Column

天理高等学校(奈良)

2015.06.01

「甲子園出場」ではなく「全国制覇」が目標

 全国屈指の強力打線を誇る天理。旧チームから中心選手が残り昨秋の近畿大会では準々決勝で優勝候補筆頭の大阪桐蔭を撃破。昨夏の甲子園で優勝を果たした大阪桐蔭は下級生に力のある選手が多く、新チームの前評判は日本一に輝いたチームより高いものだった。

 その大阪桐蔭を破った天理は勢いそのままに神宮選抜にも出場。上位進出はならなかったがスイングの鋭さは際立っていた。2季連続の甲子園出場、そして3度目の夏の日本一を目指し練習に励む5月上旬、16時に始まった全体練習は19時に終了し、その後は自主練習の時間となった。翌日には公式戦を控えており朝早くの出発。それでもレギュラーメンバーを含めほとんどの選手が帰らない。ナイター照明に照らされたグラウンドではコーチや部長ら4人が並んでノックバットを振る。

 もちろん他にもティーバッティングをする選手、守備練習をする内野手、ワンバウンドを止める練習をする捕手など各自が課題を持って取り組んでいた。「甲子園出場」ではなく「全国制覇」を目標に掲げる天理にとってはこれが当たり前の光景。「みんな夏は全国制覇を目標に置いているので」と、クリーンアップを任されている冨木 崚雅(3年)の一言が全てを物語っていた。

学年問わず熾烈な競争が強さをもたらす

打撃練習の様子(天理高等学校)

 練習場である[stadium]親里競技場[/stadium]は学校からも寮からも程近く、野球場の他にもラグビー場やサブグラウンドなどがあり、最大4人が同時に投げられるブルペンの前には春1回、夏2回の日本一を示す記念碑が建てられている。

 練習は拝礼から始まり拝礼で終わる。全員が揃って天理教の神殿の方角に3度拝礼、指導者と向かい合って拝礼、グラウンドに拝礼。そして校歌を歌ってからアップが始まる。

 約30分体をほぐすと、マシン3ヶ所、打撃投手1ヶ所のフリーバッティング。その後はキャッチボール、シートノックを行い、最後のランニングメニューへと続く。メニューの前後にはキャプテンの貞光広登(3年)を中心に選手でミーティングを行う。

「明日も外野が深いと思うから、緩い変化球を、逆方向まで行かなくてもセンター返しで。しっかりと低くて強い打球を打とう」
「守備が課題なんやからしっかりアウトを取れるように1つ1つ丁寧にやろう」

 シートノック後にはコーチを交えて、ランナーがいる場面でのフライ捕球後に中継がボールキープする動きについて確認。守備面での夏の目標を全試合ノーエラーとしているだけに、求められるプレーの質は高く細かい。

 タレント集団を束ねる貞光も、入学当初は「3年生のレベルが高くて、同級生にも大きい選手が多くてやっていけるか不安でした」という。プロ注目のスラッガー・坂口 漠弥(3年)は「グラウンドや設備が整えられていて、先輩は全国レベルの人ばかり。ここでやれるように頑張ろうって思いました」と入学時の印象を語り、1年時からベンチ入りを果たしている森浦 大輔(2年)も「5月にシートバッティングで投げさせてもらったんですけど、ボコボコに打たれました」と強打の洗礼を浴びた。

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 夏に強いチームから学ぶ
第97回全国高等学校野球選手権大会
僕らの熱い夏 2015
【ひとまとめ】2015年の全国各地の高校野球を占う!
[page_break:夏に強い選手は「バテない」]

 高いレベルの選手が揃うだけに競争は毎年熾烈。全体練習後のノックで「外野フライがもう見えにくいです」と言っても「今、やらんかったら明日も捕れんやろ」というやりとりが行われていた。

「こいつら、まだまだですから」
好選手が揃う今年のチームについてもコーチは謙遜することなく本音でそう言い切った。そんな日々を毎日のように過ごし競争を勝ち抜いて、初めてスタメンに名を連ねることが出来るのだ。

 最後の夏では全国制覇を果たしたい。そういう思いが、どの選手も、夜遅くまで自主練習に打ちこみ、そして力をつける原動力となっているのだ。

 今年1番を打つ舩曳 海(3年)、2番を打つ齋藤 佑羽(3年)は共にかなりの俊足の持ち主で出塁率が高い。齋藤は背番号1を背負う主戦投手だが、1年の冬から野手兼任で、全国的にも珍しい2番・投手となった。3番の貞光広登はどんなタイプの投手も苦手とせず高打率をマークし、坂口は長打力が魅力の頼れる4番。勝負強い冨木崚雅が5番を打ち、下位打線にも1発のある選手が並んでいる。

夏に強い選手は「バテない」

ダッシュの様子(天理高等学校)

 選手の技術を向上させると同時に状態を上げるのも夏を戦う上での重要な要素。橋本 武徳監督によれば夏に強いのは「バテない子」だという。そのための冬のトレーニングであり、シーズンが始まっても走り込みは継続的に行う。チームとして夏にピークを持ってくるための調整方法としては「6月にとにかく追い込んで、一旦調子を落とさなければいけないんですけど、試験が終わったらすぐ試合なんでね。コンディションを整えて調子のピークを大会に入っていけるように」と話す。

 追い込む練習をするのは6月半ばまでで、その後はコンディションを重視。特に投手の疲れについて言及していた。気温の高さに加えて、土日に試合が組まれ試合間隔の空く秋や春と違い、夏は勝ち進むほど過酷な日程が待ち受ける。

ベテランの橋本監督にとっても「もちろん試合は全部勝ちたいですけど、夏は負けたら終わりですから、緊張感は秋とか春とは違いますね」とやはり特別。

 チームとしての調整は順調ながら、絶対的エースの不在というブルペン事情の影響が出たのが昨夏の決勝戦だった。
相手は県下最大のライバル・智弁学園。前日に行われた準決勝、畝傍戦で信田 悠輔(3年)が完投したため先発には当時1年生の森浦 大輔を抜擢した。

「思い切って使ったんですけど、緊張してました」

 決戦戦の先発という大役を当日の朝言われた森浦は、本来の力を発揮出来ず立ち上がりに4失点。終盤の猛追であわやというところまで追い上げるも結局6対8で敗戦。あと一歩のところで甲子園出場を逃した。それでも橋本監督が「本人も悔しくて夏から一生懸命やって良くなった。負けん気の強い子でいいボールを持っている。コントロールも良くなった」と話す森浦は近畿大会準々決勝大阪桐蔭戦で2失点完投勝利。悔しい夏の敗戦から3ヶ月後、先発を言われたのは同じく当日の朝だったが文句なしの好投でチームを甲子園に導いた。

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負ける度に強くなる

練習後の拝礼(天理高等学校)

 森浦 大輔の成長がそうであるように天理は負けから学ぶことでチーム力を高めてきた。引き分けが1試合あっただけで連勝街道を突き進んだ新チームは、神宮仙台育英に完敗(試合レポート)。しかし橋本 武徳監督はその敗戦があったことで、慢心せず冬の練習に取り組めたと前向きに捉える。

「上には上がいると勉強になった。きつい練習にみんなよく耐えた」
トレーニングの専門家を外部から招き体幹強化の新メニューを導入。
選手は「きつかったです」と本音を漏らすがフィジカル面の強化に成功した。しかし、優勝候補の一角と期待され臨んだ選抜健大高崎に1対3で敗れ、2回戦で敗退。

 橋本監督も貞光 広登も、打線の力は50%も出せていないと口を揃える。
「全体の力で勝てるチームを、和を大切にしたい」というのが橋本監督の目指すスタイルだが、貞光 は「チームのためにという気持ちが薄かった」と感じていた。

 俺が俺がという気持ちが悪い方に出ての敗戦からちょうど6週間後、再びまさかの敗戦を味わうことになる。春季大会の準決勝、奈良高田商を相手に1番・舩曳 海の三塁打から始まった初回の攻撃で幸先よく1点を先制。4回にも二死からの4連打で3点を追加し試合を優位に進める。しかし5回に2点を返されると、2点リードの9回にエラー絡みで4失点。土壇場で逆転を許すと、最後の攻撃でランナーをためるもあと1本が出ず。智弁学園と奈良大附が共に2回戦で敗退するという波乱然り、野球の怖さを改めて痛感する大会となった。

 短期間に2度、実力を発揮出来ずに終わる敗戦を経験し、3年生は夏の目標をこう語ってくれた。
「個人としてはあんまり無いんですけど、キャプテンとしてやるべきことをやり、チームのために大きい存在、いないといけない存在になりたい」(貞光広登
「県大会でも甲子園でもホームランは打ちたいですけど、チームのためにチャンスで、ここっていう場面で打ちたい」(坂口 漠弥
「自分だけじゃなくて、打たせてとって、守備からリズムを作れるピッチングをしたい」(齋藤 佑羽

 そして2年生ながら主力投手として活躍する森浦 大輔
「先輩達と一緒に甲子園に出て、全国制覇を目指して頑張りたいです」とチームを意識した言葉が並ぶ。

 元々高い能力を持った選手達が、野球の怖さを知りフォアザチームの精神を身につければ、この先の天理に隙は無い。1986年夏の優勝メンバーである中村 良二コーチ(元近鉄~元阪神)は天理の野球について「やっぱり打線、攻撃力。昔から攻撃力で勝利をつかんでいる。そこにいいピッチャーが加われば甲子園でも上位に行ける」と話す。

 強力打線ばかりが注目されるが投手陣も齋藤、森浦の両左腕を中心に、王子 修(3年)、仲野 芳文(2年)の2人の右腕が冬に成長、更に左腕の野田 侑平(3年)を加えて層が厚くなった。の敗戦を冬の強化につなげ、の敗戦で精神的にも成長。負ける度に強くなった天理はこの夏、本気で頂点を狙っている。

(取材・文=小中 翔太

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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