Interview

若林 尚希さん(日本文理出身)「県勢初の夏準Vに導いた名捕手が振り返るセンバツの思い出」

2017.03.29

 第91回全国高校野球選手権大会決勝戦、愛知県代表の中京大中京と新潟県代表の日本文理の試合は球史に刻まれる死闘となった関連記事。その死闘が繰り広げられるまでのチームの軌跡と甲子園という舞台について、当時、日本文理の正捕手だった若林 尚希さんとともに振り返る。

【動画】若林さんが振り返る3年春のセンバツエピソード

【次のページではインタビュー記事をすべて紹介!】

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火縄銃のような打線

若林 尚希さん(日本文理出身)「県勢初の夏準Vに導いた名捕手が振り返るセンバツの思い出」 | 高校野球ドットコム

若林 尚希さん(日本文理出身)

 2006年春の選抜に出場していた日本文理を見て入学を決めた若林さん。入学後は部員数100名という大所帯の中で、2年夏まで出場機会には恵まれず。新チーム結成後、自らの代になって初めてベンチ入りを果たすものの、控え選手としてベンチを温めていたという。しかし、正捕手が不調となり、遂に若林さんが背番号2を付けることとなった。

 その後、チームは北信越大会で優勝し、春の選抜大会を手中に。当時について若林さんは「自分たちの持ち味は打撃で、エースの伊藤 直輝が打たれても、それ以上に打ち返すことができたので北信越大会で優勝することができました。自分も、もともと正捕手だった選手に打撃で劣っている部分があったので、自主練習では意識してバッティングに取り組んでいました。あの頃はとにかく必死でしたね」と振り返る。

 監督からは「火縄銃のように単発でしか打てないチーム」と言われていたこともあり、冬の練習では室内練習場でティーバッティングなどを行い、自主練習でもひたすらバットを振り続けた。その一方で、打撃だけでなく捕手だった若林さんは、伊藤投手をはじめ投手陣に思いっきり持ち味を出してもらえるようにボディーストップの練習にも励んでいた。

あっという間の夢舞台

 選抜出場が決まった瞬間について若林さんは「北信越大会で優勝していたので、その時点で確信はありました。選抜に向けた練習もすでに始めていたので、決まった瞬間は嬉しいというよりも一安心という感じでしたね」と語る。そして、チームとしては全国制覇を目標に掲げてはいたが、「さすがに『優勝は叶わないかな』という気持ちがチーム内にあったので、まずは一つ勝つことを目指しました」

 初の甲子園はやはり特別だった。「足を踏み入れた時は感動というか、やっぱり嬉しい気持ちになりました。試合が始まる前はワクワクしましたし、打席に立った時の応援はすごかったですね」

 初戦の相手は長崎県代表の清峰。豪腕・今村猛(広島東洋カープ)を擁し、前年の九州大会で優勝していた強豪だった。「ウチは打撃がメインのチームなので、今村投手を打ち崩さなければいけない。そして、ピッチャーは自分が打つと調子に乗れるじゃないですか。だから、今村投手については投手としてだけではなく、打者としても抑えていかなければと考えていました」

[page_break:点から線へ、確固たる自信で臨む夏]

 しかし、試合は2回に今村選手が先制ホームランを放つなど清峰ペースで進む。逆に日本文理打線は序盤のチャンスを活かせず、7安打を放ったものの0対4で完封負けを喫した。

「反対方向へ良い当たりのツーベースヒットを打ったことは鮮明に覚えています。正直、今村投手の球は思ったほどではないし、打てない投手ではないなと感じたのですが、得点圏にランナーがいってギアを上げた時のボールは凄かった。清峰打線については、今村選手に打たれて点を取られたことしか覚えていませんね。振り返ってみると、淡々とイニングが進んで『あっという間に終わってしまったな』という印象です。あの試合では、目指してきた甲子園に来ることができて、みんな浮かれてしまったところがあったので、夏はまた戻ってきて『一つでも多く勝とう』という思いになりました」

 瞬く間に去ることとなった夢舞台は、夏へのリベンジをチームに誓わせることとなった。

点から線へ、確固たる自信で臨む夏

 選抜でチャンスに一本が出なかった反省を踏まえ、日本文理では「一本バッティング」という練習を行うようになった。「一打席一打席に集中するための練習なのですが、カウントと状況を自分たちで決め、いろんな場面を想定して打撃練習をしていました」。また、チーム内のライバル意識が実力を向上させていった。「自分が満足して終わろうかなと思っても、周りはまだバッティング練習を続けていて、口には出さないけど『お前よりは絶対に打つ』という気持ちをみんな持っていました」

若林 尚希さん(日本文理出身)「県勢初の夏準Vに導いた名捕手が振り返るセンバツの思い出」 | 高校野球ドットコム

若林 尚希さん(日本文理出身)

 こうして他チームに比べて、バッティングでは圧倒的な差ができていった。「打線が切れずに1番から9番までどこからでもチャンスが作れたので、かなり自信を持っていました。夏の新潟大会はチーム全体がどんどん打っていたので、もちろんプレッシャーもありましたが、いざ試合が始まってしまえば忘れていましたね」

 その若林さんの言葉の通り、2回戦から準決勝までの全試合でコールド勝ちを収めた日本文理中越との決勝戦も12対4と大勝した。「決勝は甲子園が懸かっていたので緊張しましたし、ピッチャーの伊藤は雨で手元が狂って初回に失点しましたけれど心配はしていませんでした。県内では打って勝つのが当たり前。その頃は点から線の打線になっていたので、どんなチームが相手だろうが負けないと思っていました」

 こうして甲子園に戻ってきた日本文理。若林さんはある決意を胸にしていた。「甲子園に入ってから肩が痛くなって、練習では投げられない時もあったんです。それで、自分の中ではこの大会を区切りとして、最後の夏にしようという思いがありました」

 そして、初戦の香川寒川戦は中盤までは常に先手を許す苦しい展開だったが終盤の8回に逆転し、4対3で競り勝った。「初戦はやっぱり緊張してしまって、点が取れるまでは不安がありました。また、僅差の試合は新潟大会で経験していなかったので『どうなるかな』と思っていたのですが、この試合に勝てたことでチームに勢いが付いたんです」

 一つ勝つごとにプレッシャーがなくなっていったという若林さん。「しかも、その後はチームカラーである打ち勝つ野球ができていたので、『最後の夏だから野球を楽しもう』という気持ちが大きかったですね」

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球史に残る決勝戦

若林 尚希さん(日本文理出身)「県勢初の夏準Vに導いた名捕手が振り返るセンバツの思い出」 | 高校野球ドットコム
甲子園出場時の若林さん(左)※写真は本人ご提供

 新潟県勢として初めて決勝戦まで駒を進めた日本文理。しかし、7回を終えた時点で中京大中京に3対10とリードされ「相手も打線が強く、まるで自分たちと試合をしているんじゃないかと感じました。9回は先頭バッターで、その時はチームとして勝てるとは思っていませんでしたけれど、大差で負けるよりは反撃して何点か返したいという思いがありました。でも、自分は外角のスライダーで三振。次の中村 大地がショートゴロで、あっという間に二死になってしまったんです」

 絶体絶命の場面まで追い込まれた日本文理。だが、ここから奇跡の反撃が始まる。2本の長打と3つの四死球で2点を返し、なおも満塁。打席には長年バッテリーを組んできたピッチャーの伊藤が入った。「伊藤、伊藤って大声援が聞こえて、鳥肌が立ちました。球場全体が日本文理を応援してくれていて、ベンチでは『こんなにすごい応援があるのか』と話していたことを覚えています」

 その伊藤は三遊間を破る2点適時打。代打の石塚 雅俊もレフト前にタイムリーを放ってつなぎ、打順は一巡して再び若林さんに。「来るんじゃないかと感じていたので、気持ち的に準備はできていました。あの時は、代打の石塚が打った時の声援は凄かったんですが、自分が打席に立つと何も聞こえなくなったんです。周りも見えなくて、自分とピッチャーしかいない空間にいるような感覚でした」

若林 尚希さん(日本文理出身)「県勢初の夏準Vに導いた名捕手が振り返るセンバツの思い出」 | 高校野球ドットコム

若林 尚希さん(日本文理出身)

 1ボールからの2球目。内角のボールを振り切った若林さんの打球はレフト方向へ一直線に飛んでいった。「当たった瞬間、抜けたと思いました。でも、気が付いたらサードが捕っていて……。全身の力が抜けていって、体が崩れました」

 強烈な当たりだったとはいえ、サードライナーで最後のバッターになってしまった若林さん。「テレビで甲子園の特集を見ると、自分の最後のシーンばっかり出てきますよね(笑)。でも、あの場面で自分だけ繋げなかった悔しさがあったんですよね。だから、表彰式では泣かないとチームで決めていたんですけど、悔しくて泣いてしまいました。今、振り返ってみると、負けてしまったけれど周囲のみなさんから『すごく良い試合だった』と言ってもらえたし、自分もしっかり振り抜いて良い打球を打てたので良い試合だったなと思います」

 最後に、様々な経験をした若林さんに高校野球の魅力を聞いてみた。「野球の技術を磨くのはもちろん、人として礼儀や感謝の気持ちを学ばせてくれるのが高校野球。精神面では高校野球をやってきたからこそ身に付いているところがあるので、社会人になってからも人生の中で活きているのかなと感じます」

 そして、今の球児に伝えたいのは諦めない気持ちが大事だということ。「一人でも諦めたら、そこで途切れてしまう。でも、チームが一つになって諦めない気持ちでやれば結果はついてくるんじゃないかなと思います。試合に出ている選手も応援している選手も同じ気持ちになって、とにかくチーム全体で相手に向かっていくことです」

 新チーム結成直後は火縄銃のような打線と監督から揶揄され、点でしかなかった打線も春の選抜の悔しさを糧に、点は線となり県内では敵なしのチームへと成長した。あの夏の激闘の裏側には春の悔しさが線として繋がっていった結果なのではないだろうか。

 若林さん、ありがとうございました!

(インタビュー/編集部・文/大平 明

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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