Column

高崎健康福祉大学高崎高等学校(群馬)

2013.04.12

[pc]

[/pc]

12年の礎

▲グラウンドに飾られた「機動破壊」のフラッグ

「機動破壊」
 群馬県高崎市にある高崎健康福祉大学高崎高等学校。その校舎を奥へ奥へと歩いていくと、「健大STADIUM」と書かれた野球部練習グラウンドが現れる。そのグラウンドに堂々と貼り出された漢字4文字のフラッグ。今や同校の野球を象徴するフレーズとして、全国に知られている。
 健大高崎野球部の歴史は12年とまだ浅い。しかし、この短期間に起こった紆余曲折を経て、機動力をウリにしたチームカラーに行きついたと、青栁博文硬式野球部監督は振り返った。

「(グラウンドがなかった)最初の6年間はジプシーのように(転々と移動しながら)練習していました。それから専用グラウンドができて、年々ひとつずつ環境が整ってきたんです」

 1年、1年と環境が整い、選手が入部し、スタッフがそろい、指導歴が重なるにつれチームも強くなっていった。2006年秋に関東大会初出場、2008、2010年と夏の甲子園県予選ベスト4、そして創部10年目の2011年夏に甲子園初出場。2012年春にも甲子園に出場し、ベスト4まで勝ち上がった。その際の機動力を生かした野球が全国にインパクトを与え、健大高崎野球=「機動破壊」のイメージは固まった。

きっかけとなったある“敗戦”

▲健大高崎 青栁博文監督

「自分は打つ方を主眼とした選手だったので走塁とは無縁の選手でした。そして健大高崎の野球も、それまではバントで送って一本打つという、手堅い“群馬の野球”をやっていました」

 青栁監督は「機動破壊」前のチームカラーをそう語る。では、いつからチームカラーに変化が生まれたのか。それは、ひとつの手痛い敗戦にあった。

「2010年夏の甲子園県予選準決勝で、前橋工業に0対1で敗れたんです。当時は140キロを投げるピッチャーが3人ぐらいいて通算50HR打っていた主砲もいた。甲子園に行ける手ごたえがありました。しかも負けたのは(キャッチャーの)オブストラクションという判定で入った1点でした。それがショックで、最初は自分も周りも敗因を審判のせいにしていた時期もありました。でも、そもそも自分たちが0点で終わったということに、監督としての責任を感じるようになったんです。このままいっても甲子園で1番になるのは無理だ、そう考えた時に、もっとも早く強化できるのは走塁だと思ったんです」

このページのトップへ

[page_break:機動力強化への取り組み]

機動力強化への取り組み

▲指導する生方啓介コーチ

「走塁面に関してはどこの高校も意識していると思います。でも我々は“日本一の意識”を持とうと、コーチを交えながら指導を始めました」

 健大高崎には現在、約10名の指導スタッフがそろっている。それぞれ専門分野をもっているが、彼らの力を借りながら機動力強化への道が始まった。 

「具体的には走塁練習をアップから取り入れるなど量を増やすところから始めました。ほかにはランナーつきでノックをしたり、毎日のように行う紅白戦で無死一塁から始めるなど、つねにランナーがいるケースを作ったり。とにかくまず植えつけたのは“積極性”です。失敗に対しては決して叱らない。そのかわり、行くべきときに行かなかったり、躊躇した場合は徹底して指摘することを繰り返しました」

 シングルヒットでも盗塁を決めればツーベースヒットと同じになる。同様にツーベースヒットがスリーベースヒットになる。強打が望めないチーム事情下、選手たちには「打てなくてもランナーに出て走ればいい」と意識づけをした。

「コーチとトレーナーが走る動作から徹底して、一歩目の角度、足の運び、リードの戻り方からひとつひとつ教えています。しかし最も重要なのは選手の“感性”です。盗塁の思い切りも、打球判断も、感性がなければ足が速くても意味がない。逆に感性があれば、足が遅くても牽制球を多くもらったり、ディレードスチールをしかけることもできる。だから練習試合、紅白戦、ランナー付きノックから感性を養う。他校の倍以上の走塁練習をしている自負があります」

 盗塁はほとんどノーサイン。「躊躇すると試合に使ってもらえないとわかっている」というほど、選手たちに果敢な走塁意識を浸透させた。しかし、当然失敗するケースもある。そういったプレーを見て外部から「雑だ」と批判されることもあった。「バントで送って一本打つ」手堅い群馬野球からすると“ギャンブル”に見えるのだ。

「最初はそういった批判も耳に入ってきたのですが、ある人から『日本の首相だって半分は支持されない。高校野球の監督なら支持率が20~30%あればいいんじゃないか』と言われてから割り切れました。それからは周りの声は気にせず、信念をもってやってこれました」

甲子園を席巻した機動力野球

 強化の成果が出たのは「早かった」と青栁監督は言う。機動力に着目するきっかけとなった敗戦の翌年、2011年の夏に初めて甲子園出場を決めたのだ。このときの群馬県予選では、県記録となる28盗塁(6試合)を記録した。そして「機動破壊」のフレーズがお披露目になったのが、2期連続出場となる2012年春の甲子園だった。

「初戦の天理(奈良)戦(2012年03月22日)は、本当にうちらしい野球ができました(9対3で勝利)。我々の代からいえば、天理高校は憧れの名門。そこを相手に勝てたことでインパクトをもたらすことができましたし、我々の機動力が認められたと思います。そういう意味では、健大高崎のイメージがついた転機となった試合でした」

 この大会では優勝した大阪桐蔭(大阪)に1対3で敗れた準決勝(2012年04月02日)まで進出しベスト4に輝く。「甲子園での1試合は100試合分、そこにインパクトも加われば5年分ぐらいの経験に匹敵する」とは青栁監督の実感だ。また、「甲子園出場」という結果を残したことで、青栁監督も指導や采配の面で迷いがなくなったという。健大高崎の「機動破壊」はこうして確固たるものとなった。

このページのトップへ

[page_break:群馬野球の新化版]

群馬野球の新化版

 現在、チームは新入生の25人が加わり、全76人で夏への取り組みをスタートさせている。昨秋は県大会準優勝、関東大会にコマを進めたものの、初戦(2012年10月27日)で常総学院(茨城)に敗れ、センバツ出場を逃した。しかし、「機動破壊」にさらなる進化を加え、青栁監督は夏の甲子園出場を狙っている。

“日本一”の意識を持って走塁に取り組んでいることは変わりありません。走塁はギャンブルみたいなものですが、データを分析して走ったり、うちでは“レーダー”というのですが、ランナーに出た選手が牽制やスタートのタイミングといった情報をベンチに持ち帰って共有することを繰り返すことなど、確実性を上げるための努力は徹底的にしています。だから、うちは、ランナーが出ないと負けパターンになってしまう。バッターには粘ることを要求しているし、空振りの多いバッターは使わないようにしています」。

▲ランナーコーチ 田村選手

 戦術に沿って選手のタイプや役割が決まり、育っていく。「機動破壊」というチームカラーがあることで具体的な練習ポイントがはっきりするのも、強みといえるだろう。
「さらに今年のチームは冬場に振り込んだことでバッティングが向上しました。これまでは、浅い野球部の歴史、そして技量からいっても機動力を意識しながら戦うのが精いっぱいでしたが、今後は機動力をベースにほかの部分、たとえば打力を強化していきたいと思っているんです」

 群馬の野球は、バントで送って一本打つ手堅い野球。健大高崎の取り組みは、この群馬野球に一石を投じているように見える。しかしその実は、確実に勝利をもぎとる新しい「手堅い野球」といえる。果敢な走塁がギャンブルでなく本当に確実なものとなれば、それは群馬野球の新化版として、全国でもより注目されることになるだろう。 

「まだ歴史の浅い我々がいうのは生意気かもしれませんが、今の野球を継続して県内のレベルも上がって、群馬県代表のチームが甲子園に出ると恐れられるような、そんな地域になっていけばと思います」。

アウトカウントごとに決められた「目標」

 青栁監督が「走塁に関する細かな理論、技術のことは彼に聞いてください」と全幅の信頼を寄せているコーチがいる。2007年より着任した葛原毅コーチだ。その話から、さらに「機動破壊」の核心に迫ってみよう。

「甲子園の試合を見ていて、ずっと思っていたことがあるんです。『無死一塁でバントをしなきゃいけない暗黙の了解があるのかな』と。打った方が絶対トクなのに、という思いがずっと頭の中にあって。それを健大高崎という場所をいただいたので試してみたら、やっぱりいけたんです」

なぜ「打った方が絶対トク」なのか。
「“タイムリーヒットが出ない”ということを前提に考えたら、すごくクリアになると思います。打力がない、連打が出ないと悩むチームがあったとしたら、無死一塁からバントで送って一死二塁の場面を作っても得点は期待できないはずです。だったらアウトひとつと引き換えに、例えばスクイズや犠牲フライ、内野ゴロで1点を取る場面を作らなければいけない。だから無死二塁ならバントしてもいいと思います。一死三塁の場面を作ればアウトひとつと引き換えに得点できますから」
 
 試合で勝つのに得点は必須だ。では、その得点をより確実に奪うためにはどうすればいいのか。タイムリーヒットを期待する以外にも、得点の可能性がぐっと広がる場面を作ればいい。その考えを突き詰めていった結果、健大高崎ではアウトカウントごとに明確な目標ができている。

■ノーアウト時は二塁を目指す

 上記のとおり、この状況からなら送りバント→スクイズ、犠牲フライなど、ヒットなしで得点を挙げる可能性が高まる。よって無死一塁の場面なら盗塁などを積極的にしかける。

■1アウト時は三塁を目指す

 同じくヒットなしで得点を奪える状況。一死一塁でヒットが出たら三塁を目指す一方、長打が出た場合でも無理してホームを狙わない。また、一死一、二塁と、一死一、三塁では、得点の可能性は大きく異なる。前者の場合はゴロを打てばダブルプレーになる可能性が高いが、後者の場合は作戦の幅も広がりハマればビッグイニングを作れる。 

■2アウト時は“三塁でアウトにならない”ことを目指す

 ニ死二塁でも、二死三塁でもケースはほとんど変わらない。なぜならヒットが出れば、二塁ランナーも打つと同時にスタートが切れるためホームに帰ってこられる可能性は高いからだ。だから、二死一塁でヒットが出た場合も無理して三塁を狙う必要はない。

「このようにアウトカウントごとに目標を決めれば、無理をするところとしないところがわかってきます。そしてこの場面を作り出すために使うのが、機動力です」
 走塁はやみくもに走り回るわけでなく、勝利をたぐりよせる=より確実に点を重ねるための武器。それが「機動破壊」のベースにある考えだ。

このページのトップへ

[page_break:走塁の肝は「心理」である]

走塁の肝は「心理」である

 アウトカウントごとに決めた場面を作り出すために、機動力を使うことはわかった。しかし、そこにはリスクがつきまとう。そのリスクを減らし、より確実性を増すためにどのような取り組みをしているのだろうか。

「機動力というと“速さ”が問われそうですが、それよりも重要なのは“心理”です。これはオリジナルの理論なのですが。
例えば盗塁でイヤなのは牽制です。盗塁が難しいのは、行くか戻るかの2つの選択肢があるからで、行くだけであれば、ヨーイドンで勝負できますよね。と、いうことは、ピッチャーの心理を完全に読み切って、牽制がないと100%わかれば躊躇なくスタートを切ることができます。その心理は試合の前半5回までを見ていればだいたいわかります。それまでランナーに、一度しか牽制をしてこなかったピッチャーが、いきなり3回牽制を続けることはありません。つまり、2回牽制をしてきたら、次はほぼ100%の確率で牽制はない。同じように、牽制を審判に注意された直後に牽制をしてくることもまずありません。そういった“牽制が絶対こない”パターンというのは、実はたくさんあるんです。
 あと、ストップウォッチを持って、ピッチャーがセットしてから投げるまでの時間を計ると、必ず同じ間であることがわかります。大抵は2秒4~2秒7の間なのですが、これも使えます。ランナーは、ピッチャーがセットしてから2秒でスタートを切ってしまえばいい。ピッチャーは自分独特の呼吸があるので、そのようにスタートを切られても対応できないんですね。そういう点を突けば、モーションに入る前からスタートが切れるわけです」

 まさに心理を「盗む」。盗塁ひとつとっても、心理面を分析しての確実な成功法がふんだんに用意されている。
 ここで挙げたのはほんの一例にすぎない。「ピッチャーの癖がはっきり出ますから、三盗はもっと簡単」らしい。正確なデータの裏付けがあり、確信が持てればもはや「盗塁はギャンブルではない」と葛原コーチは言う。ピッチャーは試合中に気づいても遅い。付け焼刃で牽制のパターンを変えても、それは自らリズムを崩しているにすぎないからだ。

入学後1カ月でのすりこみ

▲練習を見守る葛原コーチ

 こういった「機動破壊」のノウハウを、選手一人一人に浸透させるのには時間がかかるのではないか。そう聞くと葛原コーチの口からは意外な答えが出た。

健大高崎に入学してから最初の1カ月で、これらの理論の60~70%は固めてしまいます。群馬県には1年生大会というのがあって、新入生が入学した直後の4月に始まるんです。すると走塁が楽しくなってしまうんですね。中学生上がりの相手チームは対応できないですから。それで味をしめてどんどんと身につけていきます。だから、決勝戦まで残ったりすると、だいぶ擦り込まれてきて見事なものですよ」

 入学してわずか1カ月で、盗塁、進塁を含めた確実な走塁法を学ぶ――。その後の3年間を考えると、そのスタート時点で、他校とは大きな差ができる。

「1年生大会のときは、僕の責任で走らせています。『ピッチャーがキャッチャーを向いたらもう行け』って。もし失敗しても選手が委縮しないように気を配りますね。だから失敗しても叱ることはありません。まずは思い切ることの楽しさを覚えてもらうことが先ですから。1年生大会とはいえ、公式戦の緊張感もありますし、実戦だと身につくのも早いです。あとは日頃の練習や試合で経験値を高めていけば……」

走塁に重要なのは「心理」。その理論は、相手だけでなく自分たちにも当てはめているようだ。

ピッチャー対バッターの構図から『ピッチャー対ランナー』へ

[pc]

[/pc]

「走塁に関して、自分より詳しい人はたくさんいますが、それを駆使できている人は少ないと思います。対戦していても、技術面で負けると思ったことはありますが、心理面で上をいかれてると思ったことはありませんね」

 今回の取材でも、そのノウハウを隠すことなく教えてくれたのは、機動力に関して常に一歩先を行っている自信があるからだ。

「甲子園に行かせてもらった後は、だいぶ盗塁を研究されるようになったのでより“走塁”を意識するようになりました。走塁は打球が前に飛ぶ限り必要になりますから。今は、打球の判断全般について指導しています。最近だと外野に長打が飛んで、中継がカットしたとき、キャッチャーが『持って来い』と指示したら、ランナーはホームに突っ込むとか。走りながらいきなり送球はできませんからね。そういうスキを突くことも徹底してます。あと力を入れているのが“偽走”ですね。一塁ランナーが盗塁するフリだけをするのですが、うまくなると走ってないのにキャッチャーは二塁に送球したりします」

 得点を奪うための場面作りの手段から、さらに相手のリズムを崩し試合の主導権を握る手段へ。「機動破壊」の使い道はまだまだある。

「ずっと思ってきたのは“ピッチャー対バッター”の構図を“ピッチャー対ランナー”にしたいということです」

 葛原コーチのこの一言が「機動破壊」の神髄を言い表している。「日本一の意識」を持った走塁――、その進化はまだまだとどまることを知らない。

(取材・文=伊藤亮

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

関連記事

応援メッセージを投稿

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

RANKING

人気記事

2024.04.16

【春季埼玉県大会】2回に一挙8得点!川口が浦和麗明をコールドで退けて県大会へ!

2024.04.16

【群馬】前橋が0封勝利、東農大二はコールド発進<春季大会>

2024.04.17

仙台育英に”強気の”完投勝利したサウスポーに強力ライバル現る! 「心の緩みがあった」秋の悔しさでチーム内競争激化!【野球部訪問・東陵編②】

2024.04.16

社会人野球に復帰した元巨人ドライチ・桜井俊貴「もう一度東京ドームのマウンドに立ちたい」

2024.04.17

「慶應のやり方がいいとかじゃなく、野球界の今までの常識を疑ってかかってほしい」——元慶應高監督・上田誠さん【新連載『新しい高校野球のかたち』を考えるvol.1】

2024.04.14

【全国各地区春季大会組み合わせ一覧】新戦力が台頭するチームはどこだ!? 新基準バットの及ぼす影響は?

2024.04.12

東大野球部の新入生に甲子園ベスト4左腕! 早実出身内野手は司法試験予備試験合格の秀才!

2024.04.15

四国IL・愛媛の羽野紀希が157キロを記録! 昨年は指名漏れを味わった右腕が急成長!

2024.04.12

【九州】エナジックは明豊と、春日は佐賀北と対戦<春季地区大会組み合わせ>

2024.04.11

【埼玉】所沢、熊谷商、草加西などが初戦を突破<春季県大会地区予選>

2024.04.09

【大学野球部24年度新入生一覧】甲子園のスター、ドラフト候補、プロを選ばなかった高校日本代表はどの大学に入った?

2024.04.05

早稲田大にU-18日本代表3名が加入! 仙台育英、日大三、山梨学院、早大学院の主力や元プロの子息も!

2024.04.14

【全国各地区春季大会組み合わせ一覧】新戦力が台頭するチームはどこだ!? 新基準バットの及ぼす影響は?

2024.04.02

【東京】日大三、堀越がコールド発進、駒大高はサヨナラ勝ち<春季都大会>

2024.03.23

【春季東京大会】予選突破48校が出そろう! 都大会初戦で國學院久我山と共栄学園など好カード