弱者が強者に勝つために〜ジャイアントキリングを起こせ〜
夏の本番が近くなり、選手は不安感情が一氣に出てくる時期です。「これで勝てるのか」「あのミスが本番で出ないかな」「調子が上がってこない」プラス感情ではなく、マイナス感情に陥る選手の方が多いことでしょう。
弱者は強者に勝つためには、何が必要なのか……
過去、携わったチームに対しエントモイズムを多角的に入れ込み成果を出していますが、「何をどのように」という具体性が弱者には重要です。今回のコラムで書けることは限られてきますが、強者に勝つためのエントモイズムの一端を紹介しましょう。
自分たちの野球を展開するために、徹底的に時間を費やす(県立白河)
この時期まで来ると戦略戦術の前に、「コンディショニング」はとても重要になります。先ほどの不安感情(心のコンディショニング)を何とかしないといけませんし、技術的なことも含めてどの投手にも対応できる打線を作り、最終的には身体の調子も絶好調で迎えないといけません。
そうです、心技体のコンディショニングが大切なのです。私も社会人野球(NTT北海道)で16年プレーをしていたので、メインの大会前は様々な感情になることは分かります。打撃に関していえば、不安でたくさん打ちたがる傾向になることでしょう。
「特打お願いします」
特打じゃなくても通常打撃練習でも「もう1本」が始まります。不安感情からたくさん打ちたくなるのです。たくさん打つと2つのマイナスが自分に降りかかってきます。
1つ目は、疲れるということです。やればやるほど疲労は積み重なり、暑い夏ということもあって身体の動きが悪くなってきます。NTT北海道時代、若い選手たちはたくさん打ちました。しかし打てば打つほど体力が消耗し、本番で息切れするような流れになっていきます。私は大会少し前の特打など絶対にしません。練習で与えられた打撃練習の本数も、自分が納得すれば途中でやめていたほどです。
2つ目は、やればやるほど不安感情が大きくなるということです。三割打者であれば七割は失敗(凡打)することになります。試合ではなく打撃練習では球種が分かって打つ機会が大半なので確率は上がるでしょうが、それでもミスショットはあります。ミスをすると「もう一球」となり「ちょっと違うな…。こんな感じかな…」とマイナスのスパイラルに入り込みます。
それなりに今まで練習を積み重ねてきているのに、野球選手は直前になってバタバタするのです。身体的にもメンタル的にも自分からマイナスの流れを作り出していきます。この辺は氣をつけたほうがいいでしょう。
今時期の練習試合ではミスが多発します。考えられることに意識を傾けられていないのです。どうしても最後は「ここで打たなきゃ」「抑えなきゃ」と結果思考になります。結果思考になれば、能力勝負になるので相手が力量上位であれば何もできなく負けることでしょう。
自信を持て!
指導者や仲間が言っても、言葉だけで自信を持てるほど野球は甘くありません。よく分からないメンタルトレーニングで「やればできる」「俺たちはできる」と連呼しても、何となくテンションが上がったとしても表面上だけのものなので、すぐにメッキは剥がれます。
やらされる練習でなく、選手自ら考える練習(履正社)
今自分が抱えている不安の源を明らかにして、不安感情が消えるまでその練習をするのが大切です。ただ闇雲に練習をしても疲れるだけなので、行動思考で自分が何を考えてやるのかをはっきりさせて意識を強く持って練習をするのです。
内野手でゴロをうまく捕球できない選手は、何本もノックを取るのではなく「何を意識して取るのか」を明確にしながら捕球するのです。
一歩目を速くするために脱力して待ち、つま先体重で頭を両膝より前に置いて構えます。飛んできた瞬間に前に出て「ショートバウンド」に合わせようと足を運びます……。
というように、数を受けるのではなく具体的な意識を持ちながらやれば動きの精度も上がります。失敗して「もう一本!」ではマイナス思考になっていきます。
氣合い・根性・勢いでは改善していかないことが多いのです。結果思考になるということは、具体的な動きの部分を考えられずに「球をとる」ということだけになるということです。技術力のある選手はそれでうまくいくのでしょうが、大多数のそうじゃない選手はミス多発になるのは理解できるでしょう。
バントに不安のある選手は、マシン練習でバンバン練習しても意味はありません。試合では状況があり、相手野手のプレッシャーがかかりミスをします。本番思考で形よく積み重ねないと良い方向に行きません。
[page_break本番で使える練習を徹底的にする!]本番で使える練習を徹底的にする!
分析がもたらした成功体験を自信にする(藤嶺学園藤沢)
自信は外的要因で持てるものではなく、自分の内側から溢れてくるように出てくるもの。本番思考で不安と向き合って練習していれば「うん、大丈夫」という感覚になります。その自信を勝ち取るのは選手によって時間差はありますが、粘り強くやるだけです。
現在、最後の夏のために全国の高校野球チームを指導して回っていますが、選手に言うのは、
「不安から目をそらすな。不安と向き合い本番思考で質のいい練習をしていけ。この時期の敵は自分自身。自分に勝って本当の揺るぎない自信を手に入れろ」
プラスの言葉だけを使って勝てるのであれば誰でも勝てます。相手が強者でも対等に戦う心は、自分との真剣勝負で培えるのです。
心の安定だけで勝てるほど相手は弱くないと思います。しっかりとした戦略・戦術がないと成果は出せません。私が駒大苫小牧高校をサポートして全国制覇したことも、高知高校をサポートしてベスト4になったのも裏側にはきちんとしたものがあります。
言えないことが多すぎるので、ここではひとつだけ方向性を公開します。
楽天で投げている松井投手は、昨年神奈川県で最有力候補と言われていた投手です。結局予選で負けてしまいましたが、私の中では「なぜ」が想像できます。二年生の時の甲子園では大活躍する選手は多いですが、三年生の【最後】になれば微妙に歯車がズレます。
ヤンキースで活躍している田中 将大(独占インタビュー 2013年03月02日)投手。二年生のときに大活躍し三年生になって甲子園準優勝はしましたが、持っている力をすべて出し切ることはできなかったのです。彼ら二人に共通しているのは「三年生の最後」というキーワードです。
最後になれば強烈な結果思考に陥ります。能力上位の選手でも「抑えなきゃ」という思考になるのです。様々な要因からコントロールが微妙にズレていきます。
エントモイズムの弱者戦略としては、「いかにボール球を振らないか」が最優先事項になります。どう打つかよりも、どう見極めるかが大切になります。ボール球を振らない打線を作るためには、形が重要です。そして球種を絞って100%思考で待つことです。
形は、軸足の膝の上に頭があり、1秒見極める時間がないといけません。100%思考は、ストレートを待ちながら変化球に対応していくというものではなく、球種を100%絞って打つということです。絞った以外の球種は見送るのは当然ですが、ストライクからボールになる球に対して狙っているがゆえに見送る精度が上がります。
絞るを言い換えると「読む」ということです。相手の球種を読む精度、当たる確率を上げれば…となりますが、相手目線で考えると読めるようになってくることでしょう。
エントモイズムは、根性野球や調子野球ではありません。自分の野球人生も【考える野球】で成果を出してきましたが、緻密な野球を展開して初めて勝利に近づいてきます。チームとしての徹底事項を選手が最優先する心になれば、戦略・戦術も生きます。
不安感情で結果思考になっている選手、具体的な「何」がないチーム指導者。これでは弱者が強者に勝つことは難しいでしょうね。
最後にもう一度言いますが、戦略の前にぶれない心や自信がないといけません。選手がする準備としては、戦略の部分は指導者が決めることなのでどうしようもありませんが、それを使いこなせる自分にしておくことですね。
夏までの時間を有効に使ってください!
(文=遠藤 友彦)