Interview

元千葉ロッテマリーンズ 渡辺 俊介 選手

2013.10.25

 いわずとしれた「ミスターサブマリン」である。“世界一低い”と称されるアンダースローで2005年シーズンには15勝をマーク、所属する千葉ロッテマリーンズ31年ぶりの日本一に貢献した。2006年にはWBC日本代表にも選出され、3試合に登板。日本を代表するアンダースロー投手として世界に名を知られた渡辺 俊介投手。
渡辺選手はこのオフ、自ら自由契約を希望し、アメリカに挑戦する。今回は、アンダースローに挑戦しようとしている高校球児のために、たっぷりとその哲学を教えてもらった。

アンダースローありきではない

元千葉ロッテマリーンズ 渡辺 俊介 選手

「初めてアンダースローにしたのは(栃木県)都賀中学校2年生のとき。それまではオーバースローで投げてたんですけど、コントロールが悪かったんです。そこで体が柔かったこともあり、父親に言われて腕を下げてみたのがきっかけでした。腕を下げれば投球の高低のブレが減って、左右のブレだけになり、コントロールが安定する。アンダースローへのアプローチとしてはよくあることですね」
 幼稚園児の頃は体操教室に通い、小学校に入ってからは空手や水泳など、さまざまなスポーツを経験した。
「田舎なので山の中に入って遊んでましたしね」

 そういう日々が影響したのか、体は柔らかかった。しかし、そのことが“腕を下げる”きっかけにはなったが、“アンダースローになる”決め手になったわけではない。
「最初はアンダースローに近いサイドスローでした。そこから先は、浮き上がるボールを投げよう、とずっとイメージし続けてました。その結果が僕の場合、アンダースローだったんです。だから、アンダースローにこだわりがあったわけではないんです。アンダースローなら打ちにくいだろう、ではなくて、どうやったらバッターを打ち取れるかを追い求めた結果がアンダースローだったんです」

 高校野球において、チームに複数の投手を用意することは勝ち抜く上でも重要な戦略となる。異なるタイプのピッチャーをそろえれば戦い方にも幅が広がる、と考えるチームも少なくないだろう。しかし、
「チームの戦略に無理やり合わせてアンダースローの投手を作ることは難しいと思います」
 と言う。
「無理にアンダースローにすると、ケガをする原因にもなるし、パフォーマンスも落ちる。アンダースローには向いているタイプと向いていないタイプがあるんです」

[page_break:其の一 「フィールディング」で適性をはかる]

 では、どのようなタイプの選手がアンダースロー向きなのか。
 よく言われるのが「柔軟性」だ。もちろん、体が柔らかいことに越したことはない。ただ、それがアンダースローの適性になるか、というと違う。
「関節の可動域は、大人になってからでもやれば広げることができますから」

 アンダースローの適性とは、体の使い方にある。
「内野手のスナップスローをやらせると判断しやすいと思います。プロのセカンドがファーストに投げる感じ、といいましょうか。投げる際に腰の回転がヨコになっている選手はサイドスローやアンダースローにする適性があります。最初は内野のノックを打ってもらってスナップスローを投げてみる。それでいいボールがいく選手は、腰の回転や体の角度の点で適性がある証拠です。そして、投げ方が向いていれば、あとは本人の特長に合わせていけばいいんです」

 まず最優先すべきは適性をはかること。そこから徐々に体を慣らしていく。
「適性があって、ではアンダースローを始めてみよう、となった場合、最初に戸惑うのが“上体を下げること”です。いきなり足を上げて投げようとすると難しいので、足を開いた状態から始めてみましょう。そして下に置いてあるボールを拾って投げてみる。これをネットスローで反復するのもいいですし、飽きちゃう人はノックを打ってもらって送球動作をゆっくり行いながらフォームを確認してみてください。続けていればちょっと感覚がわかってくるはずです」

 きっかけは「コントロール矯正」だったが、理想のボールを追求するうちにアンダースローに辿り着いたという渡辺投手。プロに至るまでは努力と試行錯誤の連続だった。
「国学院栃木高時代も父親がコーチとしてついてくれていたんですが、一番多かった練習が鏡の前でのシャドーピッチングでした。足を開いた状態からのシャドーピッチング。それで下半身の使い方、体重移動、力の連動を延々とチェックしてましたね。

 国学院大学に進んでからは、竹田利秋監督(現同大学野球部総監督)に『生まれつきコントロールが悪い人間なんていないんだ』と教わりました。それまでも制球で悩んでいたんですが、それはコントロールが悪くなる考え方と投げ方をしているだけだと。コントロールが良くなる考え方と投げ方をすれば誰でも良くなると教えられ、正しいフォームを習って。いつでもストライクを取れるようになったのはこのときからです」

 高校時代にアンダースローの基礎を作ったとすれば、コントロールを磨いたのが大学時代。そして、アンダースローを「武器」にしたのが社会人の新日鉄君津時代といえる。
「新日鉄君津の監督だった應武篤良さん(当時)に教えられたことで、今でもアンダースローのアドバイスとして使わせてもらうのが『遅いフォームで遅いボールを投げる練習』です。ゆっくりしたフォームからゆっくりしたボールを投げるんです。ゆっくりですから、ちょっとバランスを崩すと倒れてしまい投げられない。スピードでごまかせないですから、体のバランスを安定させながら投げることを意識するようになります。

 変化球もホームに届くかどうかギリギリのスピードで回転だけかける。それを続けていくと変化球の回転をかけるタイミングもわかってくる。僕はそれで自分がどう投げたらいいのかを確認できた。バランスはよくなり、コントロールがよくなり、変化球も曲がるようになりました」
 渡辺投手も最初はそうだったが、「コントロールをよくするため」にアンダースローへの転向を考えるピッチャーも多い。しかし、「ストライクをとるだけなら、フォームをきちんと作れば投げられるようになる」という。

「だいたいのコースでいいのであれば、アンダースローにしなくてもちゃんとした投げ方を覚えればできるはずです。問題はその先。ボール一個ぶんの出し入れとかいった細かなレベルになると、指先だったり元々持っている感覚が問われる。その点で僕はやはりアンダースロー向きだったのかもしれません。高校、大学と、オーバースローやサイドスロー気味にしていた時期もありましたが、あまり合いませんでしたから」
 アンダースローを自分のものにしてプロの世界へ進んで行った渡辺投手。では、プロ入り後から今までさらに磨きをかけてきたのは何だったのだろうか。

[page_break:其の三 鍛えるべきは「安定感」]

「アンダースローで活躍するために鍛えるべきところは? そのトレーニング法は?」という質問は多い。しかし、「これをやっておけば大丈夫、というものはない」という。
「人によって投げ方や、体や力の使い方は違ってきます。重要なのは個々の特長を正確に把握すること。そしてそれに沿ったトレーニングをしていくことです」

 ただし、話を聞いているとあるひとつのキーワードが頻繁に聞かれた。それは「安定感」だ。
 自分の得意なボールをアンダースローで投げる。その投げ方は個々の身体的特長によって十人十色だ。一方で変則的なフォームだけに、少しのズレやブレが生じただけで思ったボールを投げられなくなる。常にイメージ通りに体を動かすために――。「安定感」はアンダースローピッチャーに共通する、重要なテーマといえる。

「アンダースローを投げるうえで『下半身が強くないと』とはよく言われるところです。では『強い』とはなんなのか。スクワットを百何十キロ上げる。いくら走っても平気。そういったことも間違いとはいわない。でも、野球は片足で立つ動作が多いスポーツ。アンダースローもそうですよね。僕が考える下半身の強さは片足状態での安定感の強さです。投球動作で右足から左足へ体重移動するときに、どこかでブレると上半身が特殊な動きをするぶん、力が伝わらなくなり思ったボールを投げられなくなりますから」

 筋肉の強弱というよりも安定感。広く言い換えればバランス。たしかに、渡辺投手は自らのプロフィールの「自慢できること」の欄に“バランス”と記載している。
「そういえるようになったのはここ5~6年のことですね。もともとよかったわけではありません。必要だと思って後からつけていった能力です」
 取り組み自体は15~16年前から続けていたという。大学2年のときから今でもパーソナルトレーナーとしてついてもらっている平岩時雄氏(110mH手動計時日本最高記録保持者/現パーソナルトレーニングコーチ)、谷川聡氏(110mH日本最高記録保持者/現筑波大学体育専門学群専任講師)と、当時としては珍しいバランスディスクを使ったトレーニングを実施。不安定なバランスディスクの上に片足で乗った状態でキャッチボールをしたり、重りを持っての動作などをして安定感の強化に努めてきた。

「よく、お互いバランスディスクの上に片足で立って綱を引っ張り合い、どちらが倒れるかを競うんですけど、負けないですよ」
 この「安定感」が、渡辺投手のこだわり全てに通じてくる。
 
例えばマウンド。
「[stadium]QVCマリンフィールド[/stadium]のマウンドは固くない方なんですけど、僕はやわらかすぎて掘れてきてしまうマウンドは好きじゃないんです。安定感が崩れるので。硬い方がブレないので、ほどよく硬いマウンドが好きですね」
 さらに、グラブまで「安定感」にこだわった秘密が隠されていた。

 

渡辺投手の愛用グラブはミズノプロのオリジナルモデル。通常のものに比べ、小さくて重いのが特徴だ。
「原型は高津(臣吾)さんのモデルでした。そこからだいぶ改良を加えて今のバージョンがあります。小さく、重くしているのも安定感を増すためです。グラブは小さい方が力が分散しませんから。大きいとどうしてもバランスを崩しやすいんです。重さも単純に増してるだけではありません。重心が外側にあると扱いにくくなるので、掌底にあたる部分に芯を入れて重量を増すとともにバランスをとってます。そのかわり、甲側は皮も薄くして軽くしてます。手入れするときもオイルは内側に塗って重量のかかる部分を内におさめる。体の使い方もそうですけど、重みは内側におさめるように心がけてます」

 安定感へのこだわりは道具、そして扱い方にまで一貫されている。さらにはこんなこぼれ話も。
「あとグラブの人差し指~小指の間はきっちり紐で締めてあります。これはバッターからボールを完全に隠すためです。たまに野手のミーティングに顔を出すと、相手ピッチャーのすごい細かなところまで見てるんですよ。今はビデオで全部録れてしまうし、何でも解明されてしまう。だからそういうスキを一個ずつ消していく。するとそういう工夫につながるんです」

 オーダーでグラブを作り出したのは大学4年生のときから。
「それまでは父親だったり、知人にもらったものを使ってました。高校球児ならスポーツ店行って、フィーリングが合うやつを選んで、あとは紐の締め方だったり、型のつけ方で自分になじむものを作るのがいいかもしれません。

 でも最近のグラブはすごいですからね。僕の小4になる息子が最近使ってるんですけど、ミズノの『ガチシリーズ』にはびっくりしました。最初から中日の井端(弘和)さんが使ってるのと同じ型ができてる(笑)。買ってすぐ使えるうえに、どこでボールを捕ってもちゃんとポケットに収まるという。びっくりしちゃいました」
 話は少々脱線したが、要は自分が大事にするポイントを認識していれば、それに沿った道具選びもできるということだ。

[page_break:其の五 浮くボールは「手首を立てる」ことで投げられる]

 

アンダースローで厳しいプロの世界を勝ち抜いていくために続けてきた、様々な試行錯誤。今回紹介しているのはその一部分に過ぎない。
「バッターと対峙する際には、“何を意識させるか”がポイントになります。速い球か遅い球か。高い球か低い球か。それはバッター一人一人によって違ってくるんですけど、なにかひとつの球を意識させることができれば、その反対の球がいきてくる。でも、初対決ではどうしても様子見になる。だから、バッターがわかってても打ち損じるボールがひとつ、もしくはふたつないと苦しいんです。
 三振を量産できるタイプではないから、ボール球を上手く使うことになるんですが、ストライクゾーンで勝負できないと球数も増えるし厳しい。まずは相手が合わないボールで勝負して、合わせてきたら間などを駆使してタイミングをズラしていく。それぐらいの余裕がないと長いイニングは投げられません」
 その「わかってても打ち取れる」ボールは、登板ごとに変わるという。ブルペンや試合後にキャッチャーと確認しながら、その日ごとに組み立ての中心になる球種などを決めていく。

 渡辺投手の数ある持ち球の中でもひとつ、特に武器になるであろうボールを挙げるとするなら「浮き上がるボール」だろう。渡辺投手がずっと追い求めてきたボールだ。その投げ方になにかコツはあるのか。

「はっきりしてるのは、手首を寝かせたらボールは浮かないということです。手首を立たせればボールがタテ回転になって浮き上がってきますから。だから手首を立てるにはどうしたらいいか工夫してみてほしいですね。これがなかなか難しい。これ以上言いすぎると、誤解を与えてケガのもとになるのでやめておきますが、どうしても手首が立たない場合は『曲がらないカットボール』を投げるイメージをしてみると活路が見出せるかもしれません。あと、手が体から離れないようにすること。体に巻きつかせるイメージで腕を振った方がボールは浮き上がります」

不器用が武器になることもある

 

今回の取材は午前中いっぱいを使って走り込んだ直後に行われた。それでも疲れを表に出さず、言葉を選び丁寧にアドバイスをしてくれた。そして昼食時間に食い込むまで話を続けてくれた。それほどまで高校球児に対して親身になってくれた渡辺投手。本人は高校時代、絶対的エースだったわけではない。
「今、メジャーリーグでも言われてることですが、高校までエースでバンバン投げていた投手がプロ入り後に故障したりする。意外と活躍しているのは、高校時代は2~3番手で、不器用で、フォームをつかむまでに時間を要した遅咲きのピッチャーが多かったりするんです。プロに入るまで野球を続けることはたしかに大変だけれど、あきらめずに続けたことで最終的にプロに入って、肩を消耗してないぶん長く活躍している選手もたくさんいます。不器用な選手ほど苦労してるぶん、たとえば変則的なフォームをつかんでから崩れなかったり、崩れても立ち直り方を知ってる。スグにできない、ってことがメリットになる場合もあるんです。不器用なことが武器になることだってあるんですよ」

 渡辺俊介投手、37歳。野球への情熱は、高校時代から何も変わらず――。

(インタビュー=伊藤 亮

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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