津商業高等学校(三重)
県内で「若き名将」と呼ばれてきた宮本健太朗監督が2010年4月に就任して、今年で3年目となり、近年めきめきと力をつけている三重県立津商業。昨秋はセンバツ21世紀枠の県候補校に推薦された。
宮本監督は前任校の白子で、同校44年ぶりとなる夏の大会ベスト8(2006年)、秋季県大会で初のベスト4(2009年)など、古豪を再び県上位へ押し上げた。2010年4月に津商業に転任してからも、県の一年生大会で2年連続準優勝を果たすなど指導力は確かだ。
「白子ではグラウンドが全面使えたけれど、津商では他部と共用。その分、グループに分けてパート練習をしたり、練習の工夫は多くなった気がします。グラウンドにボールが飛んでいる時間が長くなりました」と語る宮本監督。この夏はみっちり走り込み、基本練習を繰り返した。また練習でのインプットとアウトプットを通じ、戦略面でのチームの「決めごと」を試合の場でも徹底できる体にしている。また「宮本イズム」の一端は、新チームの雰囲気の良さからもひしひしと感じられた。
筋トレはせず、走り込みと基礎トレで体づくり
▲走り込む津商業の投手陣
昨今、躍進を遂げている津商業は、一体どんな練習をしているのか。まずは、津商業ならではのこだわりを伺った。
「体づくり」の点では、ウエイトトレーニングはしない方針だ。「体にしっかりとした芯があり、『捕る・投げる』という野球の動き方が分かっていれば、ウエイトトレーニングも効果はあると思います。ただ、津商の現状では、まだ筋トレで枝葉をつける段階ではないと思っています」。宮本監督はそう話す。いわゆる「強化食」も導入していない。
そのかわり、昔ながらの方法で体をつくっていく。それは、走り込みだ。
この夏もとにかく走った。60メートルのダッシュを15分間続けたり、投手陣は外野ポール間走を80分近く繰り返したり。回数ではなく、たっぷり時間をとることに主眼を置いた。
「お盆期間中は特に走り込みました。これから涼しくなるにつれ、走り込んだ分だけ体にキレも出てくるんです」と、指揮官は実りの秋を期待している。
野球の体は野球で、と言ってはオーバーかもしれないが、基礎的なトレーニングや走り込みの積み重ねがモノを言う。中心投手の一人・矢口裕也投手(1年)も
「長い日は2~3時間走りっぱなしです。でもその分、ちょっとだけ、体がどっしりしてきました」と感触良好だ。新採教員として今年4月から赴任した坂倉淳一コーチ(副部長)も「(バットを)振らなければ、振る力はつかない。走らなければ、走る力はつかない。僕自身も『食べてウエイトするだけ』の体づくりは疑問で…」と、宮本流に異論はない。
▲バランスピッチング
基礎的なトレーニングをコツコツ続けることは、体づくりはもちろん、「無意識」レベルで正しく体を動かすためでもある。
「短い距離でのキャッチボールや、緩いゴロをたくさん捕ること。意識が、いずれ無意識になるように。意識、意識、意識、意識・・・とやっていくと、自然に無意識になっていく」(宮本監督)
この日、ピッチャー陣の一部は「バランス・ピッチング」と呼ばれるトレーニングをしていた。6割程度の力の入れ具合で、300球近く投げ込むというもの。ただ、その6割の中でも、リリースやフォームには意識を集中させる。これなら、いずれ「無意識」で正しいフォームが身につきそうだ。6割で投げるから、体への負担も少ない。
試合で「決まりごと」通りに動ける体に
▲足の指をほぐす
とはいっても、体を大きくすることだけが、体づくりではない。今回取材をしていて、そんなことも感じた。試合の場で的確に「動ける体」をいかに用意できるか。それもカギだと思った。
その点で、津商業はインプットとアウトプットへのこだわりが見てとれた。
「『分かっていないのに、出来てしまっている』 実はこれが一番よくないことなのかもしれません」と宮本監督は言う。そのために練習では、目的を明確にして取り組んでいる。練習中、宮本監督が進行を止めて、「この練習のポイントについて分かる人は?」と選手に挙手を求めるシーンが何度も見られた。当てられた選手が、何に目をやりどう動くべきかを答える。
アップにも改良を施した。坂倉コーチやキャプテンが「今は○○の部分をアップしている」と明示し、各自が意識しながら進めていく。ランニング前には、靴を脱ぎ、足の指をほぐすところから始める。腹筋運動でも「速く(腹筋運動を)やっては駄目。動きの意味を分かってゆっくりやること」と、キャプテンが目を光らせて注意する。
体が「決まりごと」通りに動くことも不可欠だ。取材当日は走塁練習に時間が割かれ、選手は各塁上に散り、一次リード・二次リードや、投球に対する「ゴー」「バック」の動き方を鍛えていた。
「決まりごと」は、投球がワンバウンドになれば「ゴー」、キャッチャーがボールを捕ったなら「バック」だ。だが練習中、ゴーもバックもせず、二次リードの位置でつい止まったままになりがちな選手が厳しく注意された。チームとしては「ギリギリでアウトになるのは構わない」方針だからこそ、グレーゾーンを狭め、正しくアウトプットできる体にしておく。
▲津商業野球部 相馬 徳人 主将
「決まりごとを言えないようでは、ゲームのときに役に立たない。話が聞けて、指示・発信ができるコミュニケーション力も大事です」とは坂倉コーチの解説だ。
精度の高さは、こうしたところにある。意味を理解できるかどうか。またそれは、役割への理解にも通じ、だからこそ、「代打がゲッツーを打ったり、三振ゲッツーをくらうことはほとんどない」と坂倉コーチは話す。
心が体を動かすということも、忘れてはいけない。プレーはもちろん、普段の生活から宮本監督は「考動力」を部員に求める。
「僕は選手に、中村文昭氏(飲食店・レストラン経営者)の『頼まれごとは試されごと。相手の予測を上回れ』という話や、木下晴弘氏(研修事業会社代表・元塾講師)の周囲の人を喜ばせるという『幸せの法則』の話をします。お二方とも、講演や著書で有名な方ですよね。損得を考えず、0.2秒で返事をして、決してゴマをするわけではないが、相手から使われる(頼りにされる)人になれと」。
部訓は「心豊かなれば技冴ゆる」だ。
再入学部員は「部の象徴的存在」。新チームは「アホで男前」!
▲左から坂倉淳一副部長、浜口魅希学生コーチ
チームには、最初に入学した高校を第1学年の途中で退学し、翌年度に津商業に再入学した部員が2人いる。
一人は、現在学生コーチを務める浜口魅希君(2年)だ。本来2年生であれば、まだ2年秋・3年春・夏があるが、彼の場合は規定により既に「最後の夏」を終えた。
最初の高校になじめず、自身に弱さもあったと語る浜口君だが、津商業再入学後も練習を一度「脱走」しているという。
「レギュラー争いの中で結果が出ず、自分を追い込みすぎてしまって…。それでも宮本先生は、脱走した自分を探しに来てくれた車の中で、缶ジュースを渡し『話せるようになったら、話せよ』と、受け止めてくれました」
▲矢口裕也投手(7月撮影・津球場)
もう一人は、前出の矢口裕也投手(1年)だ。今は「2回目の1年生」の真っ最中。
前の学校では、1年夏の大会でノーヒットノーラン(6回参考記録)を達成したが、1年時から目立ってしまったためか、その分、つらいこともあったという。
10月に退学し「野球ができるならどこでもいい」と高校を探した。津商業に進学した中学時代のチームメートや、彼に紹介された浜口君から話を聞いて、後を追った。
「(再入学に)不安はありましたが、みんなが受け入れてくれました。グラウンドを離れれば、(年齢が一緒の)2年生に対して敬語はもう使っていません」と表情は明るい。
「単にうちの環境が甘いということかもしれませんが(笑)、彼らは部の象徴でもあります」。宮本監督は2人の存在をそう表現した。
新チームでスタートを切ったナインが目指すのは、「アホで男前」だ。「宮本先生には普段から『男前になれ』と言われている。ルックスではなく、人のために動けるとか、振る舞いが男前であること。そして『アホ』については、僕らはクールなタイプじゃないので、泥臭くいこうと…」と、キャプテンの相馬徳人外野手(2年)は説明する。
「アホで男前」は、既にチームに根付きつつある。山本健太投手(2年)は、「トレーニングのダッシュの後、スタート地点に戻る際にも、ダッシュで戻っているヤツがいる。アホになれている」と、同僚の「アホになる」姿に刺激を受けている。
大西悠介一塁手(2年)は、度重なるケガに悩み、練習中に悔し涙を流したこともあった。
「ある日の雨中のノックで、これまでに見たこともないぐらい、みんなすごく楽しそうな雰囲気でノックを受けていた。ケガで自分だけその中に入れないのが悔しくて、自分を追い詰めてしまい、ベンチの陰でグダグダ泣いてしまったんです。でも、気づいたメンバーが駆け寄ってきて、励ましてくれました」と、仲間の「男前」ぶりを思い出す。
▲津商業の練習風景
そして、新チームの部員65名を「男前」な指揮官がまとめる。
山本は以前、ピッチングに自信をなくし、投手業に背を向けようとした。キャプテンの相馬は今年6月、素直になれず、監督に反抗的な態度をとったこともあったと打ち明ける。
それでも、宮本監督とのやり取りを通し、二人とも切り替えて、今は一歩一歩成長の日々。
「私たち女子マネージャーも含め、全員が宮本先生に見透かされているんですよ」とは大森美咲さん(2年)。
マスコミからは「カリスマ性がある」と表現される宮本監督だが(――ご本人は「いい方々と出会えているだけ」と否定されるが)、部員たちもやはり宮本イズムに心酔している模様。「チームは生き物。今は新チームがどんな集団なのかを見ている段階。ただ仕上がりとしては、今の時期では(過去のチームと比べて)一番いい」という新チームが、若き名将のもと、まずは秋の県大会に挑む。
(文=尾関雄一朗)