Column

県立西尾東高等学校(愛知)

2013.03.19

[pc]

[/pc]

 昨年の夏の愛知大会で、ベスト4まで勝ち進んだのが西尾東だ。全国で2番目に多い189校が出場し、幾多の強豪私立高校がひしめく中での快進撃だった。突出した選手もいないとされる一見ごく普通の公立校が、着実に力をつけていたのはなぜか。
 中日ドラゴンズ・岩瀬仁紀投手の母校(ちなみに現監督は同投手の1学年後輩)という面がクローズアップされがちだが、現役の西尾東ナインたちの奮闘と、その元となる準備力の高さを紹介したい。

練習前の準備:全体でのアップはしない

 「ウチは何も変わったところのないごく普通のチームです。しいて挙げるなら、全体でアップの時間をとらないことぐらいでしょうかね」と、母校で7年目の指揮を終えた寺澤康明監督は言う。
 チーム全体としてのアップをほとんど設けないのが西尾東流だという。キャッチボールやトスバッティングなどの“定番メニュー”もほぼない。たしかに取材日も、練習が始まるやいなや、ゲージを並べての打撃練習が行われていた。最近はチームをあげてアップに注力し、たっぷり時間をかけるチームも多いが、西尾東はその逆をいく。

▲西尾東 寺澤康明監督

「たとえば極端な話、キャッチボールをしても、その直後に打撃練習をするなら、肩を温めた効果は薄れますよね。ウチの場合、年度の後期は午後6時30分に完全下校なので、6時過ぎには全体練習を切り上げねばならない。4時に練習を開始したとして、全体練習は2時間。アップに時間を割く余裕はありません。それはダウンも同様です。まぁ、自転車を漕いで帰宅する生徒も多いので、それがダウン代わりになっているのかもしれませんが…(笑)」

 一見すると、準備を省略しているようにも映るが、決してそうではない。
 実は、体を動かしておきたい部員は、全体練習の前に各自で体を温めている。主将の杉山隆昭三塁手(新3年)は、
「(アップを)やらないけど、いいのかなと思いながら、3年春まできちゃいました」と笑いつつ、「でも各自、練習前に素振りしたりしていますし、自分の場合は少し汗をかいておきたいなという思いから、ランニングはしておきます」と明かす。

 時間こそ長くはないが、各々が必要だと思う体の調整をして練習に参加する。目的意識があるから、短時間でも動ける体になる。選手の中に“やらされている感”が生じては、アップのメニューをどれだけ工夫しても意味がないが、西尾東スタイルならその心配は無用だ。仰々しいアップをせずとも、ケガは少ないという。

 だからこそ、グラウンドを離れても、トレーニングや準備に思いが至る。
 エース黒野智明投手(新3年)が、
「家でも走り込んだり筋トレをしています。試合の日はポール間ダッシュで体を温めたいので、朝早くグラウンドに来ているんです」と話せば、清水健一郎外野手(同)も、
「バットを振らない日はつくらないようにしています。就寝前には相手ピッチャーをイメージして素振りをし、それを終えたらすぐに寝る。頭の中によいイメージが残ったまま試合に向かえます」

 寺澤監督は「厳しさを追求していては、私立にはかなわない」とも語る。決して同校の全体練習がラクというわけではない。ただ、集中して短い時間で濃度の高い練習をし、必要な分をオフタイムで補う。全体練習や半強制的な自主練習で疲れ果ててしまい、家で何もできない球児、きっと少なくはないだろうが、そういう事象を思うと、指揮官の言葉が新鮮かつ重く響く。

このページのトップへ

[page_break:積極走塁への準備:積み重ねあっての「10盗塁」]

積極走塁への準備:積み重ねあっての「10盗塁」

[pc]


▲マウンドに集まる西尾東ナイン(昨夏の愛知大会より)

[/pc]

 昨年夏の愛知大会でベスト4に輝いた西尾東。関係者や高校野球ファンをとくに驚かせたのが、準々決勝での1試合10盗塁だ。県内上位の強豪私立を相手に、走りに走った。

 当然、大舞台での「10盗塁」には、確たる裏づけがあった。足で揺さぶるにあたり、日ごろからその土台が築かれているのだ。チームの方針として、ボールが1つ先行するカウント(1ボール0ストライク、2ボール1ストライク、3ボール2ストライク)では、走者は積極的に次の塁を狙う。さらに、相手ピッチャーが変化球を放るタイミングも、足攻の狙い目に位置づける。たとえば「1ボール2ストライクで自軍打者がストレートをファウルした直後」のようなケースだ。

▲取材日の練習はポール間走と打撃、縄跳び

 こうした鉄則を練習試合で徹底することで、公式戦での実践が可能になる。「練習試合ではその日のテーマに沿って、プランを全部決めて臨みます。このカウントではエンドランするぞ、とか…。そこで試して、本番に」(寺澤監督)

 もっと言えば、それ以前の紅白戦の段階から、準備は始まっている。紅白戦では選手がサインを出し、方針の浸透を図る。
「入部したときから言われているので、『ボール1つ多いカウントでは走るよな』とかすぐに頭に浮かびます。自分が走者のときにも『やっぱり盗塁のサインがきたな』と思えますね」(杉山主将)

 歩んできた道のりが確かだから、本番で強豪校と当たってもぶれない。

「強豪校に対しては、投げる・打つという面以外で勝負していかないと。普段からそういう意識でいれば、相手を揺さぶる糸口や隙を見出せるようになります」と指揮官は言う。
 たしかに、昨夏の準決勝の東邦戦では、2回表にノーヒットで先制点をもぎとり、接戦に持ち込んだ。それ以前にあった強豪校との対戦でも、相手守備陣がタイムをとった直後に三盗を仕掛けて畳み掛けた。

 チームが若い段階から、強敵と互角に立ち回るのはさすがに難しい。
 実際、昨年春の地区大会や県大会ではいずれも強豪私立にコールド負けした。だが、こうした敗戦から力の差を感じ取り、次に生かす。
昨年、エースを務めた畔柳晋太郎投手(今春卒業)も惨敗を経験する中で、打者のタイミングを外すことや変則投法の重要性を再認識したそうだ。痛い目にあうのも、夏の成功の糧だ。

 そうした積み重ねが、最後に生きた。「強豪私立と戦うことが当たり前になってくる中でも、勝てる方法がある(と選手は知っている)。『今日も相手は強いぞ、でも俺たちは勝つぞ』、そういう雰囲気になっていた」と寺澤監督は快進撃を振り返る。空元気(からげんき)とは違う「自分たちの野球」を貫く雰囲気は、シード校などにとって脅威だろう。

このページのトップへ

[page_break:夏の大会までのチームづくり:役割のもと全員野球]

夏の大会までのチームづくり:役割のもと全員野球

▲練習後のミーティング

 昨年の夏は、準決勝までの6試合でベンチ入りした20人全員が試合に出場している。4回戦に至っては、7回までビハインドだったものの、19人を起用して逆転勝利を収めた。

 そうした全員野球ができたのは、選手ごとに明確な役割分担があったからだ。
「準決勝の東邦戦では1点リードで迎えた4回裏、打球が飛びそうだったので、早々に背番号9を引っ込めて守備が得意な選手に代えました。同様に大会中は、この選手がヒットで出たらアイツが代走に出る、その代走に代わって翌イニングからコイツが守備につく、そういう交代の仕方が全て決まっていたし、選手もそれを分かっていたんです」(寺澤監督)

 自身の役割を自覚しているから、心身とも準備万端でプレーできる。
「チーム全体として勝負しないと、勝ち上がれない」と指揮官は考えるが、ベンチ内のあうんの呼吸がチーム力を高めた。

 だが、春の大会を控える現時点では、一芸戦士はつくっていないという。今はまだそういう段階ではない、というのが理由だ。夏の大会が近づけば個々にメニューを組んでチーム内のエキスパートを育てるが、今は可能性を探る時期。いわば夏への準備期間だ。まずは春、県大会に出てその雰囲気を味わい、相手との力量差を確認し、そこで出た課題に取り組んで集大成を迎える構えだ。

▲左から清水健一郎外野手、杉山隆昭主将、黒野智明投手

 同時にこれは、夏の大会が近づくまでは、選手全員が分け隔てなく同じ練習をするという意味でもある。ここにもう一つ、西尾東の強さの秘密がある。
「控えの選手がその気になって準備していてくれました」と寺澤監督は旧チームの補欠メンバーを称えるように、メンバー全員の実力が底上げされることになる。昨夏も主砲が大会前に負傷したが、その穴を背番号2ケタの三矢耕希選手(今春卒業)が見事に埋めた(17打数7安打)。

 それゆえに、全員で戦ってきたというチームの一体感も醸成(じょうせい)される。同じ練習をみんなで乗り越えてきたからこそ、自分が試合序盤で交代を告げられても、納得がいくというものだ。
 なにより、いかにも公立校の野球部らしい、仲のよさそうなムードがいい。昨夏のベンチ入り20人を見ても、出身中学は一色中が5人、鶴城中が3人、福地中・西尾中・六ツ美中がそれぞれ2人。他も地元中学からの進学者ばかりだ。ひねくれた見方をすれば“なあなあ”になりかねないとも言えるが、そこは首脳陣が締(し)めるときは締めているから大丈夫だろう。

 個々の能力比較なら、昨年のチーム以上だといわれる西尾東の現メンバー。
「一学年上が結果を残して『俺たちはもっとできる』と思うかもしれないが、過信にならないように」。そんな寺澤監督の戒めも受けつつ、部員は文武両道に励む。
「退部者ゼロが目標。高校野球に魅力を感じてきてくれる子たちに、さらに野球を好きになって卒業してほしい」というのが寺澤監督のモットーであるそうだ。

(文=尾関 雄一朗

[pc]


[/pc]

このページのトップへ

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

関連記事

応援メッセージを投稿

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

RANKING

人気記事

2024.04.23

【全国各地区春季大会組み合わせ一覧】新戦力が台頭するチームはどこだ!? 新基準バットの及ぼす影響は?

2024.04.23

【春季埼玉県大会】地区大会屈指の好カードは川口市立が浦和実を8回逆転で下し県大会へ!

2024.04.22

【埼玉】花咲徳栄は伊奈学園と、昌平は正智深谷と初戦で対戦<春季県大会組み合わせ>

2024.04.22

【和歌山】智辯和歌山、田辺、和歌山東がベスト8入り<春季大会>

2024.04.22

【春季愛知県大会】日本福祉大附が4点差をはね返して中部大一に逆転勝ち、ベスト8に進出

2024.04.23

【全国各地区春季大会組み合わせ一覧】新戦力が台頭するチームはどこだ!? 新基準バットの及ぼす影響は?

2024.04.23

【春季埼玉県大会】地区大会屈指の好カードは川口市立が浦和実を8回逆転で下し県大会へ!

2024.04.21

【神奈川春季大会】慶応義塾が快勝でベスト8入り! 敗れた川崎総合科学も創部初シード権獲得で実りのある春に

2024.04.17

仙台育英に”強気の”完投勝利したサウスポーに強力ライバル現る! 「心の緩みがあった」秋の悔しさでチーム内競争激化!【野球部訪問・東陵編②】

2024.04.22

【埼玉】花咲徳栄は伊奈学園と、昌平は正智深谷と初戦で対戦<春季県大会組み合わせ>

2024.04.09

【大学野球部24年度新入生一覧】甲子園のスター、ドラフト候補、プロを選ばなかった高校日本代表はどの大学に入った?

2024.04.05

早稲田大にU-18日本代表3名が加入! 仙台育英、日大三、山梨学院、早大学院の主力や元プロの子息も!

2024.04.23

【全国各地区春季大会組み合わせ一覧】新戦力が台頭するチームはどこだ!? 新基準バットの及ぼす影響は?

2024.04.02

【東京】日大三、堀越がコールド発進、駒大高はサヨナラ勝ち<春季都大会>

2024.04.12

東大野球部の新入生に甲子園ベスト4左腕! 早実出身内野手は司法試験予備試験合格の秀才!