桐生第一高等学校(群馬)【後編】
前編では福田 治男監督に守備に対する概念、捕球の仕方、ゴロの捕り方、ステップする際の注意点を教えて頂きました。後編では送球を強くするために大事なことや、ボールの握り方。そして選手たちに守備に対する考えを伺いました。
フリー打撃は実打を処理できる絶好の機会
打撃練習の順番を待つ選手(桐生第一高等学校)
福田 治男監督は「“下”の形ができているなら、“上”はその流れで自然に」と、投げ方については「上をいじると全部がおかしくなる」という考えもあって、「特に何も指導していない」という。だが2つ、選手に要求していることがある。1つは強いボールを投げること。
「私は捕ってからスピーディでも、小手先でチョンチョンと投げる選手は好みません。多少時間を要してもいいから、フットワークを使って、小さいモーションから強いボールを投げてほしい。それが回転のいいボールならなおいいですが、キャッチボールの段階から『強いボールを投げろ』と選手には言ってます」
桐生第一高は伝統的に肩が強い野手が多い。おそらくこのあたりにも、その理由があるのだろう。
もう1つは握り替えの際、縫い目のどこかに指をかけること。福田監督は「ごく当たり前のことなんですけどね。今の選手は意外に知らないんですよ」と少し表情を曇らせると「昔と比べると技術やトレーニングの情報が氾濫しているので、選手たちは高度なこともよく知ってます。ですが、どうも肝心要の基本が疎かになっているような気がします」と言葉をつないだ。
桐生第一高ではキャッチボールも守備練習の1つだが、トス打撃も、フリー打撃も守備練習を兼ねている。
「練習に打撃がつくと、打つための練習、という感じになってしまいますが、トスの時はフットワークの練習ができるし、フリー打撃は「実打」を処理できる絶好の機会。実は守備練習の時間でもあるわけです」
野球は打つ、守るがある表裏一体のスポーツ。打撃練習で守備についた時、「生きた打球をさばける」と思うのか、それとも「球拾い」と思うのか。向き合う姿勢1つで、練習の質は大きく変わってくる。
一方、福田監督はノックの時は「守備“練習”とは思うな。試合のつもりで守れ、と言っている」という。
「試合ではミスは許されませんし、当然、ノックの時の何倍ものプレッシャーもかかります。ですから、ノックの時にいかに自分に重圧をかけるか。ノックだから、エラーしても次がある、と思っていたら、練習のための練習になってしまうでしょう」
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・2015年秋季大会特設ページ
練習で自信をつかんだ選手はメンタルも強い
福田監督は選手の可能性を引き出すため、頻繁にコンバートも行っている。甲子園に春夏合わせて13度導いた名将は「この子はここしかできない、という偏見は一切ありません」とキッパリ。「他のポジションを守ることで、それまで見えなかった適正が見えてくる」という。取材日も前日まで遊撃の控えだった選手が、防具を付けて捕手のポジションについていた。コンバートには人材を生かして、戦力の充実を図る狙いもある。
「たとえばショートの控えがショートしかできなかったら、出番も限られますが、サードやセカンドもできれば、試合に出るチャンスは広がりますし、セカンドの選手がケガなどで出られなくなった時、すぐにポジションを埋められますからね」
高校野球ではメンタルの比重が大きいと言われる。福田監督は、
「送球もそういうところはありますね。特に近頃は、試合で1度送球ミスをすると、技術はあっても、投げるのが怖くなる選手が少なくない。以前は大きな声を張り上げで自分を奮い立たせ、自分で切り替える子がほとんどだったのですが…これは試合の中で持ち直せないな、と感じたら代えるしかありません」
と話す。
鏑木 風雅選手(桐生第一高等学校)
福田監督によると、送球ミスを含む失敗には「思い切りのいい失敗」と「消極的になっての失敗」の2通りあるそうだ。「前者は次につながるが、後者は弱気を払拭しなければいけません」
払拭するには練習で自信をつけるしかない。
「むろんチームとしてサポートはしますが、つまるところ、その選手が自分の弱さと向き合って、乗り越えていかないと…それは社会に出ても同じだと思いますね」
本来、野球は楽しいものだ。高校野球指導歴が30年以上になるベテラン指揮官は
「誰もが好きで野球をやっているはずなのに、自分を強化することを苦痛に感じたら、野球が面白くなくなる。でも、野球を楽しくやりたいなら、練習で自分に重圧をかけて、自信をつかむしかない。自信が持てれば、プレーしていても楽しいですし、その延長線でゲームができますからね。消極的になって送球ミスをすることもないと思います」
と語る。
今夏の大会でメンタルの強さを発揮したのが、1年生ながら遊撃のレギュラーとして出場していた鏑木 風雅選手だった。福田監督は「夏のチームは3年生が主体だったんですが、無我夢中でやっていたからか、そんな中にあっても、鏑木は物おじせずにプレーしてました」と目を細める。
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1年生が夏から活躍できるのは「グラウンドに出たら、先輩、後輩は関係ない。私は学年にこだわらず、上手い選手を使います」という福田監督の方針が、チームに根付いているから、というのもあろう。もっとも、傍からは堂々としているように映った鏑木選手も「夏は緊張しました。先輩方が支えてくれたので」と、初々しい表情で振り返る。
中学(前橋桜ボーイズ)から本格的に内野を守るようになった鏑木選手が心がけている守備の基本は「来たボールを確実に捕って、慌てずにアウトにする」。
福田監督からは「バウンドの捕りやすいところ、イレギュラーに対する対応などを教えてもらいました」。目下の課題は体の柔軟性を養うこと。「体が少し硬いので、守備の時も苦労しています」と明かす。
中心選手の守備に対する考えを直撃!
左から髙田 修平主将兼捕手、内池 翔投手、小野 柊人遊撃手、齋藤 馨二塁手(桐生第一高等学校)
最後に桐生第一高の中心選手の、守備の基本に対する考えを紹介したい。「守備の基本で大事にしていることは?」と訊いたところ、エースの内池 翔投手(2年)からは「投げたらすぐに守りの体勢に入る」、主将で捕手の髙田 修平選手からは「まずしっかり捕る」という答えが。
二遊間コンビに同じ質問をすると、齋藤 馨二塁手(2年)は「ゴロは前に出てバウンドを合わせる」、小野 柊人遊撃手(2年)は「足を動かして捕りやすいバウンドで捕る」と教えてくれた。
日頃から守備の基本を意識しているからだろう。4人からはすぐに答えが返ってきた。福田監督の守備に対する考えが浸透している1つの証しである。
今夏は県決勝で健大高崎高に10度目の夏の甲子園出場を阻まれた。目指す野球にブレはない。桐生第一高は秋も、重視するのは基本に忠実な守り。ブレない野球で5度目のセンバツを狙っている。
(取材・文=上原 伸一)
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