尽誠学園vs済美
左右エース故障により今大会エースナンバーの尽誠学園・中山清治(2年)
尽誠学園「けがの功名」で12年ぶり四国決勝へ
「実は・・・・。エースが2人ともけがをしてこの大会では投げられません」
5月2日、大会抽選会会場で尽誠学園・岡嶋徳幸監督の発した一言は、唐突かつ衝撃的なものだった。
春季香川県大会では右サイドから内角をえぐる130キロ台ストレートを武器にロングリリーバーとして台頭した武田浩輝(3年・大阪ブレーブスボーイズ出身)は右肩痛により今大会奪取した「1」を返上しメンバー外に。
最速139キロまで最速を伸ばした四国屈指のサウスポー・土肥星也(3年・大東畷ボーイズ出身)も、両足甲の疲労骨折でメンバー外。
「公式戦初先発の中山清治(2年・全羽曳野ボーイズ出身)と1年生で乗り切るしかありません」と語る監督の表情は、昨秋、香川県大会準決勝からの連敗で取り逃がした場所にようやく到達しながら、戦力が整わない焦燥感に満ちていた。
ただ、当然ながら2人がメンバーから外れれば他の選手にチャンスが生じることになる。生光学園(徳島県2位)を3対2で下した1回戦に続き、センバツ準優勝・済美(愛媛県1位)との準決勝でも、まず試合を作ったのは指揮官が懸念していた投手陣だった。
4回3分の2を1失点好リリーフの新納豊(1年・全羽曳野ボーイズ出身)
「(8回まで無失点、8回3分の1を9安打・自責点2)の前日より調子はよくなかったが、『僕は我慢するしかない』と思って投げた」と自らテーマに「粘り」を課した先発・中山は、毎回ランナーを背負いながらも4回3分の1を失点1(自責点0)。
2人に代わり追加と登録された生駒ボーイズクラブ出身の1年生右腕・新納豊も、丁寧に低目を突くピッチングで残りを1失点。「2人が何とか踏ん張ってくれた」と岡嶋監督も合格点を与える彼らの奮闘。そして「投手陣に応えたかったし、つなぐ意識で打つことができた」(赤堀聖主将)打線は、安樂智大(2年)を含む済美3投手を攻略し9安打6得点。
これぞ正に「けがの功名」である。
かくして春秋連続で決勝戦に進出した2001年以来、四国大会レベルでの決勝戦進出を果たした尽誠学園。勇伏の時を越え、名門復活へのホップを完了させた彼らは「まずは自分たちの野球をして、そして香川県40校の代表として勝ちを収める」(赤堀主将)責任感を胸に、2007年夏以来遠ざかる甲子園へのステップ「15年ぶりの春四国王者」を獲りにいく。
(文=寺下友徳)