Column

県立上尾高等学校(埼玉)

2015.07.10

想いを込めて戦う「高校野球」

「やる、やらないの前に、やってないやろ!ただの練習じゃダメなんだよ!」
「お前には、『絶対捕る』という想いはないんだよ!」

 久しぶりに背筋がピンと伸びる思いがした。指揮官が練習を止め、選手84人を前に熱く語る言葉に門外漢が足を踏み入れることさえ拒むような緊張感がグラウンドに張り詰める。
ここは春3度・夏4度の甲子園出場・1975年には全国ベスト4に進んだ埼玉県高校野球部の雄・埼玉県立上尾高等学校のグラウンド。名将・野本 喜一郎監督から教えを受けたOB・髙野 和樹(こうの・かずき)監督就任5年目で31年ぶりの復活を目指す彼らの「今」と、伝統の「上尾髙校」ユニフォームの「髙・はしごだか」にも込められたチーム一丸の想いを探る。

鷲宮時代からブレない「泥臭く頑張る野球」

自らも故・野本喜一郎監督から指導を受けた髙野 和樹監督(県立上尾高等学校)

「今は泥臭く、頑張って戦っていくことが失われつつある時代。当然、それだけでは勝てないことも解りますし、ご飯をいっぱい食べさせ、ウエイトトレーニングなどをしていますから、現代の野球を否定しているわけではありません。でも、みんなで一緒にサーキットトレーニングをしたり、文字通り『犠牲バント』で自らが犠牲になりながら、一本を待つ野球をしてもいいんじゃないかと思いながら、鷲宮の時からやらせてもらっています」

 古くはNPB通算2081安打の名内野手・山崎 裕之氏(元:ロッテオリオンズ~西武ライオンズ)にはじまり、現在・東北楽天ゴールデンイーグルス二軍チーフコーチの仁村 徹さんもOB。高校野球界でも2013年センバツ優勝浦和学院森 士監督や1999年夏桐生第一(群馬)を全国制覇に導いた福田 治男監督など、数多くの名選手・名将の汗が染みついた埼玉県立上尾高校グラウンド。実戦さながら、いつ終わるともないランナー付きシートバッティングを鋭い目線で追いながら、髙野 和樹監督は語り出す。

 指揮官の言う通り、このスタイルは西谷 尚徳明治大~東北楽天ゴールデンイーグルス~阪神タイガース~現:立正大学教員)や、2006年高校生ドラフトでヤクルトスワローズ1位指名を受けた豪腕・増渕 竜義(現:北海道日本ハムファイターズ)を輩出した鷲宮監督時代からいささかのブレもない。

 ただ、2010年夏を終え、母校の指揮を執った当初は多少の葛藤もあった。


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[page_break:日頃の姿から大人になるために]

 なぜなら、上尾から50km以上離れた東秩父村から「凄い人にかかわりたい」と上尾高校野球部の門を叩き、1984年・2年生の夏に背番号「12」で聖地に立った自身も1年間、薫陶を受けた野本 喜一郎 監督のスタイルは「どっしり構えて、子どもたちに任せる野球」。

 しかも当時歴史の浅かった鷲宮と異なり、「伝統」という二文字が常にある上尾で、ドラスティックな改革はリスクを伴う可能性もあるからだ。
「野球の方向性や選手の質も違うので、少し変えようとも思ったんです。でも、高校野球というものはいつか負けるわけですから、才能のあるなし、今の子どもたちの気質にかかわらず、自分自身に勝っていこうとする想いや、自分の性格を変えていこうとする想い。苦手なことを強いることは大変ですが『そこで人間が磨かれる』と思って、この野球を続けることを決めて、母校でも続けています」

 現在は鷲宮時代からの縁で愛媛の強豪・新田今治西とも練習試合を組んでいる上尾。「攻める氣持ちを持って守りを固めて、1球1球に想いを込めて。氣持ちで勝っていく」がゆえに、全力発声で指示を出し集中する選手たちの姿勢は、両校の練習風景をも彷彿とさせるものだ。

日頃の姿から大人になるために

実戦さながらの走塁・守備が続いたランナー付きノック(県立上尾高等学校)

 ただ本来、上尾が目指しているものは「一糸乱れぬ統率」からさらに高いところにある。髙野監督は「ただの練習じゃダメ」の真意について話を移した。

「今日のミーティングでも言ったんです。『日頃の姿によって(周囲への)説得力は出てくるよね。そんな選手が打てばうれしいものだし、後輩たちへの励みになる』と。それが出てくれば上尾高校の野球に新たな魅力が出てくる」

「負けて泣くくらいなら、練習で泣け」
これも繰り返し話している髙野監督。確かに、ここには主力も控え選手もない。声が途切れることはなく、全員が練習で闘っている。そして指揮官はその様子を観察して的確に指摘し、魅力の根源から発展形に移そうとしている。

「『男らしさ』とはどういうことなのか、『カッコよさ』とはどういうことなのか。両親には感謝しなきゃいけないけど、両親より大人にならなきゃいけない部分もある。
ですから、練習試合では勝敗にかかわらず意図のあるプレーは褒めます。しきたりも含めて『感じられる人間』に育てていきたいんです」

 では、最後の夏を迎える3年生たちは何を「感じながら」上尾高校野球部での日々を過ごしているのだろうか?4番・ゲームキャプテンの阿部 拓人(右翼手・川口市立青木中出身)、一塁手と投手を兼ねる6番・田中 健太(日高リトルシニア出身)、練習キャプテンの8番・松本 泰成(中堅手・日高リトルシニア出身)。そしてグラウンドマネジャーとしてアップ時の統一感や、スムーズな練習を進める準備に気を配る山下 淳樹(上尾市立上尾中出身)の4人に集まってもらった。


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[page_break:「本当の想い」で私学強豪と戦う]

「本当の想い」で私学強豪と戦う

土埃が舞う中、2時間近く続いたランナー付きノック(県立上尾高等学校)

「私学に進むことも考えましたが、中学2年の時に冬の練習を見に行って『全員でやっている』ところに惹かれて進学を決めました」

 中学時代はいわゆる「全中」に出場。選抜チームの川口クラブでは12回U15全国Kボール野球選手権大会全国制覇。日本代表として佐藤 世那仙台育英<宮城>)2015年インタビュー江口 奨理浦和学院3年)、杉内 洸貴今治西<愛媛>3年)らと共に第7回BFAアジア野球選手権にも参加した阿部 拓人に代表されるように、ほとんどが髙野監督の作り上げる上尾野球部に憧れて入部を決めた3年生たち。

 新チームに入ってから昨秋は北部予選本庄東に、今春は県大会2回戦市立川越に敗れているだけに
「最初は『人間性を高めること』に反抗したくなる気持ちもあったが、一回心の中で見直していくことで周りからどう見られているかが理解できるようになった」
と松本も話すように、「技術以外のところ『勝ちたい想いで勝つ」ベースを鍛え続けた成果を、結果に結び付けたい想いは人一倍強い。

「自分たちが刻んでしまったものを払拭するのは自分たちしかない」(松本 泰成
「なぜ上尾に来たのか、その想いを見せるために頑張りたい」(田中 健太)
「最後の夏に勝つためにみんなやってきた。その中で氣持ちを持って戦えるか」(阿部 拓人

 一方で最後の夏が終わっても上尾野球部は続いていく。そういえば途中、最も下級生と接する機会が多い山下 淳樹はこんな話もしてくれた。

「髙野監督や自分たちが上尾を去った後にも、この野球は残ってほしい。監督からは『後輩たちのことは気にするな』と言われているんですが、自分と向き合うことを浸透させるために下級生には話をしています」

「本当の想い」はこうやって伝統になっていく。そんな選手たちに髙野監督は想いを改めて託した。
「『形式ばったものでなく、本当の想いで戦いにいきたい』。そう毎年思っています。想いで上回って崩れなければ浦和学院をはじめ、たくさんある私学の県内強豪校相手にもチャンスが出てくる。なかなか勝っていけない現状がありますが、今年もチャレンジしたいですね」

 指揮官と指揮官を慕う選手たちの「縦の線」。選手同士の信頼しあう「横の線」が交わったチームが高みへ到達する。歴史によって方法論は変化すれど、これは高校野球において普遍の原則だ。

 そして彼らの志す道は「上尾高校の野球が好きな集団」。その代表格として野本 喜一郎監督時代から脈々と引き継がれる「上尾髙校」の「はしごだか」ユニフォームをまとった選手たちは、7月11日(土)[stadium]県営大宮球場[/stadium]で東北(宮城)・九州国際大付(福岡)を経て若生 正廣監督が約四半世紀に復帰した「私学強豪」の1つ・埼玉栄との1回戦を戦う。

(取材・写真:寺下 友徳


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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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