桐光学園サッカー部が実践している 足裏強化トレーニング
野球に限らず「下半身」の動きはスポーツの最重要ポイント。
その動きの根幹には「足裏」がある。しかし、長きにわたってその存在は軽視されてきたといわざるを得ない。
しかし力を生み、バランスを整える源となる「足裏」が、じつは今、危機的状況に陥っているという。
その現状を知り、フルパフォーマンスを発揮するための「術」を先進の理論を用いて伝授する!!
「足裏は、トレーニング指導の面でもまだあまり着目されていない部位です。だからテーマとして斬新だと思います」
そう語るのは、桐光学園サッカー部の練習後にお話を聞かせていただいた山本晃永フィジカルトレーナーだ。全米アスレティックトレーナー協会公認アスレティックトレーナー、日本体育協会公認アスレティックトレーナー、イングランドサッカー協会公認メディカルコースレベル4・Aコース修了といった錚々たる資格を持つ、日本でも屈指のフィジカルトレーナーである。現在は2003年に設立したワイズ・アスリート・サポート・インコーポレイテッドの代表取締役として、主にプロサッカー選手のパーソナルサポート、ユース世代のチームサポートに奔走する忙しい日々を送っている。
「野球をしている子たちのデータもとっていますよ」
という山本トレーナーは、当サイトでもおなじみの仁志敏久氏と共著を出したり、講演を行っている。小学生~高校世代のスポーツ選手たちを日々間近で見てきているからこそ、次の言葉は意味深だ。
「今、野球でもサッカーでも同じ問題が選手の足裏に起きているんです」
衝撃!ほとんどの子は足裏の機能が退化している!
桐光学園サッカー部 山本晃永フィジカルトレーナー
野球、サッカーに限らずスポーツ全般において「下半身強化」はトレーニング面での最優先項目といえる。大腿四頭筋(太ももの表面)、ハムストリングス(太ももの裏面)、膝窩筋(膝の裏側)、腓腹筋(ふくらはぎ)などなど、巷には脚部の筋肉を鍛えるメニューがあふれている。
しかし、その前に「脚部の力はどのように発揮されるのか」を考えてみてほしい。走る、跳ぶ、止まる……足の動きにはいろいろあるが、そのほぼすべてに通ずる共通点がある。それは「接地している」ということ。改めて言うまでもないが、脚部の力は、その多くが地面へ力を伝えたり、その反発力から生み出される。そして、二足歩行の人間の身体で接地に適応して造られている部位が、「足裏」なのだ。
つまり、いかに大腿四頭筋やハムストリングを鍛えようとも、接地する足裏がしっかりと力を地面に伝える役割を果たせなければそのパワーは半減してしまう。逆に少ない筋量でも、足裏が100%の力を正しく地面に伝えることができれば最大限の力を発揮することができる。これまであまり注目されていなかったが、「足裏の使い方」にはパフォーマンスを大幅に向上させる可能性が秘められているのだ。だが……。
「現在の子どもたちは60~70%ほどの割合で足が変形しています。生まれたばかりのときは正常でも、その後年齢を重ねていくにつれ、歩く環境がなかったりシューズが高性能になりすぎて足の指を使わなくなってしまう。すると気づかないうちに変形してしまうんです」
言い方を変えれば、下半身の力をフルに発揮できる足裏の使い方ができる子は、現在ほとんどいない、ということだ。
だが、ここにこそ競技力を伸ばす大きなヒントがある。野球をプレーするうえで脚力は必須。その脚力を発揮するのに重要なのは足裏。しかし、その足裏を使いこなせていない可能性が高い。であれば、足裏を使いこなせるようになればいいだけのこと。もし使いこなせるようになれば、脚力がかなりの割合でアップすることにつながる。そして、足裏を鍛えるトレーニングはじつはとても気軽にできて効果が出るのも早い。
「足裏の筋肉はそのひとつひとつが小さい。ですので強化するにも上限がありますが、そのかわり意識がしやすく、効果もすぐ出るんです」
もし興味を持った読者がいれば、次からのステップをぜひたどってみてほしい。
STEP1 自分の足裏を知る
自分の足裏が正常かどうか。
それを知ることができるチェックポイントは「足指」だ。自分の足指を見てみてほしい。指と指1本1本の間に「間」があるか。指どうしがぴったりくっついているか。または、親指が人差し指と重なったり、小指が薬指と重なったりしていないか。正常なのは、指と指に「間」がある状態。
「現代のシューズやスパイクは、フィット感重視で横幅が狭く締まっているものが主流です。フィット感はたしかにスパイク選びで外せない要素ですが、一方で履いている間は指がすぼまってしまい、開排動作(指を開く動き)ができなくなってしまう。何年も履いていると指の機能が退化し、すぼまったままになってしまうんです。これがひどくなると外反母趾になったりします」
図1 足裏を構成する3つのアーチ
使用イラスト(c)フリーメディカルイラスト図鑑
「機能が退化する」ということはどういうことか。山本トレーナーの言葉で、もう少し専門的に説明する。
「足裏を構成する『アーチ』は3つあります。足裏の内側と外側にあるタテのアーチ。そして中足部にあるヨコのアーチです(図1参照)。横幅の狭いシューズやスパイクを履いて問題が生じるのはこのうち、中足部のヨコアーチ。母指内転筋横頭がアーチを支えているのですが、この筋肉が使われないことで“退化”するとアーチが扁平化します。扁平化してしまうとヨコアーチの前部、足指がしぼんできてしまうんですね」
実際に見てみて、通常状態で足指が内側にすぼまっている人、足裏が扁平化している人は結構多いのではないか。この状態は野球やサッカーを一生懸命取り組んでいる選手ほど多く見られる傾向なのだとか。
「少年時からトッププレイヤーのスパイクの小型モデルなどを履いて長時間練習をしたり、帰宅してもスパイクを履いたまま練習を真剣に続けていると、足は変形していきます。これは野球やサッカーといった競技に関係なく、日本の子ども全体の問題になっていると思います」
では、この足裏の状態をどうやって正常化させたらいいのだろうか。
STEP2 足指を開くエクササイズを
問題は中足部のヨコアーチ。ここを正常化するためには「足の指を開く」動きをしていく。
「足裏のトレーニングとして一般的なものに“タオルギャザー”があります。しかし指がすぼまった状態で行っても母指内転筋は強化しきれません。まずは前提として『指を開く』トレーニングが必須だと私は考えています」
指は開くから閉じるという動作が生まれる。閉じたままの状態で固定されているのであれば、まずは足指の開閉動作を通常通りできるようにするのが第1歩だ。
足指パッドを使ったトレーニング
「そのために指を広げます。その際にすごく役立つのが100円均一ショップなどで売っている『足指パッド』です。これを足指にセットして強制的に足指を広げる。その状態から、指を閉めようと力を入れる。単にはさむだけでは効果はありません。はさんだまま内転して指を屈曲させる。これをアイソメトリック(関節は動かさずに筋肉だけを伸縮させる)で、10秒間隔で強める&緩める動作を繰り返してください。すると母指内転筋と長母指屈筋が働きます。最初いきなり始めると、足がつりそうになるかもしれませんが(笑)」
母指内転筋が作用することで、中足部のヨコアーチを支える力が強化される。足指も開くようになる。足裏が本来あるべき姿へ戻り始めるのだ。
STEP3 MP関節で効果を確認
図2 MP関節
使用イラスト(c)フリーメディカルイラスト図鑑
さきほどから何度も出てくる「中足部のヨコアーチ」。そのアーチの上部、――足の甲のちょうど指の付け根部分にあるのが「MP関節」(図2参照)だ。ここも足裏の状態をチェックする目安のひとつになる。
「母指内転筋はこのMP関節の下をはしっています。つまり母指内転筋が強化されれば、MP関節が盛り上がってくる。でもここが盛り上がっていない子も多い。中足部のヨコアーチが出てくれば、いっしょにMP関節も盛り上がってきます」
足指パッドを使ったトレーニングのほかに、このMP関節の下=母指内転筋を手の親指でグーッと押し上げてあげるのも効果的だ。
「関節モビリゼーションを加えながら、関節自体を働くようにしてあげるんです。筋肉と関節の両面からアプローチしてあげる。これが基本です」
。
STEP4 足指が正しく動くか、裸足でチェック。
足指を開く→母指内転筋を強化する→中足部のヨコアーチを復活させる。ここまで足裏の機能を復活させたら、次に重要になるのが足裏、足指を使って正しい動きをすること。
「立った状態から足指を広げ、踵上げとつま先上げを繰り返してみてください。さらにスクワット姿勢からカーフレイズ姿勢まで、あくまで足指を意識しながら動いてみる。そしてランジ動作。踏ん張る形ですね。これを前足部から行います。タテ、ヨコ、と動きを変えて踏ん張りながらグーッと膝を落としてください。あとは踵をあげて、足指で地面を噛むイメージで歩く動作も効果的です。直進だけでなく、バックしたり、ヨコに動いたり、斜めにクロスオーバーしたりといろんな歩き方をすることで、様々な刺激を与えることができます。あとはその場でホッピングするのもいいですね。足指の動きを確認するために、これらはすべて裸足で行ってください」
母指内転筋は前へ推進する際に使用される筋肉。さらにブレーキをかけたり、踏ん張る際にも作用する。つまりこの筋肉が強化されれば、盗塁時のスタートや逆シングルで捕球した際に踏ん張る力が出やすくなる。パフォーマンスは確実に向上するだろう。
[page_break:ケガの予防にもなる]ケガの予防にもなる
今回紹介したトレーニングメニューは、すべて山本トレーナーが、解剖学の見地から分析するなどしてオリジナルで考案したものだ。どれも手軽なモノばかりなのがうれしい。
「たとえば足指パッドをつかったメニューにしても両足同時にできます。片足ずつ行うタオルギャザーよりも手軽に取り組めますよ。ほかのメニューも特に人の協力が必要だったり、道具が必要なわけではないので家で行うホームエクササイズとして取り組んでほしいですね」
その効果をすぐに感じられるのもうれしい。今回取材に協力いただいた桐光学園サッカー部の選手は、中学時代まではJリーグの横浜F・マリノス下部組織でプレーしていた。「がんばってプレーしてきて足裏が変形してしまった典型的な例」だという。それが足裏の正常化に取り組みだして、わずか1カ月で「全然変わりました」とその効果を証言する。
「以前は親指が人差し指に重なるぐらい足指がすぼまっていたので、まったく親指が使えなかったんです」
今や、しっかりとアーチができてMP関節も盛り上がり、裸足で動けば足指が地面を噛んでいるのがはっきりと見えるほどまでになった。
そもそも、山本トレーナーはなぜ足裏に着目したのか。
「きっかけはサッカー選手に第5中足骨の疲労骨折が多く、その原因を調べだしたことです。たとえば香川真司選手(日本代表/マンチェスター・ユナイテッド所属)もやってますが、通常サッカーチームに年間2~3人の割合で痛めると言われているのが第5中足骨。そこで東京保健大学の山下和彦准教授とともに足型のデータを集めながら研究していきました。その結果、たどりついたのが足型の悪さからくるバランスの崩れだったんです」
足裏トレーニングが始まる最初のきっかけは「ケガの予防」だった。これは野球においても通じる話だろう。まだ研究段階ではあるものの、足裏トレーニングの効果はほかにも実感している。
「障害予防はもちろん、バランス機能がかなり向上します。足部のバランスがよくなれば、接地した際のボディーバランスもよくなりますから」
おそらく、この先さらに足裏への注目度は高まってくるはずだ。そのパイオニアといってもいい山本トレーナーからのアドバイス――悔いのない高校野球ライフを送るために、この先進性のある取り組みにトライしない手はないだろう。
伊藤亮