市立須磨翔風高等学校(兵庫)【前編】
2009年に神戸西高校と須磨高校が統合し、誕生した須磨翔風高校。年々、着実に力をつけ、今年の春季大会では初の県ベスト4に食い込む快進撃を見せた新鋭校を訪ねた。
効率よりも大切にしたいもの
「現在部員は3学年トータルで88名です。新1年生が37名入部したのでぐっと増えました」
兵庫県神戸市に位置する須磨翔風高校。校舎に隣接する野球部グラウンドに到着すると就任5年目を迎えた中尾 修監督が出迎えてくれた。
フリー打撃の様子(市立須磨翔風高等学校)
大所帯の部類に入る人数だが、須磨翔風では選手によって練習メニューに差が生じることがないように練習スケジュールが組まれている。
「せっかく高校野球の舞台としてうちの野球部を選んでくれたわけですから。量的な部分で多少の差はどうしても出てしまうのですが、こなす練習メニューには不公平が出ないように留意しています。だから1年生であっても上級生同様に、夏の大会直前であってもバッティング練習の機会は与えます」
平日の基本練習時間は16時半から20時まで。グラウンドはラグビー部とサッカー部との共用のため、バッティング練習は18時以降にしか行えない。その上、近隣住民との取り決めで19時以降は音のうるさい金属バットの使用は不可。勝利への効率を考えればレギュラークラスに的を絞ったスケジュールを組みたくなりそうなものだが、中尾監督にそんな発想は微塵もない。
「勝つことを考えたら確かに効率は悪いのかもしれません。でも、ここをきちんと押さえた上で勝てるチームを目指したいんです」
真のフォア・ザ・チーム精神を育みたい
須磨翔風の最終ベンチ入りメンバーは毎年、県予選の初戦前日に発表される。
「ギリギリまで引っ張ります。最後まで同じ練習メニューを全員に与え、同じ土俵の中で戦わせたい。そこまでやってはじめてベンチに入れなかった選手たちに納得の要素をあげられるんじゃないのかなと。だからうちではレギュラーやベンチを外れた選手が辞めたり、腐ったりというケースがほとんどないんです」
選手たちへの最大限の配慮は、選手たちの強いチーム愛をも育む。今年は5月の段階で2名の3年生が学生コーチへの転身を希望。裏方としてチームをサポートする道を志願したという。
「チームのためという一心で自身のプレーヤーとしての高校野球生活にピリオドを打った二人です。なかなかできないこと。頭の下がる思いです」
左から学生コーチ・末川 勇人選手、堤 敦也選手(市立須磨翔風高等学校)
中尾 修監督に2名の学生コーチ、堤 敦也君と末川 勇人君を呼んでいただいた。
「野球は自分一人でやるスポーツではなく、チーム全員で一丸となって行うスポーツ。自分は裏方に回った方がチームのためになると判断し、親と相談後、5月の半ばに学生コーチへの転身を決意しました」(堤)
「堤の一週間後に決意しました。夏にベンチに入る可能性が途絶えることはたしかに残念な部分ではあったんですけど、割り切ってサポートに徹した方がチームのためになると判断しました」(末川)
学生コーチとしての仕事はアップの指示や守備練習時のノック、下級生の指導、けが人の対処と多岐にわたる。
「選手時代よりもチームのいろんな面が見えてくるんです。チームに悪いところがあれば裏方からみた意見をきちんと述べるようにし、ケガの対処法の勉強なども今、猛勉強しています」(堤)
「残された時間は少ないけれど、最高のサポートで甲子園出場に貢献できるよう、最後まで頑張っていきたいと思います」(末川)
凛とした目で語る二人。その言葉を聞いているだけで、このチームに人が集まり、年々強くなっている要因の核心部分に触れられたような気がした。
奇襲はしょせん奇襲どまり
現職に就く前は、2校にまたがり、中学軟式野球の指導者を10年間務めた経歴の持ち主である中尾監督。
「中学の指導者時代は軟式野球特有の細かい作戦を多用して勝ってきたので、高校野球においてもそういったことをやれば相手が嫌がるかなと最初は思っていました」
トレーニングを行う選手(市立須磨翔風高等学校)
しかし、ことは中尾監督の思惑どおりにはいかなかった。活路を託した細かい作戦は、私立のパワーとスピードの前では、歯が立たないことを思い知らされた。
「『公立校は私立強豪とまともに正面から張り合ってはいけない、奇襲を仕掛けていかなければ』と決めつけ、細かい野球に走ってしまいましたが、奇襲はしょせん奇襲どまりだなと。そういった細かいところをしっかりと残し、追求しつつ、個々のパワーというものもしっかりとつけていかなければ、チームの底上げは果たせない。そのことに気づいたのが4年ほど前ですね」
以来、練習中の補食を習慣化し、ウエイトトレーニングも本格的に導入。そしてシーズン中でも最低40分間の瞬発系、体力強化系メニューを練習スケジュール内に組み込んだ。グラウンドで練習している選手たちの体つきは私立強豪校のそれと見間違うほどに総じて立派だ。
「練習時間がそう豊富では無いので、毎日40分間も体力強化メニューを行うとなると、練習時間に占める割合は結構高くなってしまいます。しかし、ここを妥協してしまっては、私立と渡り合えるチームは作れないと思っています」
ボールを使った練習時間は当然減る。しかし、それは結果的に選手たちに「ボールを使った練習に飢えた状態」をもたらす形となった。
「そのせいか、うちのチームは各選手の自主練習への意気込みがすごいんです。何も言わなくても、各自が驚くほどに積極的に自主練習を行う。こちらが言うまで誰も帰ろうとしませんからね。やらされる練習にはやはり限界がある。選手たちの意識を上げ、練習に少し飢えた状態を作ることが出来れば、選手たちはこれほどに能動的に取り組むことができるんだということを私自身も選手たちを通じ、学ばせてもらいました」
ここまでは須磨翔風が強豪になるまでの過程を描いた。後編では、なぜ須磨翔風が基礎練習にこだわるようになったのか。その理由に迫った。(後編に続く)
(取材/文=服部 健太郎)