第5回 自分と向き合える人間力2009年08月07日

桜井・森島監督
まったく新しいモデルの高校野球のあり方に、出あった。
第91回全国高校野球選手権奈良大会でのことである。
勝ってもガッツポーズを作らず、
相手の好プレーに拍手を送る。
ベスト8に進出した奈良県立桜井高は、新しい高校野球を実践したチームだった。
「野球は自分たちだけではできない。相手がいてくださるからできる。自分たちもすべての力を出し、相手もすべての力を出しつくして、いい試合がしたい。だから、相手にいいプレーが出たら、拍手を送ることは自然に出てくるんです」。
ハキハキとした声で話してくれたのは、桜井の主将・松本朗稔である。この言葉を聞いただけでも、今までにはない新しい潮流がやってきたんだと、心を打たれた。
これまで僕は「人間力」という言葉を頻繁に使ってきたが、彼らにあるその人間力の大きさには、今までとは一味違った計り知れないものがあると、感じたものだ。
ただ、実際、桜井高が実践したことには賛否があると思う。僕が彼らの野球を語った時、いくつかの友人などからは、疑問を呈する声が聞こえてきたのも、また事実である。
ガッツポーズを我慢する必要などない。
ホームラン打たれて、拍手する。敵に塩を送るのか。
である。
桜井・エース村井
しかし、普通ならそう思うからこそ、僕にはそこに裏打ちされた人間力に、大きなものを感じるのである。一般的には、「敵に拍手を送るなんてできない」と思える所をできる人間とは、どんな人間なのか、ということである。指揮官・森島伸晃監督の話はこうである。
「誰でも最初は、いい気持ちはしない。ヒットを打ったら、羨ましいな、いいなぁって言う妬みのような心がどこかに存在する。その中で、そういう自分と向き合う。野球の中で、ねたんだりする自分と向き合うことで、心を掃除する。最初は手をたたくことから始めて、相手のミスに喜ぶんではなく、相手のいいプレーに喜ぶということですね」。
森島監督は前任校の斑鳩高(現法隆寺国際)時代から、人間力を重視した野球を実践してきた。そのことは第1回のコラムで既報済みだが、日常生活を野球につなげる。自分の好きなもの(野球)を大切したかったら、それ以外にも力を入れる。そのことがやがて力になる。そうした野球が森島監督の指導理念だった。
それから月日もたち、森島監督は様々な人と出会いを重ねることで、人間力を重視した野球を高めてきた。桜井高に赴任後、当初はコーチという立場からチームを見ながら、自らも人間力を高めることを念頭に置いてきた。日常のゴミ拾いや素手で行うトイレ掃除など、今や選手にも実践させていることを、まずは自らが実践し、継続し続けてきた。
「何事でも、続けることで分かってくることがある。それが何かっていうよりも、やり続けてみて、みえてくることがある」。
そうした指揮官だから、指導を受けてきた選手たちは当然、人間力を高めることで成長してきた選手ばかりだ。1番・サードの山口睦は、3年間を振り返り、こう話してくれた。山口は中学時代、橿原コンドルのレギュラーだった。当時のチームメイトには、西浦直亨(天理)や杉本聖和(福知山成美)など、名だたるメンバーばかりだ。
「入学した当時の僕は、イキっていたと思います。野球が上手いと思っていました。だから、日常も適当で、ズボンを下げたり、挨拶もしなかったりしていました。それが森島先生のところで野球をやらせてもらって、いろんなことに気づくようになりました。人間的な部分で成長できたと思います」
また、トイレ掃除を実践したことの効果も、松本主将はこう語る。
「正直、トイレ掃除は苦痛でした。でも、それを重ねていくうちに、ベンキがいとおしくなるくらい好きになりました。トイレ掃除は、心がすっきりするというか、自分にも向き合えましたし、いろんなことに気づけるようになったと思います」

奈良大附・エース松田
もう気づいた人はいたのではないか。
テーマは「自分と向き合う」、ということなのだ。
トイレ掃除も、ゴミ拾いも、相手に拍手を送るという行為自体も、実は自分と向き合い、人間力を高めている。「トイレなんか汚くて、触りたくない」「人が捨てたゴミをなぜ自分が拾う必要がある?」「なんで、相手に拍手を送る必要があるのか」。
自分の心の闇と戦い、それに打ち克っていくことで、高校野球が一番求める、人間形成へとつなげていくのだ。
妬みのない社会を作っていくのはそう簡単ではないが、相手のヒットに喜べる人間力は、この社会を変えていくものにつながっていくと、僕は思うのである。
ガッツポーズをしないという行為も、人間力があってこそだ。森島監督はいう。
「最後の夏にかける想い、3年間の想いとか。支えてくれた方々のためにも、恩返しがしたいとか、言うけれども、それは自分のチームだけじゃない。相手のチームも同じような思いを抱いて、その舞台に立っているんやから」
誰もが勝ちたい、誰もが負けたくない。自分の想いが大きければ大きいほど、相手の思いも理解できるはずだ。だからこそ、その喜びは胸にしまう。
この夏の桜井の戦いぶりは実に見事だった。初戦となった2回戦は見ることができなかったが、3回戦の奈良大附戦は、「昨秋準優勝校と昨夏の準優勝校」というフレーズが付いたが、そうした世間の喜びとは異なった清々しい戦いだった。
桜井ベンチ
試合は桜井が初回に2点を先制、6回裏に奈良大附が追いつく。そこから一進一退の攻防が続いたが、8回表、桜井が1点を勝ち越し、ゲームはそのまま決した。
お互いが力を出し合う好ゲーム。過去に、相手の良さを消すチームはあっても、相手の良さを引き出すチーム同士の対戦など、あまり見たことはない。もちろん、負けた奈良大附に悔しさが残るのは事実としてある。だが、妙な悔恨がなかったのが、この試合が与えたものの大きさを示していた。
奈良大附・上村健斗主将は、ひとつも涙を見せずに「悔いはない。桜井には一人ひとり熱い選手が多く、素晴らしかった。でも僕たちは全力を出し切った」といえば、桜井・松本主将は「奈良大附は僕らと取り組んでいることが同じで、とても、いい試合、いい野球ができたと思います。
終わって、気持ちのいい試合でした」と、清々しく話した。
この言葉を聞いた時、実は、こうした思いは、この試合だけではないのではないか、ということである。勝ち負けは決まるけれども、力を出し切ったと思える試合は全国に幾数万とある。ただ、それを称える人間力があるかどうかの話である。
総括して、森島監督はいった。
「勝ったからもう1試合できるだけのことで、負けても、同じ気持ちだった。勝ち負けよりも、気持ちのええ試合でしたね」
次の試合、桜井は一条に力負けをする。2本の本塁打を浴び、終戦を迎えたのだ。しかし、桜井ベンチからは、その本塁打の際には拍手が飛んでいた。ここが彼らの3年間の集大成の人間力だった。
全国4000校を超える加盟校の中で、負けない学校は1校しかない。みな負ける。その中で、何を残せるのかが重要ではないか。試合後、桜井ナインは誰一人泣いてはいなかった。やりきった自分に、自信を持っているからこそである。
相手の力を最大限に引き出し、自分たちも力を出し尽くして、いいゲームをする。勝負における本来の美しさとは、勝った負けたではなく、実はその部分にあるのだ。
桜井の野球は、そのことを教えてくれた。

- 氏原 英明
- 生年月日:1977年
- 出身地:ブラジルサンパウロで生まれる
- ■ 高校時代から記者志望で、新聞記者になるのが将来の夢だった。
- ■ アトランタ五輪後に、スポーツライターに方向転換。
- ■ 大学を卒業後、地元新聞社に所属。
- ■ その後スポーツ記者として、インターハイなど全国大会の取材も経験させてもらい、数々の署名記事を書く。
- ■ 03年に退社。フリー活動を開始。
『週間ベースボール』、『ベースボールクリニック』(ベースボールマガジン社)、『アマチュア野球』(日刊スポーツ出版社)『ホームラン』(廣済堂出版)、『Number』(文藝春秋)、『Sportiva』(集英社)、『高校野球ドットコム』『ベースボールファン』などに寄稿。フリーライターとしての地位を固める。
- ■ 「人間力×高校野球」好評連載中!!
- ■ ブログ:「心で書く!」(氏原英明オフィシャルブログ)
- ■ 講演依頼






ただ、お互いのチームの保護者がエラーで拍手していたのは、このコラムを読んでから感じたのは残念でした。これからもこのコラム大事ににしていきたいです。
コメントを投稿する