ゲームコントロールを見事に実現した智辯学園
智辯学園優勝シーン
トーナメントは、個人の能力そのものの高さよりも、どれだけ自分の実力を発揮できるかが大事だと痛感する大会だったのではないだろうか。優勝した智辯学園はまさにそれができたチームだったといえる。今年、智辯学園が優勝できた要因について迫っていく。
青山、岡本の超高校級がいなくても勝てた村上頌樹の存在
今年の智辯学園。個人の能力が歴代よりも高かったかといえばそうではない。2012年は青山大紀(オリックス・バファローズ)、小野 耀平(NOMOベースボールクラブ<関連記事>)、中道 勝士(明治大)など能力が高い選手が揃い、2014年には岡本 和真(読売ジャイアンツ<関連記事>)、吉岡 郁哉(法政大)、大西 涼太(東北福祉大)、当時2年生だった廣岡 大志(東京ヤクルトスワローズ<関連記事>)と逸材揃い。今年の選手たちもレベルが高いとはいえ、青山、岡本のようなプロへ行くだろうと確信させる逸材は今のところいない。来年のドラフト候補として期待される太田英毅、福元悠真は来年どこまで伸びるかという選手であるが、下級生ながら甲子園を経験しヤクルトに進んだ廣岡と立ち位置が似ている。
そんな智辯学園が今年なぜ勝てたかといえば、やはりエース・村上頌樹、正捕手・岡澤智基を中心としたバッテリーが強力だったのが一因といえる。なんといっても5試合で失点は僅かに3失点である。3失点となれば、ゲームをコントロールしやすい。全5試合を振り返ると、リードされていても、これは厳しいと感じる雰囲気はなかった。1点差だけならば、リードされていてもチャンスがあればいつでも取り返せる。そんな雰囲気が今年の智辯学園に感じられた。
では村上はどんな投手なのかというと、先輩の青山のように140キロ中盤を計測する投手ではない。ただアウトコース、インコースへの制球力が抜群で、スライダー、カーブ、フォーク、ツーシームと球種も多彩で、引き出しが広い。
投球フォームも開きが抑えられ、球速だけでは測れない完成度の高さを持った投手だ。ピッチングの上手さ、奥行きは青山より上であり、簡単には点を与えない安心感があった。
1回戦の福井工大福井戦では10安打を打たれながらも完封。まさに村上の粘り強さが発揮された試合となった。2回戦では鹿児島実に1点を先制されたものの、その後は無失点で味方の逆転を待ち、7回裏に4点を挙げ、逆転勝利でベスト8進出を決めた。準々決勝は近畿勢対決となった滋賀学園戦。3回までで5対0とし試合を優位に進め、村上も強力な滋賀学園打線をわずか2安打に抑え見事な完封勝利を飾った。
負けゲームの試合展開を1失点にとどめた智辯学園バッテリー
村上 頌樹(智辯学園)
そして村上の凄味を一番感じたのが準決勝の龍谷大平安戦だ。この試合、3回表に先制を許したが、これは失策絡みのものだった。その裏、先頭が安打で出塁したものの、バント失敗、さらに牽制死で三者凡退と相手に流れが行きかねないミスがあった。このミスを見て、智辯学園は厳しいのでは?と思った方も多いだろう。だが4回、5回と走者を背負いながらも無失点に抑えたことで、龍谷大平安に流れを傾かせずにゲームをコントロールすることができた。
結果として逆転サヨナラ勝ちを収め決勝進出を決めたが、普通のチームならばミスがさらに出て点差を広げられてもおかしくない状況を、その後は点を与えず、拮抗した試合にしたことが智辯学園の優勝の要因といえる。他の試合を振り返っても鹿児島実業戦は1点先制を許した後、点を与えなかった。そして決勝戦も同点を許した後に勝ち越し点を与えなかったことがサヨナラ劇につながった。
これほどゲームをコントロールできるチームはなかなかない。滋賀学園戦以外の4試合はどれも接戦の試合だった。そして決勝戦でも、高松商と1点を争う好勝負を演じた。延長11回の熱戦の末、最後は村上がサヨナラ打を放つ劇的な試合となったが、村上の安定感はここ数年の選抜甲子園の優勝投手と比較してもなかなかないだろう。
中年の高校野球ファンならば懐かしいと思うかもしれないが、プロ注目というわけではないものの、これほど安定感があった投といえば、1992年夏の甲子園優勝投手となった森尾 和貴(西日本短大付)投手を思い出す。森尾投手は5試合中4試合完封しており、45回を投げてわずか1失点。防御率0.20という素晴らしい成績を収めた。速球も140キロ前後でコントロールが抜群な点も似ている。村上投手は47イニングを投げて自責点2、防御率0.38と森尾投手に匹敵する投球だった。
なぜこれほどの投球ができるようになったのかといえば、二度の悔しい負けを経験したことが大きい。まず1つ目が、昨夏の天理戦だ。先発した村上は1番舩曳海に二打席連続本塁打を浴びた。あの試合、舩曳がかなり注目された試合だったが、同時に村上はかなり悔しさを感じていた試合だった。そしてこの試合からストライク先行で投球を組み立てることを意識。高めのつり球、カーブを織り交ぜながら、メリハリがついたピッチングができていた。しかし近畿大会準々決勝の大阪桐蔭戦で9失点を喫してしまう。ただこの9失点も村上にとって大きな糧となり、選抜へ向けて現在のピッチングが完成したといっていい。
春夏連覇へ向けての課題
守備を強化したい太田 英毅(智辯学園)
智辯学園ナインの粘り強い試合運び、ゲームコントロール能力は、今年の選手たちが特別優れているわけではない。これまで甲子園に出場した先輩たちの経験が、しっかりと引き継がれて生まれたものだといえる。2012年の青山世代、2014年の岡本世代。この世代とも、甲子園で非常に悔しい敗戦を味わった。次、甲子園で悔いを残さないためには、どんな野球をすればいいのか?そういう経験が脈々と受け継がれて、選抜優勝につながったと考えられる。そして一戦、一戦戦うごとに成長を見せていったといえるだろう。
目指すは春夏連覇。今回のような戦いぶりは簡単にはできないもの。選抜と同じような戦いを見せるには、チーム力の底上げが必要だ。
・内野手、外野手の守備力向上
・バント、盗塁、エンドランなど小技、走塁をしっかりと決められるか
・村上以外の投手陣の実力アップ
内野手、外野手の守備を見るとまだ上達の余地はあり、1点を与えない守備を維持できれば、村上が不調でも最少失点で切り抜けることができる。ただバント、盗塁のタイミングを見るとまだ間が悪いのが課題だ。バントを失敗したり、牽制で刺されたり、三盗に失敗したりと、村上でなかったら流れを相手に渡しかねないミスが見られた。またランナー二塁からのヒットで二塁走者のスタートが悪かったりと、今後一つずつ戦略をしっかりとこなしていきたいところ。
村上以外の投手陣の実力アップは不可欠だろう。夏になれば、村上1人だけというのは厳しい。今年の春季大会はチーム力アップを果たすための大会となりそうだ。選抜優勝したとはいえ、まだ発展途上のチーム。この3か月で、これは太刀打ちできないと思わせる絶対的な力を持ったチームへ成長するか注目をしていきたい。
(文・河嶋 宗一)
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