県立坂戸西高等学校(埼玉)
「日本一の体育祭を実践していく自負で、私学の壁を乗り越えたい」
スポーツが盛んな公立校として、埼玉県内では知られる存在の坂戸西。東武東上線の坂戸駅で越生線に乗り換えて二駅、西大家駅で下車。そこから、徒歩で数分すると、東京国際大の広大なキャンパスがあり、その野球場などを通り過ぎると坂戸西が隣接している。
その東京国際大の環境を目の当たりにするだけでも、モチベーションは上がっていく。
埼玉の勢力図に切り込んだ坂戸西
トスバッティング(県立坂戸西高等学校)
その以前から、坂戸西は恵まれたグラウンドと体育館などで、各運動部も盛んに活動していた。男子バレーボール部は全国大会にも出場経験を持つ強豪で、全日本代表の米山 裕太(東レアローズ)など、Vリーグで活躍するような選手も輩出している。また、体育祭の盛り上がりは高く評価されており、“日本一の体育祭”と称されて、地元紙でも何度か紹介されているくらいに注目されている。
そんな環境に刺激を受けて、野球部も負けじと熱い気持ちで日々の練習を重ねている。OBには佐藤 充(現中日スカウト)や伊藤 和雄(阪神)などのプロ野球選手もいる。甲子園には届いていないが、かつて春夏合わせて2度埼玉大会の決勝にも進出したという実績もあり、甲子園を意識できる位置にいる。
80年代までは上尾、熊谷商といった公立校がリードしていた埼玉の高校野球である。しかし、ここ20年くらいは浦和学院や春日部共栄、花咲徳栄といったところに代表される私学の有力校が甲子園出場には近い存在となっている。そんな勢力構図に、切り込んでいきたい坂戸西である。
5年前には、秋(試合レポート)春(試合レポート)とベスト4に進出して甲子園に手が届きかかったが、いずれも浦和学院に阻止されている。そんな、私学の壁に泣かされ続けてきた。
今年のチームの秋季大会は県大会で正智深谷を撃破したが、春日部東に3回戦で敗れてベスト16止まりだった。それでも、その春日部東がベスト4にまで進出しており、チームとしてもある程度力はあると感じられていた。ところが、春季大会では西部地区ブロック予選で秋は勝っている入間向陽に敗れた。
野中 祐之監督は、勝負弱さを実感したという。そのために、「1対0で勝つことができるチームを目指していきたい」という考えを改めて強く持って、練習メニューも変えるなどの工夫をするようにした。
三自の精神を徹底し、勝てるチームにこだわる
三自の精神(県立坂戸西高等学校)
現在は、「我慢強い守りができるチームを作っていきたい」ということをテーマとしている。
過去の経験からも、「いいチームを作ることよりも、勝てるチームを作っていきたい」という気持ちをより強く打ち出している。それだけ、勝負に対するこだわりを示していきたいということであろう。また、裏を返せば、これまでの経験も含めて、いいチーム作りはできているのだから、それだからこそ結果を出すことにこだわっていきたいということでもある。
そのことは、選手たちも実感している。主将でもある笠原 祥吾君は、夏へ向けての最大のテーマとして、ピンチになった時の対応力を挙げている。そのためには、
「一人ひとりが責任をもって、チームのことを第一に考えるようにしていきたいと思っていましたが、それができるようになってきました」
と、チームとしての成長を感じている。また、3年生は部内の仕事としては全員が責任担当を持つことにしており、そのことによって自分自身の責任と自覚を見出し、チーム全体のことを常に考えられる姿勢が作り上げられるという意識を育てている
。
チームの精神的モットーとしては、「三自の精神」というものを掲げている。この「三自」とは、「自発・自活・自覚」である。これは、監督室にも貼られているもので、選手たちも日々の練習やミーティングの中でも、何度も確認しあっている言葉でもある。
それぞれの言葉の具体的な内容を示すと、
自発…何事に対してもアグレッシブに挑戦する
自活…自分を厳しく管理する
自覚…自分の立場、役割、状況をわきまえる
以上の三つということになる。
この意識が徹底できていくことで、高校生としての成長もあるのだということである。そのことは、選手たちも日々の練習の中でも認識している。大竹 正将君は、
「これは、私生活にもかかわってくることだと思っていますけれども、高校生として、自分から動かなくてはいけません。自分から動けば、気持ちも前向きになっていきます。自分自身でも、成長したところはあるなということは、感じるようになりました」と、自信を持って語っている。
そして、「だから、この学校へ来てよかったと思っています」と、野球部活動を通じて、母校愛が確実に育まれているのだ。全体練習終了後には、全員で校歌を歌うなどし、心を一つにして意識を盛り上げていくということもしている。
こうして、「どんなに厳しい局面になったとしても、チーム全員が諦めない気持ちを忘れないで、最後まで戦ってきたい」と、笠原君は強い意識を持っている。
環境を刺激にして
春からの課題としては、大事な場面であと一本が出なかったということもあって、「強い打球を打つ」ということと、やはりチャンスを確実にものにしていかなくてはいけないということから、「バントを確実に一発で決める」ということを掲げている。
特に、「1対0で勝てるチームにしていきたい」という意識は、選手たちにも徹底されている。そのためにも、緊迫した場面で自滅しない精神力の強さも必要になってくる。また、バントに関しては、相手に警戒されている状態、読まれていても確実に決めていけるようにということを意識している。つまり、どんなプレッシャーのかかる場面であっても、これまでやってきた自分たちのプレーを確実にこなしていくこと。それが目指す僅差の試合をものにしていく姿勢となっていくのである。バントを一発で決めるというのは、その最たるものといってもいいだろう。
ロースコアでの勝利を目指していきたいという根拠としては、投手が安定しているということもある。エースとして予定している左の弘井 雄大君は大きなカーブが持ち味で、打者のタイミングを狂わせるトリッキーな投球ができる。打たれそうで打たれないタイプともいえようか。また、長身右腕の梶 瑞貴君も安定した投球で試合を作れる投手なので安心できる。
目指す攻撃の形としては、センスのいい秋山 健太君が何らかの形で出塁して、それを堀 誉弘君が進め、チャンスを広げていく。そこを確実性のある笠原君や、チームで一番の飛距離と強い打球を打てる関口 陽平君と、ムードメーカーでもある湯川 大輝君が帰していくというパターンである。そして、その得点を安定した投手を中心とした、しっかりしたディフェンスで守り切っていくという形を理想として求めている。
笠原 祥吾君(県立坂戸西高等学校)
スポーツの盛んな坂戸西である。笠原君は、
「自分だけじゃなくて、みんなスポーツが大好きなので、この学校はいい環境だと思っています。みんなほかの部活も一生懸命にやっているので、負けたくないという気持ちにもなります。それに、体育の時間などで野球以外のスポーツをやった時に、野球部同士だと上手にコンビネーションが決まったりしますから、そんなときには結束力があるなと感じています」
と、スポーツの盛んな学校という中で、部員同士もさらに結束を高めていっているようだ。
野中監督も、「この環境はいい刺激ですよ」と、目を細める。こうした学校全体の持つ明るさと、元気の良さを活力として、坂戸西は3年生29人がそれぞれの役割を認識しながら、この夏快進撃を目指している。
「夏までの練習時間も限られていますから、ノックでの1球、ティーバッティングでの1球、打撃練習での1球、すべての1球を大事にして集中していきたい」と、笠原君はじめ、選手たちの思いは強い。
(取材/文=手束 仁)