日大三、早実を撃破した西東京王者。甲子園4強の東海大菅生には「個の力」があった
小玉 佳吾(東海大菅生)
全国的に注目されていた清宮 幸太郎擁する早稲田実や、櫻井 周斗、金成 麗生らを擁する日大三を破った力は本物だった。準決勝で惜しくも敗れたが、全国制覇を果たした花咲徳栄を最も苦しめたのは、東海大菅生だった。それだけに、あと一歩で逃した栄冠への悔しさはあるものの、全国の高校野球ファンに、その存在をしっかり印象付けた。
清宮フィーバーが始まった2年前の春、若林 弘泰監督は、「今年の1年生はいいですよ」と、嬉しそうに語っていた。その中心にいたのが、佐倉シニアで全国優勝した佐藤 弘教と牛山 千尋だった。
しかし中学日本一の主軸であっても、すぐに通用するほど高校野球は甘くはなく、試合に出られたり、出られなかったりを繰り返した。2人が本当の意味で揃って活躍したのは、甲子園が初めてではなかったか。
昨年の秋季都大会からエースであった松本 健吾に対して若林監督は、「ドラフト候補になるほどの力はあるんだけど……」と語っていたが、冬場に負傷したこともあり、その評価を結果で示すことができなかった。
それでも、春には2年生の戸田 懐生らを含め、投手陣全体が成長。春季都大会では敗れはしたものの、日大三の小倉 全由監督を強く警戒させるだけの戦いを繰り広げた。負傷で出遅れた松本も、夏に向けて内角の制球が見違えるほど向上した。あとは攻撃力であった。
1年生であった昨夏から遊撃手の正選手であった田中 幹也は、守備のうまさは抜群であったが、あくまでも守備の人という感じであった。それでも、冬場以降しっかりと振り込み、リードオフマンとして頼れる存在になった。
この夏不動の4番であった片山 昂星は、秋や春は時おり途中出場する程度の選手であった。田中、片山という2年生の成長に加え、守備にはやや不安があった主将の小玉 佳吾の守備が安定し、捕手の鹿倉 凛太朗も層の厚い投手陣の信頼を勝ち取った。
このように、あらゆる要素が夏に向かって噛み合った。そこに選手起用を含めた若林監督の采配が光った。
若林監督の指導の根っこにあるのは、「親父」と慕う、三池工、東海大相模で全国優勝した東海大元監督で、元巨人監督の原 辰徳氏の父親でもある故原 貢氏である。そこにプロ野球での体験、さらには、帝京、日大三、早稲田実、関東一、二松学舎大附など、全国的に知られた強豪、名将たちにもまれて、高校野球の指導者としての自身のスタイルを確立していった。
今回のベスト4で東海大菅生は、西東京の強豪として全国的に認知された。この立場を維持し、さらに上を目指す、また新たな戦いが始まる。今回貴重な経験をした2年生の戸田、田中、片山に期待の1年生の小山 翔暉らを擁する新チームは注目の存在ではあるが、他のチームも黙っていない。春は第90回、夏は第100回となる節目の甲子園大会に向けての激しい戦いは、既に始まっている。
(文・構成:大島 裕史)