コラム


人間力×高校野球

第7回 菊池雄星に期待すること~高校野球とトイレ掃除~2009年10月28日

【photo by 宮坂由香

  

 このコラムを始めようとしたころ、人間力の優れた一人の高校球児に出あうことができた。

 ことしのドラフトの注目度NO1。メジャー入りが噂されたなか、日本球界に残留を決めた花巻東・菊池雄星投手だ。MAX155キロのストレートとスライダー、ツーシームを投げ込み、20年に一人の逸材とさえ言われる本格派左腕である。

 3月22日のセンバツ大会開幕を迎えた甲子園練習でのこと。その逸材な人間性がどんな選手かを見に行ったところ。彼が次々に、日常生活の重要性を語ってくれ、どんどん引き込まれていったのだ。

 なかでも、感銘を受けたのは入学時からやり続けているというトイレ掃除である。トイレ掃除といっても、素手で便器を触る過酷な作業だ。掃除というより、修業に近いといった方がいいかもしれない。大会中、花巻東の指揮を執る佐々木洋監督に、なぜ、トイレ掃除をさせるのか聞いくと、こんな言葉が返ってきた。

 「ピッチャーのマウンドというのは楽しいことばかりじゃありません。トイレ掃除など、嫌なことから逃げないでやることがマウンド上の態度につながってくる。また、ピッチャーは注目されるポジションですので、影の部分も感じてもらえたら」

トイレ掃除を推奨するものと、それを実践するものとが得られるものが必ず一致するというわけではないが、一つの体験として、選手に生まれるものがある。普段のトレーニングや投げ込み、ウェイトトレーニング、実戦形式のピッチングが選手を技術的に成長させるように、トイレ掃除は選手を精神的に成長させる。 佐々木監督はこうも言っていた。「もし、今大会でのピッチングというものが、トイレ掃除などの経験が生かされているのだとしたら、指導者として、それは嬉しいことです」。




 体験した者にしか分からない、プラスの力が働いていることは紛れもない事実だろう。過去に、トイレ掃除を実践し、プロ入りを果たした選手を取材したことがあるが、彼らもそれぞれ相違なる想いを口にしていた。

 

 「何事も普通にやれるようになった」(ヤクルト・山田弘喜)、
「泥臭くやれる。気持ちにマイナス面がなくなった」(ヤクルト・赤川克紀)

 こうした発想を見逃すことはできない。

 ただ、僕自身が思うのは、この20年に一人の逸材といわれる菊池雄星が、ここに取り組み、プロの世界に飛び込もうとしていることに大きな意味を感じている。一時はメジャーの入団も考えたという逸材が、技術向上だけではなく、トイレ掃除にまでおよび、その能力を高めようとしたことに意味があるのではないか、と。

 上記でコメントを紹介した山田弘喜は07年高校ドラフトの4巡目。彼は、プロを目指すためではなく人間力を高めるために、恩師の見戸健一監督に連れられ、ボランティアのトイレ掃除に行ったのが始まりだった。結果的にその経験が生きて、プロ入りを果たしたが、高校時代は全国的に注目された存在ではなかった。それと並行して、彼がトイレ掃除に取り組んでいたということも、注目されたわけでも、もちろんない。

 赤川については、これも指揮官の浜田登監督の「技術も体力も心も同時並行」という指導理念からである。「トイレ掃除とか日常から影・日向を作らないこと。やれることをしっかりやる。日常から手を抜かないことが心のよりどころを生む」と実践させたことが始まりだった。

 しかし、赤川もまた、1巡目で指名を受けたとはいえ、彼の実践したことが取り上げることは、そう多くはなかったのだ。

実際、彼ら以外にもトイレ掃除を実践している学校は全国にいくつもある。だが、それが取り上げられることはない。その良さがどれだけ大きくても、実践した選手の中に「何か」が生まれていたとしても、悲しい話かな、勝たないと、注目される選手でないと、その良さを世間は感じてくれないのだ。

 だからこそ、思う。

 

20年に一人と言われた逸材がトイレ掃除を実践してきた選手であるということに意味があるのだと。そして、彼が活躍することで、新たな発想が高校野球界に生まれてくるかもしれない、という想いがわいてくる。プロ入り後が注目される彼に、プレッシャーを掛けるつもりはないけれど、トイレ掃除を実践した球児の一人として、この野球界に多くのものを与えてほしいと願うばかりだ。

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プロフィール

氏原 英明
  • 生年月日:1977年
  • 出身地:ブラジルサンパウロで生まれる
  • ■ 高校時代から記者志望で、新聞記者になるのが将来の夢だった。
  • ■ アトランタ五輪後に、スポーツライターに方向転換。
  • ■ 大学を卒業後、地元新聞社に所属。
  • ■ その後スポーツ記者として、インターハイなど全国大会の取材も経験させてもらい、数々の署名記事を書く。
  • ■ 03年に退社。フリー活動を開始。

    週間ベースボール、ベースボールクリニック(ベースボールマガジン社)、アマチュア野球(日刊スポーツ出版社)ホームラン(廣済堂出版)、Number(文藝春秋)、Sportiva(集英社) などに寄稿。フリーライターとしての地位を固める。

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