Column

佼成学園・塩多雅矢トレーナーの『故障者を減少させるケガ予防の取り組み』 

2014.11.26

 いよいよオフシーズンを迎えるにあたり、冬の厳しいトレーニングもスタートしているチームもこれから増えていく中で、しっかりとパフォーマンスを上げていくために、ケガなく過ごしたいところです。
それでは、事前にケガを予防するためには、どんな取り組みをしていけばいいのか。今回は、日頃の練習からケガ予防にしっかりと取り組んでいる東京都の佼成学園野球部に潜入取材!

 佼成学園といえば、2012年夏西東京大会準優勝を果たすなど、毎年都大会の上位へ進出する強豪校。現在、佼成学園ではケガの有無を可視化し、重大な怪我を未然に防ぐ取り組みを行っている。

 今回は、その指導にあたる、同校OBの塩多 雅矢トレーナー、そして藤田 直毅監督や選手にもお話を伺い、具体的な取り組みについて迫った。

体力ランクがEランクから始まった佼成学園

藤田直毅監督(佼成学園)

 藤田監督は、立教大助監督-リクルート-ローソンの監督を経て、98年に佼成学園に赴任。その翌年に監督に就任したが、その頃からメディカル(医学・医療)と、ウエイトトレーニングの重要性を感じていた。ウエイトトレーニングは週2回。自身が社会人の監督時代に取り入れたトレーニングを行っていたが、なかなか効果が上がらなかった。

「その時、専門の方に選手をいろいろ見ていただいたのですが、体力レベルが甲子園に行くチームがA~Bだとすると、我々はEランクで最低ランクと言われて、がっくりきましてね(笑)。まずは基礎体力を見直さないといけませんねと言われ、そこからトレーニングを見直すようになりました」

 専門家の指導の下、本格的なウエイトトレーニングを始めることに。これまで走りこみのメニュー中心だったが、ウエイトトレーニングの導入により、ランメニューは減った。最初はこんなに走らなくていいのかと、戸惑いはあったものの、冬を越えて、効果が大きく表れたという。

 そんな中で、2004年からトレーニング指導に携わるようになった塩多トレーナーの指導によりさらに効果は生まれた。
だが、一方で、まだケガ人は多い状況だったという。

佼成学園に赴任した当初は、自分の力不足で、トレーニングメニューを考案するだけで精一杯でした」と振り返る塩多トレーナー。当時はどんなメディカル管理をしていたのか。
「私はケガをした時に報告を受けて、その後にいろいろ指示を出す立場でした。ただ、このままでいいのかなと思っていました。そんな思いもあって、理学療法士の資格を取ることを決めました」

 その後、理学療法士の資格を取得した塩多トレーナーは、現在、佼成学園近くの病院に勤めながら、週2回、野球部のトレーニング指導にあたっている。藤田監督は塩多トレーナーとタッグを組んで、ある形を目指した。

 技術指導する現場、トレーニング指導するトレーナー、リハビリテーションする医療機関の3つが一体となって、共通理解で故障者を出さず、ケガをした人間は一早く治して、ケガをした前よりも強化した状態で復帰すること

 藤田監督が「ケガ人を何とか少なくしたい。アイディアが欲しい」と塩多トレーナーに伝えたところ、塩多トレーナーは『セルフチェックシート』の導入を提案した。セルフチェックシートとは、自分の状態を確認するためのものだ。そして、今日までの4年間、佼成学園ではセルフチェックシートが使用され続けている。

ベストパフォーマンスを発揮するためのけが予防

このページのトップへ

[page_break:セルフチェックシートの一番の目的は『ケガの状態の可視化』]

セルフチェックシートの一番の目的は『ケガの状態の可視化』

 このシートを使用する一番の目的は『ケガの状態の可視化』だ。塩多トレーナーは選手に、個人でも出来る肩、肘の痛みのチェック法を伝えた。チェック法は

・肩の前側、裏側、肘の前側、裏側を触りながら痛みのチェック
・肩甲骨の裏側が届く範囲で触って痛くないか
・両腕を広げて、グーパーを3分間繰り返し、痛み、痺れがないか
・肩の可動域、肘の可動域 伸ばして痛くないか

1週間に1回提出するセルフチェックシート

 強く触れば痛いので、耳たぶを触るぐらいの感覚で触る。それで痛ければ、痛みの度合いを4段階にわけてつける。全く痛くないならば0、軽ければ1、痛いならば2、ひどい痛みならば3と、選手自らケガの状態を書かせている。

 痛みの感じ方は人それぞれで、ゼロの選手もいれば、ずっと1を付けている選手もいる。あくまで、「痛みの基準を自分なりに分かってほしい」と塩多トレーナーは話す。

 ただ、このシートには、腰と膝のチェック項目はない。塩多トレーナーは、こう語る。

「もちろん腰と膝も大事ですが、体全体を対象にしてしまうと、チェックする項目も多く、時間がかかってしまいます。シートを書くことを目的にして、適当にチェックをしてほしくないので、それならば、一番我慢すると良くない『肩』、『肘』に的を絞って書かせています。現在、他の学校の女子野球部もトレーニング指導をしていますが、彼女たちの場合、男子よりも膝のケガが多いです。そのため、女子の場合は、『膝』をチェックポイントに加えています」

 さらに、
「高校生はケガを隠しがち。放っておいても、良くなるものではないですし、重症になってからでは、我々もすぐに治す手段はないんです。それで、このシートを書くことで、自分の肘、肩がどういう状態かを知り、すぐに相談できるようになってほしいんです。ケガの痛みの程度で、我々は病院に行かせるか、行かせないかのアドバイスもできますし、また長期、ノースローするか、しないかの判断もできる。上で続ける選手は、自主性が求められることが多くなりますので、この機会で身に付けてほしいですね」

 そして、佼成学園では、チェックシートだけではなく、選手たちは昼休みにも藤田監督にケガの状態を伝えるという。自己申告で、「肩は6割ぐらい、膝は7割ぐらい」とあくまで大まかな数字だが、普段から全快な状態と比べて、今は何割の状態なのかを自ら把握させている。

 また、塩多トレーナーはコンディショニングの管理以外にも、トレーニング指導も担当しているが、佼成学園の選手を見ると、180センチ越えの大型の選手が何人もいるわけではないが、170センチ台でも、筋力的にたくましい選手が多くいる。藤田監督は、塩多トレーナーの指導の賜物だと評価している。

「今の選手たちの体が大きいのは、彼の教育のおかげだと思います。彼が常駐していた時期は、トレーニングについていろいろなことを制度化してくれました。選手たちを集めてミーティングを行い、体の部位、筋肉の名称をレクチャーして、またトレーニングとは何かという読み合わせをするなど、そういうことに力を入れたことで、選手自らがトレーニングに取り組むようになりました。そのおかげで、彼が忙しくなり、常駐できなくなった今も、選手たちだけで筋力などの数値を伸ばすことができていますし、ケガに対しての意識もだいぶ高まってきましたね」

ベストパフォーマンスを発揮するためのけが予防

このページのトップへ

[page_break:主将、副主将が率先して相談する姿勢を見せること]

主将、副主将が率先して相談する姿勢を見せること

小玉和樹主将(佼成学園)

 その成果は、選手たち自身が一番感じている。エースでキャプテンの小玉 和樹選手(2年)は、

「僕は1年の夏休みで、大阪遠征にいったのですが、その時に肩を痛めてしまって、大会ギリギリまで戦線離脱をしてしまい、チームに迷惑をかけたことがあります。

 そういう経験があって、それからはすぐに塩多さんに相談するようになりました。少し肩が重いなと思うときは、自分だけで悩むのではなく、登板の回避について相談したりすることで、肩、肘は良い状態のまま保つことができています」

 そんな小玉について、塩多トレーナーは、
「小玉はハッキリ意見を自分から言うので、トレーナーの立場からすれば、ありがたいです。そういう相談がなかったら、肩の状態が悪化して、公式戦でも投げられなかったかもしれない。今では、ほとんどの大会で、しっかりと投げられるようになりました」

 また、副主将の北岡 知晃(2年)も、体の状態の変化に気付いた時はすぐに相談するという。

北岡知晃副主将(佼成学園)

 「僕の場合、腰が痛くなることが前からありましたが、痛くなる前の張る状態の時になったら、すぐに塩多さんに相談をしたり、塩多さんに教えてもらったエクササイズを行って、重大なケガを防ぐようにしています。

 そして、痛みを感じたらすぐに監督さんにも報告します。軽いケガでも、万が一、それを知らずに自分を起用していただいたて、悪化したら、選手としてマイナスですし、監督さんにも申し訳ない気持ちがあります。

 また、僕は副主将なので、副主将が相談できる人間ではないと、他の選手たちが相談することができない。だから他のみんなのことも意識しながら行動をしています」

ベストパフォーマンスを発揮するためのけが予防

このページのトップへ

[page_break:セルフチェックシートはどの学校でも実践できる!]

セルフチェックシートはどの学校でも実践できる!

肩をチェックする塩多トレーナー

 ここまで佼成学園の選手たちの意識を高めた“チェックシート”。
塩多トレーナーは、チェックシートの導入は多くの学校で実践できるものだとおススメする。

「私が付けているチェックシートはあくまで一例です。このままでも使えますが、チーム独自でチェック項目を盛り込んでも良いと思います。
またトレーナーさんが付いているチームならば、トレーナーさんに肩、肘のチェックの仕方などを教えてもらって、そのやり方で実践したほうが良いですね。ケガの状態を自ら知ることはケガを予防する一歩につながりますから」

 さらに、藤田監督は、かかりつけの病院を見つけ、指導者自身もしっかりとケガの相談に乗ることを薦める。

「指導者の方は選手の相談に乗り、また治すための手段として病院は見つけた方が良いと思います。整体で治す手段を選ぶ方もいますが、病院が良いのは、MRIなど精密検査で、ケガの状態を根本的にみてもらえるからです。ケガをすぐに治せる特効薬のようなものはありません。やはり事前に予防することが何よりも大切ですね」

 佼成学園では、指導者、トレーナー、そして選手の“ケガ予防”のための共通理解が深まってからは、今では大きなケガをする選手は減り、またレギュラー選手はケガを隠すことなく、そのために大会に向けて、しっかりと調整も出来るようになったという。

 さらに、今後に関して、塩多トレーナーは、「選手たちのこれまでの故障歴を管理していきたい」と話す。

「中学時代に故障があったかも把握したいと思います。良い選手ほど、中学時代に無理してしまうケースがあるんです。そういう選手たちのためのプログラムも考えていきたいです」
また、塩多トレーナーは障害発症を前向きに予測するために、スポーツ障害予防を考える会「スポ.ラボ」と協力してフィジカルチェックの実施も考えている。

 さらに、進化していく佼成学園のメディカルシステム。強い体を作り上げると同時に、ケガ予防にもしっかりと向き合うことで、さらに強いチームへと成長していることは確かだ。

(文・河嶋 宗一

ベストパフォーマンスを発揮するためのけが予防

このページのトップへ

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

関連記事

応援メッセージを投稿

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

RANKING

人気記事

2024.04.16

【春季埼玉県大会】2回に一挙8得点!川口が浦和麗明をコールドで退けて県大会へ!

2024.04.16

【群馬】前橋が0封勝利、東農大二はコールド発進<春季大会>

2024.04.17

仙台育英に”強気の”完投勝利したサウスポーに強力ライバル現る! 「心の緩みがあった」秋の悔しさでチーム内競争激化!【野球部訪問・東陵編②】

2024.04.16

社会人野球に復帰した元巨人ドライチ・桜井俊貴「もう一度東京ドームのマウンドに立ちたい」

2024.04.17

昨秋は仙台育英に勝利も県4強止まり「サイン以上のことをやる野球」を極め甲子園目指す【野球部訪問・東陵編①】

2024.04.14

【全国各地区春季大会組み合わせ一覧】新戦力が台頭するチームはどこだ!? 新基準バットの及ぼす影響は?

2024.04.12

東大野球部の新入生に甲子園ベスト4左腕! 早実出身内野手は司法試験予備試験合格の秀才!

2024.04.15

四国IL・愛媛の羽野紀希が157キロを記録! 昨年は指名漏れを味わった右腕が急成長!

2024.04.12

【九州】エナジックは明豊と、春日は佐賀北と対戦<春季地区大会組み合わせ>

2024.04.11

【埼玉】所沢、熊谷商、草加西などが初戦を突破<春季県大会地区予選>

2024.04.09

【大学野球部24年度新入生一覧】甲子園のスター、ドラフト候補、プロを選ばなかった高校日本代表はどの大学に入った?

2024.04.05

早稲田大にU-18日本代表3名が加入! 仙台育英、日大三、山梨学院、早大学院の主力や元プロの子息も!

2024.04.14

【全国各地区春季大会組み合わせ一覧】新戦力が台頭するチームはどこだ!? 新基準バットの及ぼす影響は?

2024.04.02

【東京】日大三、堀越がコールド発進、駒大高はサヨナラ勝ち<春季都大会>

2024.03.23

【春季東京大会】予選突破48校が出そろう! 都大会初戦で國學院久我山と共栄学園など好カード