Column

甲子園が繋いでくれたゴミ拾い仲間

2010.12.23

人間力×高校野球

第15回 「甲子園が繋いでくれたゴミ拾い仲間」2010年12月23日

 12月のとある土曜日―――。

 校庭では全国大会出場を決めたばかりの田原本中学野球部が白球を追っている。

「俺らの時とは違って、今は秋の大会で勝つと全国大会に行けるようになったんよ」。

あるゆかりがあって集まった大人たちが練習を眺めながら、そう話している。
彼らは田原本中野球部の練習を見に来たわけではない。

楽しい時を過ごすために、ここに集まって来たのだ。だが、自らが歩んできた人生の一部を、今まさに体験しようとしているグラウンドの後輩たちの姿を見ると、つい、そういう話になったのだろう。

一生懸命に白い球を追い、そこには仲間があり、またライバルもいる。それが野球の素晴らしさだと、これまでの人生で実感してきた。

 グラウンドにいる田原本中指導者への挨拶を一通り済ませると、その場に集まった6人の昭和39年生まれのメンバーは、軍手を着用し、会の始まりに備えていた。

「ほな、そろそろ、行こか」

 森島伸晃がそういうと、親友の高間誠一が持参したゴミ袋を目的種別に分けて、配っていく。 

 会は始まった。

 午後2時を少し過ぎたあたりに動き始めたこの一行は、田原本中学をスタートに、約5キロの距離を歩き、ゴミを拾い集めて行く。いつもは12月の第二土曜に飲み会をするのが通例だったこの会は「どうせ集まるんやったら、ゴミ拾いやろうや」という森島の発案で一つの行事が加わった。

 奈良県立・奈良桜井高校で監督を務める森島とその中学時代の同級生たち―――。

そう言う方が一番、伝わりやすいかもしれない。ここにいるメンバーは森島や高間らが在籍した式下中野球部出身のものと、田原本中学野球部出身とで構成された同級生なのだ。

 奈良県の中学野球(中体連軟式野球部)では、県大会を行う前に、まず、郡市予選というのがあった。それぞれの市や郡での予選を勝ち抜いて、球場で行われる県大会に出場できるというものだ。磯城郡にある田原本中学と式下中学は、いわば、地元のライバル同士なのだが、今はそんなライバル関係もどこ吹く風で、毎年1回は集まり、旧交を温めている。

「アイツが甲子園に行ってから集まるようになった」

 とメンバーは口をそろえて言う。


もともとこの会は、03年のセンバツ、当時、森島が監督を務めていた斑鳩高(現法隆寺国際)が甲子園出場を決め、それを祝う会をやろうというのが発端だった。田原本中学出身の村井亮(現田原本北中監督)は言う。

「昔はしのぎを削った相手ですけど、そのうちの一人が指導者として、甲子園に行く。初めてのことやったし、これは嬉しいことやでってみんなで話して、最初は、4、5人やったんやけど、森島を祝おうやっいう話になったんですよね」。

 発起人がライバルだった田原本中出身のメンバーからというところにも、この会の懐の大きさを感じるが、村井と同じ田原本中学の仲本和史や式下中出身で森島とは天理高まで一緒だった岡西克昇らが集まり、「森島を祝う会」としてこの会がスタートしたのだ。

 年々メンバーは増え、今は、田原本中、式下中の垣根を超えて、昭和39年生まれのゆかりあるものが20名余が集まる。奈良桜井高でコーチを務める高間もその一人で、会の設立当初は自身の次男・勇次が森島のもとで野球をしていたということもあって(保護者という立場上)参加していなかったが、次男の高校卒業を機に、メンバーに入った。

 毎年12月の第二土曜に集まっては、酒を飲み交わしながら、昔話に花を咲かせる。村井や岡西は中体連野球部の監督を務め、時には教え子が森島のもとで野球をやっていたこともあるだけに、話は多方面に及ぶこともある。2年前は村井の実の息子・偉が森島の指揮する奈良桜井で、エース4番として、秋の近畿大会へ進出したということもあった。

 ゴミ拾いは今年から始めたばかりで少数精鋭だが、メンバーの手つきは慣れたものである。普段からそうした活動に慣れているからなのだろうか。だが、森島は「ゴミ拾いが今日の趣旨ではない」とメンバーたちにいい聞かせる。

「ゴミ拾いがメインちゃうぞ。こう、うだうだ、昔の話とかをしながら、楽しむ。その中に、ゴミ拾いがある」

 その光景といったら、友人と下校しているあのときの時間に似ている。他愛もない話をしながら家へと向かうあのひととき。幼少期に戻れる楽しい瞬間である。ただ、今はそこにゴミ拾いという要素が加わっている。下校途中のような空間の中で、メンバーは大人になり、地域への恩返しを自然に行っている。森島は子供時代を回想して笑う。

「ホンマ、俺は、子供の時は『ゴミは捨てるもんや』と思っていたからなぁ。学校の帰りに、三角のコーヒーパックを飲んでいたけど、飲み終わったら、そのパックをポンと前にほって、それをジャンプして踏みつけてパンとならす。で、そのパックはほったらかし。今、ゴミ拾わせてもらっているけど、昔、捨てたのを、今、拾っているだけ。まぁ、ゴミを拾う側になれば捨てることはなくなるから、ええ経験させてもらっている」


 始まってまもなくすると、正面から手を大きく振った男が現れた。

 梶川和久である。彼もまた、この会のメンバーだ。仕事を終えて、急ぎ足でここへやってきたというのだが、梶川さんはちょっとかわったメンバーだ。

田原本中学出身の梶川さんは野球部出身ではない。そんな彼がなぜ、メンバーに入ったかというと、同級生であるというのに加え、梶川さんの長男・佑樹が森島のもとで野球部員だったという「縁」があるのだ。

ちなみに、梶川佑樹は中学時代、村井の教え子でもありエース、斑鳩高では背番号「10」をつけて03年のセンバツに出場。2回戦の明徳義塾戦で、1/3イニング投げている。高間の二男・勇次とは斑鳩高校の先輩・後輩の関係でもある。

 この会の良さは、そうしたゆかりのある仲間たちが集まる良さがある。元球児同志、元球児の親、息子が現在高校球児などである。また、中本さんの息子さんは今、橿原学院高校野球部員だ。余談だが、高校野球情報.COMのリポートでも写真で登場。中本さんは「掲載してもらえたのがうれしくて、あの写真は、今、携帯の待ち受け画面」と気さくに話す。

 ゴミ拾いをしているが、道中は楽しい話の連続である。「あの時、傷つけられた傷は残っている」(小松克三)と話すモノもいれば、「ここは昔、違うお店があって良く来たな」(高間)と語るものもいる。もちろん、今現在の話だってする。

 一行は田原本中校区から、式下校区へと向かっていく。すると、三宅小学校を前に差し掛かったところで、また一人、メンバーが増えた。「今日は何のイベントでっか?」と現れた藤井謙昌。田原本中学野球部出身で、その後、奈良郡山高に進み、甲子園に出場した。だが、何より今年は長男・健友が奈良郡山高校の主将・4番を務め挙げたところで、この3年間は、息子の甲子園出場を願いながら、高校野球に携わってきた。

「ライターさんまで巻き込んで、かなんなぁ~」といいつつ、おもむろに持参したゴミ袋を取り出してゴミを拾い集めた、彼もまた、この会に賛同したうちのひとりだ。


 空き缶2袋、ペットボトル2袋、燃えるごみ2袋、瓶一袋。この日の成果。この成果も大事だが、昔はライバルとしてしのぎを削った相手や仲間と旧交を温めながら、こうして地球環境への恩返しができるというのはまたとない機会だ。

ゴミ拾いというと、宗教的な要素を感じるのかもしれない。「ボランティア」という言葉でしか存在し得なかったが、今はこうして一般的になりつつある。ただ、実際、口で言うのと、実践するのとはまた別次元のものがあるのも確かだ。同窓会という中で、これを経験できたということは大きい、そう言うのは中本である。

「なかなか、ゴミを拾おうと思っても、一人ではできないですよね。みんながおるからできるというところもあると思うんですよ。

野球をやっていたから出会えた仲間たちなんで、僕自身は、まず、みんなと会えるのがうれしいし、ゴミ拾い自体はめんどくさいとかいう気持ちがあったけど、実際、やってみて楽しかった。こういうことを続けていくことが大事かなと思います」。

 設立当初は、「甲子園出場を祝う会」だったものが、今はいろんな経験を分かち合う、一つの集団になっている。村井は「目的としていた展開と違うことになってすごいこと」と感慨深げに語る一方で、それは、森島の存在の大きさだと思っている。

「森島は『祝う会から始まったとか、そんなんどうでもええねん』って言いますけどね、でも、やっぱり、アイツが甲子園に出てくれたことから始まりましたものですから、アイツのおかげ。森島は普段からトイレ掃除をして心を磨いている。息子も野球部でお世話になりましたけど、生徒たちはその背中をみて、あいつに安心感を感じて、ついて行っている。僕らがきょう、やらせてもらったことというのは、森島のやっていることのハジっこの方ですけど、それを感じさせてもらって、学ぶことは大きかったなと思います」。

 高校野球には様々な良いこと、悪いことが混在している。筆者も取材現場にいながら、ここ数年は高校野球が及ぼす大きな弊害を感じていたが、こういう会に参加させてもらうと、高校野球には良い部分があるのだと、改心させられるものである。

 メンバーにはそれぞれの人生観がある。歩んできた人生も、それぞれ違っている。ややもすると、もう二度と会わなかった人たちかもしれない。

 だが、一人の男が甲子園に出場したことで、彼らを取りまく環境が変わったのだ。

 甲子園が彼らを繋いでくれたのだ。

(文=氏原 英明)

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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