ミレニアム世代トップランナー・小園海斗の成長過程を報徳学園時代からひも解く
ミレニアム世代の2000年4月2日~2001年4月1日にあたる。
根尾昂(大阪桐蔭-中日)など投打で優秀な選手が多いのが特徴だ。その中で最も実績を残した選手が、小園海斗といっていい。
昨年の成績はこちら。
58試合 打率.213 4本塁打16打点(一軍)
53試合 打率.210 6本塁打22打点(二軍)
報徳学園時代の小園海斗
同世代の選手と比べても抜群の実績を残した小園。打撃、守備ともに高次元のパフォーマンスを誇る。
枚方ボーイズ時代から日本代表を経験するなど優秀な選手であったが、プロでも通用するパフォーマンスの大部分は報徳学園時代に築かれたといえる。
今では遊撃守備について、多くの高校生遊撃手の憧れとなっている小園。ただ、守備については入学当初は得意ではなかった。
しかし報徳学園の環境が小園の守備を上達させた。報徳学園のグラウンドは野球部専有のスペースは内野ダイヤモンドのみ。まずグラウンドはラグビー部と共用で、その奥はサッカー部が練習をしており、グラウンド環境が決してよくない。
その中で、報徳学園のノック形式はランナー付き。いろんな状況を想定しながら、行いながら、小園は守備技術、絶対にミスはしてはいけない場面でも守れる精神力を身に着けたと語る。
また小刻みにステップを刻んで捕球態勢に入る練習も繰り返した。小園選手の守備を見るとステップを意識していることがよく分かる。
そして、小園がプロ1年目から同世代でもトップレベルの打撃成績を残したように、華麗な遊撃守備に加え、力強い打撃も印象的だ。この打撃ができるようになったのは高い打撃技術に加え、2年冬の体重増加が大きい。
高校2年時の小園海斗(左) 高校3年時の小園海斗(右)
授業の合間におにぎりを食べるなど食を意識し、7キロ増の80キロ。2年生の時、3年生の時の写真や映像を見ても腰回り、太ももが太くなっていることが分かる。そこからスイングスピードも速くなり、本塁打も量産するようになったが、報徳学園の大角監督は打撃だけではなく、守備面でもプレーのレベルが上がったと振り返る。
「守備が良くなったのは、体が出来上がってきてからです。入学当初は体が弱く、足やお尻が大きくなって、体が持っていかれる感じがなくなってきました。球筋も体が出来てくるとともに変わってきて、送球が良くなると捕る方もどんどん良くなっていきました」
大角監督の言葉通り、1年生~2年生の時は俊敏さはあったが、送球面で弱さがあった。最終学年ではダイナミックでさらに小刻みに動ける遊撃守備で人々を魅了するまでの遊撃手となった。
こうして振り返ると1年~3年まで順調にステップアップしたといえる。それが実現できたのは、小園の強い向上心があったこと、課題を明確にして取り組むことができたからだといえるだろう。
プロ野球が再開されたときは昨年以上の成長を見せることを期待したい。
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