた。
面白い子だなと思い、眞玉橋監督自ら座って球を受けて見たら、何かが違うことに気付いたという。ボールに台風の目が見える。渦の中心がある。
▲アンダースロー未経験の選手は地面を擦ることが多い
「ジャイロボールだったんですよ!」眞玉橋監督はそう教えてくれた。
「普通のアンダースローは、ボールがホーム手前でお辞儀するんだけど、良いアンダースローは伸びるんです。こんなボール投げるヤツはじめて見ました。下から投げてみるか?と聞いたら、ハイ!これで勝負掛けますと答えましたね」(眞玉橋監督)
本土のグランドは砂地が多いだろうが、沖縄のグランドはほとんどが赤土。乾いたそれはとても硬く、中には小石が埋まっているのも珍しくない。その上を擦る。それでも、彼は何事もなかったかのように、淡々と次の投球へ移っていく。
ジャイロボールというのは、一般にラグビーのボールや、鉄砲の弾丸のような回り方をしてくることを言う。ジャイロこそ、理想的なストレートで、空気抵抗が一番少く、初速と終速の差が一番無い。いわゆる打者側から聞かれる”ノビのあるボール”。沈みが通常のボールより遅いから伸びているように感じるのだ。2011年度の嘉手納エース・名渡山大地(愛知学泉大)も、難しいアンダースローを会得し、春季県大会の準優勝に貢献した一人でもある。
しかし当時、名渡山の同級生には入学時から最速130キロを投げる投手がいた。名渡山の球速は、到底(とうてい)130キロにも及ばなかった。
さらに、名渡山のフォームにはクセがあった。
普通の投手は両肩の線が並行か、グラブを使う左肩(右投手の場合)が、右肩より上がり気味でミット目掛けて投げる。だが、名渡山の場合は逆に左肩が下がり気味で放っていた。何度、強制しても直らない。ここで、多くの指導者は諦めてしまうかもしれないが眞玉橋監督は違った。
「 左肩が下がってしまうんだったら、アンダーで投げてみるかと提案したんです。実は、アンダースローに転換するのはとても難しいんですけど、彼の場合これがピタリとハマったんですね。短所が次の日から長所に変わったんです。実際は、アンダースローほど、難しいものはないと思うんです。世界観も変わるし、習得するまでに忍耐も必要になる。だけど、おれの目にはお前の(成功する)一年半後が見えるぞと伝えました。おれを信じてやってみるか?と。結果的に、最後の夏は、名渡山がエースになったんです」(眞玉橋監督)
短所が次の日から長所に変える。今あるものを生かしていく。
これこそが、眞玉橋監督流の投手育成論なのである。
(文=當山雅道)