開星高等学校(島根)【後編】
後編では、開星の強さをもたらす練習の取り組み方、そして開星の強打を作り上げる「選球体」の全貌が明らかになる。
「ファミリー練習」での多種多様な効果
「ファミリー」と呼ぶ班別に書かれた野球ノート(開星高校)
こうして話を進めていくと、監督室の扉が開いた。立っていたのは、昨夏甲子園・大阪桐蔭戦(試合レポート)でも「7番・左翼手」として先発。初回にはチーム4点目となる適時打を放った主将・石原 司である。
「監督、今日は何をやったらいいですか?今日はフリーバッティングをする予定にはしていますが」
「じゃあ、それでいこうか」
数多くの「?」が湧く。いったい、どういうことなのか?
「冬場の練習は選手に任せているんですよ」
グラウンド外での個性的なスタイルが話題を呼んだ野々村 直通・前監督のイメージからして「超スパルタ」を想像していた練習。ところが、開星における冬場の練習メニューは選手たちが決めているのだ。
この風習が生まれたのはちょうど1年前である。「これまではAとBとで20人ずつ分けていたが、モチベーションの差が生じているのを感じていました。少人数だと教え合って、引き上げる形がとれるのではないかと考えた」山内監督は、レギュラー9人中5人が残った完成度を見て、この手法を取り入れることを決めた。
具体的には6人7班。「ファミリー」と呼ぶ班ごとにテーマを決め、練習メニューを決めて実行。練習の反省を日々ノートに記し、山内監督に提出する。メニュー作成は全て自由。筋トレだけで終了してもいいし、オフにしてもいい。さらに昨年の春前、山内監督は選手たちを前にこう公言した。
「夏の島根大会の20人はお前らで背番号から全部決めろ」
結果は昨春県大会優勝・中国大会準優勝。そして3年ぶりの選手権島根大会制覇。「ファミリー練習」は多種多様な部分に好影響を与えた。
そのイズムは「子どもたちに『どうする?』と聞いたら『やる』と言ったので、今回は7人6班(うち1班のみ6人)で組ませている」(山内監督)現チームにも引き継がれている。
「一年前は金築 翔太さん(昨夏の5番・三塁手・大阪体育大学進学予定)が背中で見せてくれた」記憶を持つ安食 祐汰三塁手は「ファミ練」(「ファミリー練習」の略称)効果をこう話す。
「教え合ってお互いを評価することで課題が判るようになりました」
さらに言えばこの班分けになると、前編で記した「1ヶ月2㎏」の体重増加ノルマも全く手が抜けない。もし1人体重増加競争で脱落すると、7人でするべきことはたちまち困難な状況に陥ってしまうのだ。
実際、この冬場に体重ノルマを達成できず、全体練習から外れた経験を持つある選手は、チームやファミリーへの責任を痛感している。
「練習できないことは本当に辛かったです」
「色々な皆さんに支えられているからこそ、誰かのために戦う。日本一になりたいんです」
ファミ練の班長を務める7人は想いを口にする。開星は身体だけでなく、チームスポーツに必須となる「心」の部分も鍛えている。
監督室でのインタビューを終え、練習中のグラウンドに出ると選手たちがアドバイスを出しあいながらフリーバッティングに取り組んでいた。打撃フォームは各自バラバラ。しかし、個性的なスイングから放つ打球は力強く、逆方向にも打球が伸びていく。山内監督は「特に変わったことはしていない」と話すが、何かの技術的ベースがなければ、大阪桐蔭戦のような集中打が出せるはずはない。
「入学後にする基本練習があります、よね?」山内監督に内角球の質問を投げかけてみると、山内監督は、
「じゃあ『選球体』を室内練習場でやりましょうか」と覚悟を決めた表情で応えてくれた。
ついにこれまで厚いベールに包まれていた開星のバッティング理論が、明かされる瞬間がやってきたのである。
開星強打のベースを作る「選球体」練習
「飛球体」1<バントでのハーフバッティング>、「飛球体」2<ハーフバッティング>、「飛球体」3<投手に遠い方の脚を付けたままでのツイスト>
「選球体」。かつてイチロー選手(現:マイアミ・マーリンズ)が選球眼を超えるボールを感じる方法として表現した言葉だが、開星における「選球体」は身体で覚える部分は同じだが、ボールを強く捉えるバッティングの方法論を指す。ティーバッティングで刷り込む3つの方法は簡単に記せば以下の通りである。
選球体1:バントの姿勢で下半身だけを移動させながら打つ
選球体2:バットのラインを意識しながらハーフでのバッティング
選球体3:バットのラインを意識しながら振り切る。
「この選球体をしてスイング軌道や力の伝え方を覚え、ボールを捕まえる作業をしてから、バッティングをしていくんです」
ボールのいっぱい入ったかごを膝を使って動かしながら、力を出す原理を山内監督が説明してくれた。
実はこの理論を開星がはじめたのは、軟式野球出身者が多くを占める島根県において投手に遠い方の脚と足首が完全に回転してしまう、いわゆる「腹切り」「回転打法」を修正するため。その前段階として、ゴロに対しバットをゴルフクラブのように使って打つ「ゴルフ打ち」や、トスを歩きながら打つ「歩き打ち」や、投手に遠い脚だけでうねりを入れながら打つ。中には打球回転のさせ方を覚えてもらう意味も込め、選手に順繰りにノックを打たせながら、身体の原理、下半身の力を伝える脚さばきを整えていく。
「この選球体をすることで、ライトに打ち返せるようになりました」
右打者の目次 幸弥(3年・中堅手)も効果を実感している1人だ。
この「選球体」を実戦で引き出す微調整や仕掛けも怠りない。旧チームであれば、右打者の持田には左眼でボールを見るように指示。右の強打者・4番の池田 成輝(中堅手・亜大進学予定)には開きを修正させるため、左投手のカーブを逆方向に飛ばすことを意識させた。練習試合では結果を問わず、全員が一握り短く持って打たせたこともある。
「それをしておいたら、昨夏の島根大会では、ここぞの場面で一握り短く持って勝てた試合があるんです」
練習試合で準備ができていたからこそ、緊迫した状況にも対応できた。
「子どもたちが出してくれたおかげです」
山内監督は謙遜するが、これぞ統一性の徹底ができたからこそ成せた業であった。
技術を体現し切れなかった悔しさを糧に、次は「甲子園での校歌」を
「ファミリー班長トーク」に参加した3年生・右から目次 幸弥、石倉 永遠、石原 司、安食 祐汰、田邨 光、髙橋 優輝
しかしながら、4月の春季島根県大会開幕を控えた現チームの中には悔しさが充満している。昨秋は県大会3回戦で松江北に4対5で敗れ、鍛錬の冬に徹することになった彼ら。
甲子園経験者の田邨と石原は昨秋の敗退要因、そして技術を体現するのに最も必要な「心」をたぎらせて闘うことを再び誓っている。
「昨年甲子園を経験したことは財産。それを経験させてくれた先輩たちに感謝しつつ、誰かのために戦いたいです。実は今年1月3日に、野球部で飼っていたリッキーという雄犬が亡くなってしまって。僕らと同じ17歳(人間年齢だと100歳)でしたし、練習最後に校歌を歌う時、一緒に歌ってくれていたんです。リッキーのためにも甲子園で勝って校歌を歌います」
この時、ファミリー班長7人全員が頷き、表情を引き締めた。
誰がために技術を体現するのか。そのことを再確認し、ファミリー単位からチーム内に広がろうとしている信頼を胸に。開星の41人は2年連続の甲子園出場と2011年夏以来遠ざかる甲子園での校歌を目指す。
(取材/文・寺下 友徳)