Column

市立尼崎高等学校(兵庫)

2014.09.10

 地元では「イチアマ」の略称で親しまれている尼崎市立尼崎高校を訪れたのは夏休み期間中の練習日。学校の敷地内にある野球部専用グラウンドを訪れると、竹本 修監督が笑顔で出迎えてくれた。
「新チームになって約一か月ですね。まだまだレベルは低いのですが、この一か月でかなり上達しました。下手くそやけど、一生懸命できる選手ばかりなのがいい。新チームの選手で前チームのベンチに入っていたのはたった一人。まさに『ザ・新チーム』という感じです」

 今夏の兵庫大会では初戦の高砂南戦(試合レポート)でまさかの敗退。2年生25人、1年生17人によって構成された新チームは敗戦を喫した7月12日に始動した。学校の授業がある平日の平均練習時間は16時から20時までの約4時間だ。

「例年なら翌日からですが、今年は敗戦後にグラウンドに戻って、新チームで練習しましたね。絶対的なエースがいるわけでもないし、攻撃力が高いわけでもない。投手陣の力を含め、守り勝つことができるチームを目指していきたいなと思っています」

監督はプロ出身指導者のパイオニア

竹本 修監督(市立尼崎)

 竹本 修監督は1987年~1990年にかけ、投手として阪急、オリックスに在籍した元プロ野球選手。現役引退後、4年間球団職員を務めた後、教員へ転身。元プロ出身の高校野球指導者のパイオニア的な存在だ。

「ぼくが大学時代に体育の教員免許を取得していたことを知った知人に『教員になって高校野球の指導者にならへんか?』と強く勧められたんです。
ちょうどその頃、プロアマ協定において、元プロ野球選手が高校生を指導するために教壇に立たねばならない年数が10年から5年に短縮された時期だった。睡眠時間を削る形で勉強し、兵庫県教員採用試験を受けてみたら合格したんです」

 武庫工業で4年間教壇に立った後、99年に市立尼崎に転任し、野球部部長に就任。体育科が新設された2000年に監督となった。
監督就任3年目の2002年に兵庫大会ベスト4入りを果たし、2004年には甲子園出場まであと一歩に迫る準優勝。激戦区兵庫において、公立校ながら毎年のように上位進出を果たすチームを築き上げた。プロに進んだ教え子には金刃 憲人(現楽天)、宮西 尚生(現北海道日本ハム)がおり、育成力にも定評がある。

 だが、就任当初は、「元プロ出身監督としてのプレッシャーは大いにあった」と回想する。

「元プロだから甲子園にすぐに連れて行ってくれるだろう。元プロだから選手たちもぐんぐん上手になっていくだろうという風に周りから見られているのがわかるんです。野球に関することならなんでもできる魔法使いのように思われていたことは正直言って、かなりのプレッシャーでしたね」

 プロ出身の指導者という特別な目で見られていることを実感させられる出来事もあった。

「ある試合でうちの選手がホームランを放ち、小さくガッツポーズをしたんです。まったく目に余るものではなかったのですが、審判がベンチにやってきて、ぼくに『高校野球はプロとは違うんだからそういう指導はしないでください!』と強く注意されたんです。そのときに『元プロ指導者のいるチームということで特別な目で見られてるんだな』と思いましたね。ガッツポーズは一つの例ですが、最初の数年は似たような思いをすることがちょくちょくありました。
ぼくのせいで選手たちに嫌な思いはさせたくなかったので、チームの印象が悪くならないよう、マナーなどには人一倍気を遣いました」

 

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[page_break:目線は下げ過ぎるくらいでちょうどいい]

目線は下げ過ぎるくらいでちょうどいい

市立尼崎練習風景

「指導者歴が浅い頃は『高校生だったらこれくらいは現時点で出来ているだろう』という思い込みが強かった」と振り返る竹本監督。

「高校に入ってきた時点でこれはできているだろう。となると、別の要素を足したらもっとよくなるはず、という思いで指導していたのですが、実際は、『高校生ならばできているだろう』と思っていた部分ができてなかったりすることが多かったんです」

 竹本監督は一つの例を挙げた。

「例えばバッティングにおいて、体がきれいに回転させるなんてことは高校生なら当たり前のようにできているという思い込みが自分の中にあったんです。

 だからヒジをこうやって使ってみようとか、細かいテクニック面を乗せていけばもっとよくなるはずだと。でもよくよく見てみると回転がそもそもきちんと出来ていないじゃないかということに後で気づかされたりしたんです。
基礎工事ができていないところに上からいろんなものを乗せようとしてたんだから、言われた方にしたら、わけわからなくなってしまいますよね。そういったことに最初の頃は気づけなかった」

「相手は高校生なんだから目線は下げなければいけない」という意識は指導者になった時から持っていたつもりだった。「目線をどこまで下げるべきか?」という意識が足りなかった。

「選手たちは自分が思っている以上でわかっていないものなんだと。そういう感覚を常に持って指導しなくてはいけないんだと。これは技術面に限らない話。生活面においても目線を下げて指導しなければ、うまくいくものもいかなくなることを痛感しましたね」

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[page_break:空っぽのコップに水を注ぐことの重要性]

空っぽのコップに水を注ぐことの重要性

監督の話を聞いている選手たち

「現在、選手たちを指導する上で強く心がけていること? 指導者側からあまりごちゃごちゃ言い過ぎず、選手たちにきちんと考えさせることですね」
と竹本監督。その理由をたずねてみた。

「同じ欠点を持っている選手が二人いるとします。一人は指導者のアドバイスを自ら求め、質問も積極的にしてくるのに対し、もう一人は常日頃から受け身で指導者のアドバイスなど求めてもいないとする。
この場合、同じアドバイスを授けたとしても、前者の選手の方が必ずと言っていいほど、上達の度合いが大きいんです。

『ここがこうなったらこの選手はもっとよくなるな』という思いを持って指導者がアドバイスを送ったとしても、その選手に『なにがなんでも上達したい!』という思いがなければ、なかなか上達度に反映されないことがわかった。なかなかうまくいかずに悩み、藁をもつかむような思いでぼくにアドバイスを求めにくる選手はこちらが思っていた以上の成長を遂げたりするんです」

 比喩を用いつつ、竹本監督は続けた。

「空っぽのコップに水を注いだら、どんどん入っていくけど、コップに既に水がなみなみと入っているところにいくら上から水を注いでもこぼれるだけじゃないですか。今思うと、以前の自分は水がたっぷり入ったコップに水をガンガン注いでいた状態だった。
そのことに気づけてからは、黙ってる方が勝ちだなと思えるようになった。本人がなりふり構わずアドバイスを求めてきたときだけ、アドバイスを送り、基本的にはこちらからはアクションは起こさないでおこうと。昔は一方通行的に選手たちにいろんなことをごちゃごちゃ言いすぎましたね。以前に比べると指導が随分とシンプルになったと思います」

 歴代の教え子の中では現楽天の金刃 憲人の野球に対する意識の高さがずば抜けていたという。

「うちのグラウンドはレフトの後方に出入り口があるんですけど、練習が終わって、帰る時に金刃は必ずライトに向かって走り出し、フェンスに沿って遠回りするようにレフトの出入り口へ向かうんです。
最初は『あいつなにやってんだ?』と思ってたんですけど、足腰を少しでも鍛えようという意図の下、自主的に毎日やっていたということを後で知りました。

 練習の中でグループ別に競わせて負けたほうが腹筋100回といった罰ゲームをするときでも、金刃は勝ち組、負け組に関わらず、罰ゲームに参加していた。彼にとってはなにもしないほうが罰ゲームだったんでしょうね。
そういったことを誰に言われるでもなく、自分からできた選手だった。うまくなるべくしてうまくなった。そんな教え子でした」

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[page_break:プロ出身指導者であることの最大のアドバンテージとは?]

プロ出身指導者であることの最大のアドバンテージとは?

市立尼崎練習風景

「プロ出身の指導者であることの最大のアドバンテージは?」という問いをぶつけてみた。竹本監督から返ってきた答えは「プロという最高峰の世界で成功した人、失敗した人の考え方や取り組み方を自分の目で目撃できたこと」だった。

「わずか4年間のプロ生活でしたが、成功した人、失敗した人を自分自身も含め、近くで見てきました。
『あぁこういう考え方ができる人が一流選手として長く活躍できるのか』『あり余る素質があっても、こういう取り組み方しかできない選手はプロの世界を早い段階で去らなければいけないのか』
といったことを肌で感じられたのは元プロの特権だと思います。

 やはり人間は自分の目で実際に見た情報が一番強い。ぼく自身はプロ野球選手としては間違いなく、失敗者であり、敗者だけども、その世界を垣間見れたということは指導者となった今の自分にとってはものすごく大きな財産です。プロの世界で目撃し、感じたことを教え子たちの引き出しに加えてあげられる。これこそがプロ出身指導者の最大の武器だと思います」

 最後に今後の目標をお願いします!

「2000年に監督になって以来、ずっと目標のままで終わってますからね。いいチームで、いいやつらと叶えたいですね、甲子園」

 目指すは1983年夏以来の兵庫県制覇。今後の「イチアマ」の戦いに要注目だ。

(取材・文/服部 健太朗

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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