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- 2009年夏の大会 第91回宮城県大会
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兵藤・若松(古川黎明)
1勝に懸ける夏
2005年、宮城県初の中高一貫校として、古川女子高から「 古川黎明 」に校名が変更された。男女共学となり、同時に野球部も創部。この時、部員はわずか4名しかいなかった。翌2006年に11名の新入生を迎え、公式戦に初出場。夏の初陣は13-0、5回コールドで負けた。2007年は10-0、6回コールド負け。2008年はコールドではなかったが、6-0でまたもや初戦突破とはならなかった。悲願の夏1勝に向けて、古川黎明4度目の挑戦が始まった。
過去3度、全て完封負け。1勝どころか、1点が遠かった。5回、古川黎明の球史が動いた。この回先頭の兵藤航(3年)がショート内野安打で出塁すると、武田大知(2年)がきっちり犠打を決めて1死2塁とチャンスを作った。若松隼輝(3年)が打席に向かう。1打席目、2死2塁でストレートに三振していた。「カーブを狙っていた」2球目。思い切りバットを振りぬいた。打球はグングン延びた。2塁走者・兵藤は3塁を蹴った。ホームベースをグッと踏み、両手を広げて飛び跳ねた。古川黎明に待望の1点が入った。
8回に2点を追加、その裏、1点を返されたが、9回に捕逸で1点を加えた。9回裏、2死1塁で四球を与えてしまったが、古川黎明が浮き足立つことはない。あと、1アウト。エース・早坂直大(3年)が投げた初球は弾き返された。だが、センターへ抜けようかというライナー性の当たりはショートのグラブに収まった。グッと右手を握り、エースは叫んだ。マウンドを駆け下り、ホームに近づくと、捕手の若松に抱きついた。古川黎明ナインが次々と飛びつく。4対1。古川黎明、夏の1勝。大きな声で校歌を歌った。スタンドに挨拶をすると、駆けつけたOBがいる応援席に走った。キャプテンでエースの早坂が行こうとみんなに声をかけた。俺たち、やったぜ。
「ずっと、0-0の気持ちで、(延長)15回でも何回でも投げるつもりでした」と早坂。6回に打球が直撃した。「絶対に落とさない」左手首に当たったが、右手でボール押さえ込んだ。8回に3連打を浴びたが仲間を信じて投げた。「この代で勝てて嬉しいですね。先輩たちの分も勝とうと意識していた」だから、「ありがとう」を言いに応援席に駆け寄った。
初代マネージャーの畑岡なつ美さんは「本当に嬉しいです。後輩のために応援しに来ました」と、創部当時を思い浮かべながら感慨深げに話した。
古川黎明で初めてホームを踏んだ兵藤と打点を挙げた若松。切っても切れない縁のようだ。古川第5小、古川中からずっと一緒。古川中はマンモス校だったため、彼らが3年生になる時、古川南中が新設されたが、ここでも一緒。ポジションは、若松が捕手だが、一塁手の兵藤は外野から転向してきた。若松が「こいつ、どこまでも付いてくるんですよ」と言うのも納得できる。「もう、腐れ縁ですね」と兵藤。初めて本塁を踏んだことに関しては「自分が黎明の歴史を作れたというのが、最初に頭に浮かんだ。みんな、1点を取ることに集中していたので、1点を挙げられてチームとして嬉しかった」。一打席目にストレートを三振した若松はカーブを狙い打ち。「直大が頑張っていた。助けられっぱなしだったので、キャッチャーとして助けたかった。打ったときは嬉しかったです。ただ、ただ嬉しかったです」と笑顔満開だ。
甲子園に行くことを目標にするチーム、ベスト4を目標にするチーム、ベスト8を目標にするチーム、ベスト16を目標にするチームもある。だけど、夏に1勝を挙げることを目標に、ここに全力注ぐチーム・球児がいる。夏1勝の目標を達成した古川黎明。次の新たな目標を見つけているはずだ。
(文=高橋 昌江)
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