春日部共栄高等学校(埼玉)
春日部共栄の優れた選手個々へのメンテナンス力の育成
この夏、9年ぶり5回目の夏の甲子園出場を果たした春日部共栄。
「地元の子たちが地域の代表として戦うのが高校野球の本来の姿」ということを強調する本多 利治監督。選手のケガ防止やメンテナンスにも、ことのほか神経を使っている。春日部共栄出身者が、卒業後にも大きく羽ばたいていくのは、指揮官のそんな思いもあるからなのではないだろうか。
柔軟性と瞬発力、そしてパワー、この三つを鍛えていく
体重移動を意識した練習(春日部共栄高等学校)
東京のベッドタウンとしてすっかり定着している春日部市。人気漫画『クレヨンしんちゃん』の舞台としても有名になった都市でもある。その春日部市からこの夏の甲子園に出場を果たした春日部共栄は、オリンピック選手なども多く輩出している一方で、早稲田大、立教大、明治大、法政大など東京六大学をはじめとする私学の難関校にも多くの合格者を輩出するなど、進学実績も上げてきており、地元では文武に評価を受けている学校でもある。
広大なキャンパスにも恵まれ、野球部も学校の校庭を挟んだ通りの向こうに専用球場を保有している。グラウンドは黒土が施されて、丁寧に整備されている。きちんとグラウンドが整備されているということは、まず不要な怪我を防ぐ第一歩でもある。
そんな行き届いたグラウンドを目の当たりにすると、心が引き締まる思いだ。授業を終えた選手たちが三々五々、平日の練習開始時刻の午後4時を目指してグラウンドへ入ってくる。「こんにちは!」来客などを見かけると、個々の選手がそれぞれに丁寧に挨拶していく。そんな姿も、わざとらしくなくて心地よい。
今回のテーマでもある、「ケガの予防」と「ケガの克服」について尋ねようとしたら、本多 利治監督は開口一番、「今の子はケガが多いね…、どうしてなんだろう」と逆に疑問を投げかけられた。
本多監督としては、ケガの対策はトレーナーなど専門家に頼むことが一番としながらも、まずは体をしっかりと作ることを大前提として鍛えているという。それは、高校野球がゴールではなくて、さらに上のステージで質の高い野球を続けられるようにということも含めて、無理をさせないということを常に言っている。
まずその基本として、月曜日は完全休養日ということにしている。目的は、
1)身体を休めること
2)ケガのある者は、治療に当てる
以上のことを徹底させている。
ストレッチはケガ防止に間違いなく欠かせないもの
時間を惜しむように、守備練習に励む(春日部共栄高等学校)
「我々の時代は、1年のうちに休みが3日か4日、あるかないかという中でやっていましたよね。そうすると、ある意味では、これ以上やったらどうなるのかということがわかるんですよ。だけど、今の子はそこの兼ね合いがわからないですから、それをこちらで調整していかなくてはいけないんですよ」
と、本多監督は今の選手たちの意識の違いを実感した上で、メンテナンスを含めたコントロールを指導者側からも意識して取り組んでいかないといけないのだということを強調する。
「だから、ちょっと違和感があったら、それは自分で考えて、すぐにコーチなり私なりに言うようにということは徹底しています」
特にストレッチに関しては、徹底して行うことで間違いなく怪我の防止になっていくことは確かである。身体を作っていくこととメンテナンスは、春日部共栄としては欠かせないテーマでもあるのだ。
シーズン中であれば、土日は練習試合で連戦となることが多い。そして、月曜日を完全休養日とした後、火曜日にどのような状態になっているのか、この感覚が大事だということである。特に、投手陣は、火曜日に体の具合がどうなのかというところから、その週の週末までのプランを自分で作っていくということにしている。
ここからの調整をどのようにしていくのか、投げ込みに関しても、「自分の体は自分で管理する」ということを原則としているので、肩が重いのか、軽く感じるのか。そういう感覚も、自分でわかり、コーチやトレーナーに伝えられるようにしていくということを心がけるように指導している。
「野球は、レベルの高い、上へ行けばいくほど、自分で管理出来るようにならないと、そこでは通用しませんから」というのが、本多監督の考え方である。春日部共栄の出身者が、大学や社会人、さらにはプロでも結果を残すことが出来ているというのは、そうした意識を高校時代に育てていくことができる訓練を受けているからとも言えるのではないだろうか。
[page_break:OBの土肥 義弘氏の教えは効果絶大だった]OBの土肥 義弘氏の教えは効果絶大だった
「投手は、大方、少しでも違和感があると言ってくるようになりますが、野手の場合は、我慢してしまうんですよ。我慢というか、言いに来ると、せっかく上に上がれたのに、外されてしまうのではないかと、そういう気持ちになる子も多いんじゃないでしょうか。やはり、部内での競争は激しいですから…」
本多利治監督(春日部共栄高等学校)
と、本多監督は捉えている。ただ、ケガなりで一時的に離脱したとしても、長い目で見ていけば、やはり違和感があるところは、徹底して治しておいた方がいいということは自明の理でもある。
「一番多いのは、やはり肩の故障なのですけれども、概ね、後ろの方が痛いというのは疲労によることが多いですね。そういう場合は、少し休ませれば治っていくものです。だから、そういうときは無理して遠投したりしない、キャッチボールの距離を広げていかないという、そういう心がけだけでいいんですよ」
と言う。ここでも、自己管理の意識が大事なのだということである。
ただ、肩の前の方が痛む場合は、何らかのアクシデントが発生しているということである。だから、その場合は医師に診せるなど、きっちりと治療しておかなくてはいけない。そのあたりの、違和感の理解の仕方、これも大事な意識だということである。
投手育成でも定評のある春日部共栄。中村 勝(北海道日本ハム)、中里 篤(中日→巨人)、小林 宏之、そして93年夏の準優勝投手でもある土肥 義弘(プリンスホテル→西武)(2014年インタビュー・関連動画)ら、プロでも活躍するような投手も多く輩出している。現役を引退して、土肥投手は臨時投手コーチとして、春日部共栄にも指導に訪れていた。
土肥コーチは、プロでも基本的なことを一番大事にしていたということを伝えていた。
夏のエースだった金子 大地君は、「自分の持ち球でもある、チェンジアップをどこで投げたいのか、細かいコースにこだわらなくても、真中でもスッと落とせば、それで空振りが獲れるのだから」ということを教えられたという。本多監督も、「あれで、随分楽になったんじゃないですか。コースにこだわり過ぎて、カウントを悪くしていたことがありましたから…」と、その効果を認める。
こうして、プロ経験者など高いレベルの野球をしてきた先輩からのちょっとしたアドバイスは、10代の吸収力のある高校生にとっては、効果絶大のようだ。本多監督は、「まァ、同じようなことは、いつも言っているのですけれども、誰から聞くのかということも大きいですからね…」と、苦笑しつつも嬉しそうだ。
[page_break:エース・高野凌治投手の取り組みに迫る]エース・高野凌治投手の取り組みに迫る
この秋、背番号1を背負って戦った高野 凌治投手は、投球に対して心がけていること、本多監督や土肥コーチから教えられたことを、自分のものにしていこうと取り組んでいる。
春日部共栄・高野凌治君
「いかに力を入れないで投げられるのかということがテーマです。力を入れないということは、柔らかく投げられるということです」
特に自分の身体を、どのように効果的に使うことが出来るのかということは、ケガの防止という点からも非常に大事なことになる。
「体重移動をどのようにスムーズに出来るのかということがテーマです。下半身から身体にひねりを入れて、移動させるということは意識しています。そのためには、体幹と下半身をしっかりと作っていかなくてはいけないと思っていますから、そのためのトレーニングなんかは、この冬も特にやっていこうと思っています」
と、走り込みとともに、体幹作りと下半身強化をこの冬のテーマに掲げていた。また、筋力トレーニングとしては、スクワット系をメインとしたメニューで、これも股関節を鍛えて下半身を強化していくということである。
下半身を強化することによって、スピードが増していくということはもちろん、
1)長いイニングを投げられる
2)連投に耐えられる
スタミナ強化という点で、二つの目標達成にも近付くことができる。
高野投手だけではなく、ひと冬越えての春日部共栄の選手たちの成長が楽しみである。
「県内で、夏の連覇を狙えるのはうちだけなんだから…、春日部共栄としてもまだ、連続出場はありませんから、そのことも口にしながら選手に発破をかけています」
就任35年目、本多監督自身も新たなチャレンジの気持ちである。来年6月の第一日曜日には、母校高知高校を招いて、文化祭の招待試合も予定されている。
(取材・文 手束 仁)