「選手を成長させるノート」 都立総合工科高等学校
「都立校が甲子園出場を果たすのは奇跡に近い」という認識が大半だった1999年、有馬 信夫監督が都立城東を率いて、初めて東東京大会を制して甲子園出場を果たした。都立高校2校目の甲子園出場という快挙であった。
その有馬監督が都立総合工科に赴任し、3期生から始めたという「野球ノート」。都立高校の中でも強豪として知られる都立総合工科の強さの秘密は、野球ノートと関係があるのか。選手や卒業生にお話を伺った。
「決まりのない」都立総合工科・野球ノートの真の意味
都立総合工科の部員の野球ノート
都立総合工科が野球ノートを始めた頃に、当時現役生として野球部に所属していたOB選手に、高校時代の野球ノートについて振り返ってもらった。
ノートをつけることに関しては「監督主導ではない」ため、強制されていた訳ではないのだとか。
それは、有馬監督が言うからノートをつけるのではなく「自分でノートを出し、振り返りをすることが当たり前になるように」という有馬監督の思いが込められていた、と当時を振り返る。
高校時代は、指導者から与えられて練習することが大半であろう。しかし、高校を卒業して大学や他の場所で野球を続けるのであれば、自主性が求められることが多い。自分で考えて行動しなければ伸びないことを見越していてくれたのだ。
有馬監督には「自分で気づけ」と口すっぱく言われてきたことを、「今なら分かる」と都立総合工科のOB選手。当時は、「チームへの熱い思い」をノートに書いていたそうだが、現在の球児たちは、どんなことを野球ノートに書いているのか。
野球ノートを見せてもらうと、選手によって書いている内容がバラバラで、個々の個性が出ているノートだと見受けられる。練習メニューや感想を書いている選手もいれば、自分のプレーでの反省点を書く選手もいる。中には、食事や野菜摂取の有無をメモしている選手もいるなど、意識の高さがうかがえる内容が並ぶ。ノートの最初のページに目標を記したり、指導者からもらった言葉のメモ用紙をノートに挟んでいる球児もいた。
有馬監督が選手に野球ノートをつけることを勧めるのには、実はもう1つ理由があった。それは、選手たちが書くノートの内容を見て、ささいな心境の変化を野球ノートから読み取ろうとしていることだ。
「野球のことばかり書いている選手は心配ありませんね。野球以外のことを書いている選手は注意して見ています」
書く内容に決まりがない無機質なノートなのかと思わせる都立総合工科の野球ノートは、有馬監督から選手たちへの愛情に満ちているノートであった。
選手を成長させる野球ノート
実際にノートをつけている都立総合工科野球部の宮坂 奏主将、田嶋 大悟選手、高橋 光希選手に野球ノートについてお話を伺った。
宮坂 奏主将(都立総合工科高等学校)
■宮坂 奏主将
「まずは練習内容や有馬先生に言われたことを書いています。特にルールはありません。
キャプテンになる前は、個々のことしか書けなかったです。しかしキャプテンになりチーム全体を見るようになったので自然と周りのことも見れるようになって書く量も増えました」
野球ノートや主将の経験が、宮坂主将の視野を広げている。周りを見れるようになるには、人に言われてではなく自分で気づかなければならないことだ。野球ノートを通じて確実に成長を遂げていた。
田嶋 大悟選手(都立総合工科高等学校)
■田嶋 大悟選手
「前の日にやった練習の内容や注意されたこと、練習の振り返りやエラーしたこと、試合で気をつけることなど、いろいろと書いています。野球ノートを始めた時は、あまり内容を書くことができませんでした。しかし今は周りが少しずつ見えるようになり、書く量も内容も変わりました」
田嶋選手のノートには、良かった点や反省点に対して、必ず「次に繋がる自分へのアドバイス」が記載されていた。『チャンスの場面のバッティングが力が入ってしまっているので、チャンスの時こそ、力を抜いて打つ事だけ考える』
この日々の積み重ねのアドバイスの蓄積が、試合の時に生きてくる。
高橋 光希選手(都立総合工科高等学校)
■高橋 光希選手
「以前、腰の怪我をしていしまいました。その時に、『怪我をしたけど、自分はその中で何ができるのか』を考え、メモして復帰を目指しました。今は復帰し、試合や練習にも参加しています」
怪我をしなければ気づいていなかったこともあるはず。怪我を経験したことから見出したことを今秋以降に発揮してくれることを願う。
選手やOB選手に話を聞いていると、都立総合工科野球部にとっての野球ノートは、自分で考えることを身につけたり、各々の選手を成長させているという印象が強かった。自分で反省をし、課題を見つける「自主性」が都立総合工科の強さに繋がっているのではないかと思わせる。今回お話聞いたOB選手のように、高校野球を行っている間に書き記す野球ノートの大切さに気づく日は、もう目の前だろう。
(文=佐藤 友美)