Column

出水中央高等学校(鹿児島)

2015.06.28

「鶴の町」から、目指す半世紀ぶりの甲子園
「流れ」「連携」を大事にする野球

 出水中央がある出水市は、鹿児島県と熊本県の県境にある。出水平野は、冬になると毎年約1万羽を超える鶴が越冬のため飛来する「鶴の町」として有名だ。市内の出水出水工出水商出水中央の4校に野球部があり、「野球熱」は高い。野球殿堂入りを果たした外木場 義郎氏(元広島)は出水高校の出身である。この町から甲子園出場校が出たのは1960年。選手権の代表校を毎年鹿児島から出せるようになった最初の夏に、出水商が[stadium]甲子園[/stadium]の土を踏んだ。

 毎年5月の連休明け頃に、4校でトーナメント戦をする「出水市長旗」という大会がある。「これは出水商の甲子園出場の翌年から始まったものなんです」と出水中央荒木 淳監督。以来半世紀、「鶴の町」からの甲子園出場校はない。出水中央は、昨秋ベスト8今春ベスト4NHK旗ベスト4とこの1年間安定した成績を残し、この夏は第4シードに選出された。今年チームで掲げた年間目標は「日本一のチームを作る(全国制覇)!」。高い志を掲げ、鶴の町から半世紀ぶりの甲子園出場をこの夏にかける。

メジャーリーガーから学んだ投手育成術

荒木 淳監督(出水中央高等学校)

「良い雰囲気で、良い声が出るようになりました」
荒木監督の表情が明るい。取材に訪れた日は雨で、室内練習場での練習がメインだったが、インタビューをしている監督室まで、威勢のいい掛け声が聞こえてきた。グラウンドは学校から2キロほど離れた場所にある。

 4年前の秋に室内練習場ができ、つい先日は選手の着替えなどが便利になるようロッカールームが改修され、グラウンドには土が入って水はけが良くなった。OBで20数年前、同じグラウンドで汗を流した荒木監督は、年々充実してくる設備に感謝すると同時に、「結果を出して恩返しをしなければ」という使命の重さもひしひしと感じている。

 荒木監督は高校卒業後、1年浪人して大阪体育大に入学した。レッドソックスの上原 浩治関連記事)と同級生である。「上原から学んだことが投手育成の柱になっています」と言う。
遠投と、走り込みによる下半身強化、体幹の強化、この3つが基本にある。何よりも大事なのが走り込みで

「投手陣には1週間で100キロ、冬場は150キロのノルマを課しています」(荒木監督)

 シンプルな持久走からポール間走、近距離のダッシュなどあらゆるランメニューがあり「走れない投手は信頼できない」(荒木監督)と言い切るほど、重視している。

「最初は嫌で仕方がなかった」と語るエース溝口 凌平(3年)も「今では走ることが楽しくなってきた」。2年生の冬場は週200キロ走ったこともあったという。そのおかげで「スタミナがついて、終盤になってもしっかり下半身を使って投げられるようになった」という。

 遠投は、フォーム固めやコントロールをつけるためにやる。距離は約40メートル。この距離をしっかりと下半身を使った正しいフォームで、低く、正確に相手の胸に投げる。
「40メートルの距離が正確に投げられれば、18.44メートルは楽にコントロールできる」(荒木監督)

 雨の日で遠投はやらなかったが、投手陣は雨の当たらないベンチの中を使って腹背筋、スタビライゼーションなど、体幹を中心に投球に必要なパーツの強化で汗を流す。ブルペンでの投げ込みは「気が向いたときにすればいい」と荒木監督は話す。

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僕らの熱い夏 2015
第97回全国高等学校野球選手権大会
【ひとまとめ】2015年の全国各地の高校野球を占う!
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掲げる目標を高く

今年の年間目標は「日本一のチームを作る!」(出水中央高等学校)

 2015年の目標を「日本一」に掲げたのは理由がある。昨秋準々決勝神村学園に5対10で敗れた。6回終了時点で0対7と一方的な展開であり、相手がエースを下げた7回に集中打を浴びせてコールドは免れたが、力の差は歴然としていた。
この差はどこからくるものなのか?いろいろなことが考えられた中で、荒木監督は「掲げる目標の差」に思い至った。

 神村学園の監督、選手は常に「全国制覇」という目標を口にする。県大会で優勝しても歓喜を爆発させることなく「あくまで通過点」と平然と言ってのける。片や、出水中央の選手たちは甲子園を口にする選手もいる一方で、「ベスト4で全校応援」と語る選手もいる。チームの「行く先」が定まっているチームと、そうでないチームでは、日頃の練習に対する意識、取組みに差が出てくるのは必然であり、それが結果に表れているのではないか?

 昨年の冬季トレーニングに入る前に、部員たちとミーティングを重ねる中で、2015年の目標を「日本一のチームを作る(全国制覇)!」と掲げ、そこに至るまでの各月や各大会の目標を定めた一覧表を作った。
例えば今年4月の春の県大会は目標を「優勝」と掲げ、下位目標は「ベスト4」、5月のNHK旗はそれぞれ「優勝」と「決勝進出」である。結果はNHK旗ともベスト4。無論、高い目標を掲げ、取り組みが変わったからといって、結果がついてくるとは限らない。大事なのは「なぜ目標達成できなかったか?」を分析し、これからにフィードバックすることだ。

 例えば、NHK旗準決勝では、神村学園に6点先制されながら、中盤盛り返して逆転した。7対6の1点差で迎えた8回二死一塁の場面。センター前のライナーの打球をセンターが弾いて、同点に追いつかれた。その選手にとっては、公式戦で初めてのエラーであったが、「『勝ち』を意識してしまい、集中力が切れて迷いが出てしまった」とのちに振り返った。一つもミスが許されない場面で、いつも通りのプレーができるためにはどうすればいいか。「それが自分への課題」と考えている。

 そのシーンをビデオで見直して、荒木 淳監督は気づいたことがあった。相手は左打者。センターから逆方向の打球にはドライブがかかる。そこを見越して左中間寄りにポジショニングしなければいけないのに、センターが守備位置についていないうちに、バッテリーが投球動作に入ってしまった。荒木監督にとっては、そこを徹底しきれなかったがゆえに起こったエラーだったと結論付けた。

 別のシーンではこんなこともあった。送りバントの場面で、ファーストとサードが前進してバントシフトを敷く。ここでセカンドはファーストのベースカバーに入るのだが、そのタイミングがあまりにも早過ぎるように思えた。
「ビデオで見ていて、画面からセカンドが消えるのが早過ぎる。俺が打者ならそこを見越してプッシュバントするね」
と荒木監督。選手もまた「打者の動きまできちんと見極めて動かなければ」と自分が取り組むべき課題を明確にしていくのだった。

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第97回全国高等学校野球選手権大会
【ひとまとめ】2015年の全国各地の高校野球を占う!
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「流れ」「連携」を大事に

練習後のミーティング(出水中央高等学校)

 荒木 淳監督は投手を中心とした守備のチーム作りを基本に掲げる。中でも試合の「流れ」を読み、各野手の「連携」を大事にすることを植え付けている。
各野手は守備に入るとき、声を掛け合って確認作業をする。ベンチにいる間に、スコアブックを確認し、次に出てくる打者が前の打席でどんな打球を打ったかを確認する。相手がどんな打者であるかの「予習」ができていれば、打球に対して予測し、反応するスピードも速くなる。

 目指すのは「バッテリーを除く野手7人がヒット性の当たりを1試合で最低1本止めること」だ。神村学園など、県トップクラスの強打のチームが相手なら、ヒット性の当たりを10数本打たれることは覚悟しなければならない。しかしそのうち7本をアウトにできれば、ヒット数は1桁になり、ロースコアの接戦に持ち込める。

 基本的な技術取得ではキャッチボールを重視する。雨天練習場で、10メートルの近距離で野手がキャッチボールをしていた。締めくくりは、片方が座って構えたミットに10球連続ストライクを投げる。ただ漠然と投げているような野手が多いと感じた荒木監督は、何度もやり直しを命じた。
「お前ら、このぐらいの距離でストライクが投げられないのに、ピッチャーに『ストライクを投げろ!』って言えるのか?」

 流れ、連係、チームメート同士の心のつながり…出水中央が掲げる野球の「スピリット」がこの練習の一コマに象徴されているように思えた。

出水から甲子園へ

 2013年春のセンバツでは尚志館が大隅半島から初の甲子園出場を果たした。翌14年春は21世紀枠で鹿児島大島が鹿児島の離島勢初の[stadium]甲子園[/stadium]の土を踏んだ。その年の鹿屋中央が大隅初の夏の甲子園を勝ち取った。鹿児島市内の鹿児島実樟南鹿児島商の御三家や神村学園などが甲子園代表校を独占していた序列が崩れ、地方から初出場の流れがこの2年間続いている。「今年は自分たちが初出場をする番」(野﨑 皇汰主将)と意気込む。そういった「流れ」を感じ取って、自分たちの力にすることも大事な要素だ。

 出水中央の野﨑、出水井手口 夏輝(3年)、出水商葉山 悠人(3年)、加えてれいめい火ノ浦 明正(3年)、この4人の主将に共通するのは全員が出水市の高尾野中野球部出身ということだ。「休みの時にたまに会うと『今年は北薩から甲子園に行こうぜ』と話しています」と野﨑は言う。出水市内だけなら55年ぶり、れいめいも含めた北薩勢としては1980年川内実(現れいめい)以来35年ぶりの甲子園を目指す意気込みで、互いに切磋琢磨している。

「食事の時間です」。練習の合間、アナウンスが聞こえると、選手たちが三々五々とバックネット裏に集まって丼1杯の卵かけご飯を食べる。準備しているのは同窓会長の椎木 重治さんと妻・栄子さんだ。
「市内の選手に比べると、身体の線が細い」と感じていた椎木さんは、昨年9月、同窓会の集まりがあった際に、野球部を盛り上げていくアイディアとして提案した。昨秋の県大会が終わった頃から、グラウンドで練習がある日は毎回、卵かけご飯を提供するようになった。

 1日に炊く米は約6.5キロ、卵は45個。かなりの重労働だが、「子供たちや保護者から感謝されるとうれしい」。日々、食事をする姿を眺めていると身体も少しずつ大きくなり「子供たちに勝ちたい意欲が出てきた」と感じる。何より「一緒に食事をしながらチームワークがついてきた」ことを喜ばしく思っている。野﨑主将は「こんなにしていただいたことを結果で恩返ししたい」と心意気を感じている。

 半世紀前、出水商が甲子園に出た夏、椎木さんは中学生だった。「鶴の町」が大いに沸いたことを鮮明に覚えている。「故郷や母校に対する想いは人一倍強いです。あのときの興奮が再現できたら良いですね」と思いを馳せていた。

(取材・文=政 純一郎

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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