Column

県立鳴門渦潮高校(徳島)

2012.04.10

野球部訪問 第61回 県立鳴門渦潮高校(徳島))

「1+1」は「2」ではない・・・「統合形態」ゆえの悩み

鳴門渦潮

“鳴門渦潮・髙橋広監督(前鳴門工業)”

 「よく世間では『鳴門工業と鳴門第一が統合すれば強くなる』と言われるんですけど・・・なかなかそうもいかないんですよ」。
声の主は西条(愛媛)から早大野球部新人監督を経て、1977年(昭和52年)に鳴門市立鳴門工業高校に赴任以来、これまで35年間にわたり鳴門工業一筋に歩んできた髙橋広監督である。

 1980年(昭和55年)度に監督就任以来、これまで[stadium]甲子園[/stadium]出場は春夏4度ずつ。1999年(平成11年)に渡辺亮(現:阪神)をエースに、同校を1973年の春夏連続出場(春ベスト4)以来となるセンバツ出場に導くと、平成14年(2002年)には春準優勝・夏ベスト8の偉業も達成。

 これまでにプロへは渡辺亮の他、里崎智也(千葉ロッテ)、谷哲也(中日)、中田祥多(埼玉西武)を送り出し、豊富な練習量と強気の采配で知られる名将らしくない、やや後ろ向きな発言である。

 鳴門渦潮でも初代監督を務める髙橋監督はその理由についてさらに言葉を紡ぐ。
鳴門第一は名前は変わりますが、(撫養キャンパス・総合学科として)学校の内容はさほど変わらない。でも、鳴門工業は名前が変わる上に、(大津キャンパス・スポーツ科学科として)学校の内容も変わる。工業科も今の2年生でなくなりますし、スポーツ科学科は1クラスだけなので大津キャンパスの生徒数も激減する。ですから僕自身は学校が変わる意識はすごく持っているんですよ」

 そう、鳴門渦潮はあくまで「徳島県立」。鳴門渦潮の練習は両翼100mの広さを誇る旧・鳴門工業グラウンドで行われることもあって、野球部的には鳴門第一が鳴門工業に吸収される認識を抱く方が多いかもしれない。が、実際の運営上は鳴門工業が鳴門第一に吸収される形なのだ。

 よって、もちろん旧チーム主将の山下遼(現:JR四国)のような鹿児島県・奄美大島(朝日中)出身者や、50メートル走5秒9の俊足を誇る鳴門渦潮初代主将・中山拓哉(左翼手3年・神戸ドラゴンズ出身)のように、これまで「市立」だからこそ受け入れられた県外出身者も、今後は難しい状態に。さらに、大津キャンパスの耐震工事が終了する平成26年度までの2年間は、この2キャンパス状態が続くことになる。事実、取材日の練習でも旧・鳴門第一の選手たちは鳴門工の選手たちの筋力トレーニングが終わろうとしている時に、次々と自転車で駆けつけるような状況であった。

 もちろん選手たちに全く責はない。また、練習メニューも旧・鳴門工の選手たちの軽食時間に、旧・鳴門第一の選手たちが筋力トレーニングをこなすことで同じ練習量をカバーできてはいる。が、このような「加えて、スポーツ科学科の新入生は週2回・午後から専攻実技として野球の練習ができるので、新年度からの練習は3段階になる」(髙橋監督・談)時間差練習スタイルは苦しく、かつ長時間の練習を通じ、同じ時間を過ごすことで生まれる「一体感」をチーム力の楚とし、「授業態度とか生活も見て選手を指導する」という鳴門工業のスタイルとは明らかに異なるものである。

 両キャンパスの距離は1.5km自転車でわずか10分であるが、この「1.5km・10分」の距離や、「市立」と「県立」の統合形態、開始時間が3段階となる時間差練習は「1+1=2」の計算式がすんなり受け入れられるほど、簡単な話ではない。わかりやすく例えるならば、かつて大阪近鉄バファローズとオリックスブレーブスが球界再編で2005年に「オリックス・バファローズ」が誕生した際と同じ戸惑いが、この「徳島県立鳴門渦潮高校野球部」には起こっているのである。

[page_break:「第一」スタイルと「工業」スタイルの長所取り入れ、「鳴門渦潮」スタイルへ]

「第一」スタイルと「工業」スタイルの長所取り入れ、「鳴門渦潮」スタイルへ

゛鳴門工第74回センバツ準優勝の記念石碑”

 とはいえ、決まったことを嘆いても前には進まない。髙橋監督をはじめとするスタッフは今年1月より合同チームを結成。「鳴門渦潮」として2012年度を戦うための準備に入った。

 そして、いざ合同練習がはじまってみると、スタイル差ゆえの問題が次々と生じてきた。特に、過去に春4度、夏1度の甲子園出場を誇り、元・阪急の4番の長池徳二や、藤田一也(横浜DeNA)など、プロ野球選手も多数輩出した鳴門第一にとって、そのカルチャーショックは想像以上だった。「個」を伸ばすための技術論指導に長け、2009年夏の徳島県大会では緒方悠(現:大阪ガス)、小林奨平(現:JR四国)のバッテリーを指導し、甲子園まであと一歩まで迫った鎌田智仁合同チーム部長(当時※現:阿波西高校野球部監督)は、合同チーム発足当初の旧・鳴門第一組の様子をこのように語る。

「最初、選手たちはスタイルの違いでみんなケガをして、まるで野戦病院。3年生には『甲子園目指してやるしかないやろ!』と選手たちに諭すことも多かったし、そこで彼らが鳴門第一の野球が好きだったことも改めてわかったんです」。

 入学時には鳴門渦潮構想が本格化していたとはいえ、これまでに「個」を伸ばす技術を追求してきた彼らにとって、ノックはランナー付きが主体。バットスイングも1時間半行うなど技術練習の中にも体力強化を随所に取り入れる鳴門工業の練習メニューは「軽めに設定してある」(髙橋監督)とはいえ、相当厳しいものであったに違いない。

“白帽が鳴門第一組・黒帽が鳴門工組”

 ただ、鎌田部長はその後にこうも続ける。
「でも、今はそれも生徒と対話する機会を作ってくれた時間だと思えるようになりました。旧・鳴門工の選手も旧・鳴門第一の選手を支え、受け入れてくれたし、僕もこのチームをよくできればとアドバイスもしています」。

 確かに、ランナーつきノックを見てもわずか1ヵ月半にもかかわらず中継プレーは「流れはできてきた」と山北聖也コーチ(当時・現:特別支援学校教諭)も一定の評価を下すレベルにまで到達。

 鎌田部長も身振り手振りで捕球からの足運びを教えるシーンも見られるなど、グラウンドには鳴門工業の「力強さ」と鳴門第一の「柔軟さ」を兼ね備えた「鳴門渦潮」スタイルが徐々に生まれようとしていたのである。

 では、当の選手側はこの状況をどのように捉えているのだろうか?主将の中山、副将の松下峻(遊撃手・3年)からも話を聞くことにした。

[page_break:選手たちの顔は「前向きに明るく」]

選手たちの顔は「前向きに明るく」

“約2時間振り込むバッティング練習”

 「ランニング、スイングの量は県内トップクラス。(鳴門)第一のときはそんなに量をこなしていなかったし、どう動いていいかわからなかったし、正直、いやになった時期もありました」と合同練習当時の様子を語ったのは、旧・鳴門第一の松下。それは「入学してから同じ練習をしてきた」中山にとっては、異なる世界を見る思いだった。

 ただ、逆にそれが選手たちの一体感を生む。「鳴門第一の選手たちには、鳴門工業の選手が、こっそりと次の練習メニューを伝えて『辛くてテンション上がらないかもしれないけど、一緒にがんばろうぜ』と励ましました。一方で、「(鳴門)第一の選手たちは楽しそうに野球をやっているし、みんなうまい」と、鳴門工業の選手たちは感じていた。

「元々同じチームのように仲がよくて。練習が休みの日や、練習が18時までの休日には旧・第一の選手の家にお邪魔して、食事やお笑いのDVDとかを見ている」など、プライベートでの交流もあいまって、彼らは徐々に1つの野球部としての形を作りつつある。

「どっちのチームも声が出るので、鳴門渦潮では団結力があって、元気のあるチームを作りたい。攻撃を主に守備も堅いチームにしたいです」(中山)

「やるときはやって楽しむときは楽しむ。メリハリができるように鳴門渦潮では声を出し合いたい」(松下)

 そして、最後に「楽しいものができるような気がする。甲子園に出て勝っていきたい」と、鳴門渦潮として、最後の夏へ向かって目標を語った2人。その表情は正に同じ釜の飯を食った同志ならではの、満面の笑みだった。

[page_break:エピローグ~始まった「1+1=無限大」への挑戦]

エピローグ~始まった「1+1=無限大」への挑戦

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鳴門第一組・松下峻(右3年・遊撃手)と鳴門工組・中山拓哉(左3年・中堅手)

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 こうして迎えた徳島県春季大会。昨秋県大会3位・四国大会ベスト8という鳴門工の実績を受け継ぎ、第1シードとして「鳴門渦潮」初戦を迎えた彼らは、初戦2回戦の海部を8対0(7回コールド)、準々決勝の徳島商戦も13対0(5回コールド)と圧倒的な攻撃力を背にベスト4へ歩を進めた。

 が、準決勝では一転、「昨秋準々決勝で鳴門工に負けた(1対9)後、速い投手を打つ練習に取り組んできた」(岡田康志監督)池田打線に最速144キロ右腕・エース美間優槻(3年)が打ち込まれ、3対7で敗戦。苦い春の体験を経て、鳴門渦潮は夏に激しいマークの中で戦わなければならないことを改めて痛感したことだろう。

 でも夏までに、そんなマークも、プレッシャーも乗り越えるだけの彼らは度量を持っているはずだ。美間は言う。「昨秋の鳴門工業最後の方がプレッシャーを感じていたので、思い切ってできると思います。だって、鳴門渦潮でいきなり甲子園に行けば、創志学園(創部11ヶ月でセンバツ出場)を超える記録になりますよね?それをぜひ達成したいです」

「1+1=無限大」へ。今後、鳴門渦潮が創部3ヶ月で「甲子園」という上昇気流に乗るためのキーワード。それは2校のよさを取り入れた新たなスタイル構築と、それに取り組む選手たちの「前向きな笑顔」である。

(文=寺下友徳

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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