Column

高川学園の野球ノート【第3回】 「最後の夏、始まりの夏に書いたこと」

2016.08.13

 8月9日発売の話題の新刊!!累計15万部突破の『野球ノートに書いた甲子園4』の発売を記念して、この夏、甲子園初出場を決めた高川学園の野球ノートの物語を3回連載でお届け中!

 今回は、第2回「寮監督と、球児たち 毎日綴った甲子園への思い」の続きをお届けします!
記事は2013年刊行の「野球ノートに書いた甲子園」に掲載中!

最後の夏、始まりの夏に書いたこと

高川学園野球部 野球ノート(高川学園高等学校)

 ほかにも3年生でセカンドのレギュラーとして活躍した眞鍋 雄己や同じく3年生の原田 稔将、2年生ながらベンチ入りした林 滉太も野球ノートを書き続けている。彼らもまた、チームへの思い、野球の技術のこと、私生活のことなど、甲子園に出場するためにという思いからノートを書き綴り、高川学園の決勝進出を後押しした。
中林は、決勝戦の前日、前々日と野球ノートにこう綴った。

■7月27日(土)
やっとここまで来ました。
いつも通り自分たちの野球をすれば絶対に負けません。相手よりも一点でも多く点をとり、〝夢舞台〟へ行きます。
中野先生を胴上げします。
応援して下さる方々を喜ばします。
絶対に負けません。

■7月28日(日)
自分の中学生の同級生、二人が
甲子園出場を決めました。
その二人を甲子園で倒します。

 ベンチに入ることのできなかった太田はこう書いた。

■7月27日(土)
とうとう明日は決勝! 俺達の応援で甲子園に! 学校を変えるチャンス!
いろんな人を喜ばすチャンス! メンバーはやってくれるので信じて応援します。

■7月28日(日)
今日の順延は、声がかれてる人もいたし、疲れが残ってる人もいたと思うので、良かったかなと思います。これも、神様がくれた休息だと思って明日、戦いたいと思いました。絶対負けん!

 そして迎えた決勝戦は、息詰まる投手戦となった。試合が動いたのは4回表。ワンアウト満塁のピンチを迎え、岩国商業はセーフティスクイズを仕掛ける。サードライン上に転がったボールをつかんだ投手浜本のホームへの送球が逸れ、セカンドランナーまで生還。0対2となる。その後、高川学園も6回裏、ランナー二塁のチャンスに3番の安がセンター前タイムリーヒットで1点を返す。4回以降、主戦・浜本は粘り強い投球で0点に抑え、試合は1対2と緊迫したまま9回裏を迎える。

 9回裏、ワンアウトで6番眞鍋が打席に入る。この日1本ヒットを放っている。眞鍋もノートを書き続けたひとり。前日にはこう書いた。

 ここまで来たらもう逃さない。
 あと1つ手を伸ばす。
 必ず気持ちが大切になってくる。
〝チームの勝利に勝るものはない〟
 これを心に秘めてやっていく。

 眞鍋は、内角の難しい球を押し込みレフト線へのヒット。一気に二塁まで到達すると、力強く拳を握りしめた。まさに強い気持ちが伝わる一打だった。

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決勝の翌日、中林選手と中野寮監のやりとり(高川学園高等学校)

 ワンアウト二塁。7番の橘谷のショートゴロの間にランナーが三塁まで進み、ツーアウト三塁。そしてバッターは中林に回る。
人一倍、甲子園に強い思いを抱き、ノートを書き続けた。チームが強くなるならば、と嫌われ役も買って出た。ベンチ、スタンド、高川学園を応援する誰もが中林の一打に思いを込めた。中野寮監も祈るような思いでその打席を見つめた。中林の放った一打は、快音を残したものの―レフトの正面をつき、試合は1対2で敗れ夢の甲子園は叶わなかった。

 球場を後にしても涙は溢れるようにして流れ、止まらなかった。
寮に戻りいろいろなことを語り合った。中林がこのときのことをこう振り返った。

「負けたときは悔しくて……でも、いつまでもくよくよしても仕方がない。泣いていても仕方ない。負けてしまった事実は変わらない。だから夕方くらいには3年生で集まって、ここから切り替えよう、と。3年生の寮長がいるんですけど、彼もすごくしっかりしていて、〝毎日掃除をする時間があるけど、いままでずっとやってきた。それをしなくなったりするのは絶対にやめよう〟って。自分たちがいままで続けてきたことはしっかりやり続けて、後輩が自分たちの背中を見てなにかを感じてくれるようにしようって切り替えました」

 その後、掃除をし、もう一度3年生で集まり、労いの会を開いた。話は尽きなかった。中林が部屋に戻ったのは11時前だった。
そして……。彼はいつも通り、野球ノートを手にした。

■7月29日(月)
中野先生を胴上げできなかったこと。それが一番くやしいです。でも中野先生の元で野球ができたこと、素晴らしい仲間と素晴らしい指導者、素晴らしい父親母親家族に出会えたことを誇りに思います。智弘先生には、この野球ノートを始め色々な事を学びました。こんなナマイキな人間を育てて下さってありがとうございました。僕の中で智弘先生は〝日本一〟の存在でした。最後の最後まで自分のそばで支えて下さったことを感謝します。指導者の良いお手本を見さしてもらいました。智弘先生のような指導者になるのが僕の新たな〝夢〟であり、目標です。愛すべき人です。

 本当にお世話になりありがとうございました。この仲間とまだまだ野球がしたかったです。なので、自分が続けて何になるかは分かりません。

「一区切りとして書いておきたかったんです」
中林はそう言った。
「このおかげで決勝まで上がってこれて、このおかげで成長できた。だからそれを記してまた次からっていうように……感謝の気持ちを込めて書きました」

 書いている間、手は震えた。涙がいまにも溢れそうだった。
「でも、なんとか踏ん張って」
中林はこの日のノートの最後にこう付け加えた。

 これからの自分、高川学園の為に、このノートを続けてもよろしいですか?
〝氣〟この字は宝物です。
これからもこんな自分を宜しくお願いします。

『野球ノートに書いた甲子園4』好評発売中!! 

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高川学園野球部(高川学園高等学校)

〝気〟の文字は、「メ」を「米」とした旧字体。中野寮監が、気という字を書く際につねに使っていた。中林はそれに気づき、理由を聞いた。「気構え」の中に「米」がある。気構えがあり、しっかり米、ご飯を食べてこそ、「元気」「負けん気」……すべての「気」がある、と教えられた。

 中野寮監もまた、このノートを見て多くの感情がこみ上げてきた。
「まさかこんな長文が書かれているとは思わなかったので……グッと堪えながら読みました。でもやっぱりジンときましたね」

 そして、こう返した。

 目に見えない大きな力の働きかけで、最後の場面がこういう結果になったということ。これは達の人生の中でとても大きな財産になるでしょう。結果がどうであれ、あそこで達に回ってきたということは、まぎれもなく達が今まで積み重ねてきたもの!! そしてその悔しさがあるからまた次、頑張れるんやで!! 素晴らしい指導者のほとんどはとてつもなく悔しい経験をしている人ばかり。そして負けん氣がとてもつもなく強い!! これからの残りの時間、後輩の為にも、そして自分の為にも、濃い深いものにして下さい。君らの力があってこその高川です。これからも〝負けん氣〟を強く頑張っていきましょう。

 決勝の激闘の翌日。すでに高川学園野球部の新チームは始動していた。
最上級生となった太田は野球ノートの新たな一ページに新チームへの思いを書き、中林はこれまでの努力がこれからの人生の大きな糧になる、と記した。
引退することになった眞鍋もまた、ノートを書き続けた。前日には、勝てなかった悔しさとチームへの感謝そして後輩への思いを書いていた彼のノートはこうだ。

■7月31日(水)
今日の紅白戦では1、2年生が〝パッ〟と試合が終わってしまったといっていて、それは自分達のペースで試合が出来ていないからだと思う。
相手チームのペースでされていたら点数が離れていると返せなくなる。
どんな状況でも、自分のペースで試合を運ばないといけないと思った。

 引退することになる3年生は18人。そのうち16人がこれからも野球を続けると言う。
高校野球は終わってしまった。それでも彼らの野球は終わらないし、高川学園の野球も終わらない。
彼らの野球ノートに、次の一ページが記されているように。

『野球ノートに書いた甲子園4』好評発売中!! 

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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