Column

九州国際大学付属高等学校(福岡)

2011.12.24

野球部訪問 第50回 県立宇都宮北高等学校(東京)

冬の透視図

九州国際大付 三好匠

“九州国際大付 三好匠”

「夏、勝てるかどうかは、冬場のトレーニングで決まっちまう」

 今夏、九州国際大付の若生正廣監督が普段から口にしている言葉を裏打ちするような出来事があった。

 2011年7月23日、[stadium]久留米市野球場[/stadium]で行われた全国高校野球選手権福岡大会、準々決勝。その灼熱のマウンドに九州国際大付のエース三好匠(3年)が立っていた。
 三好は大会前に突如襲われた腎臓の病気で体調を崩し、夏本番を前に走ることすら、ままならない状態であったが、なんとか開幕に間に合わせてきた。

 しかしながら、しばらく寝込んでいた影響が大きくのし掛かり、三塁手としては出場していたが、大会序盤から主戦で投げられる状態ではなかった。そして、この日の準々決勝、相手は県内屈指の好左腕・大西祐樹(3年)率いる強豪・福岡工九州国際大付としても、春夏連続甲子園出場を果たすために立ちはだかる大きな山。
 ここで、九州国際大付はエースの三好をマウンドへ送り出す。センバツ準優勝を経験しているとはいえ、三好にとっては今大会初登板。決して本調子とはいえないながらも8回を終えて、失点4に抑える完投ペースだった。

 だが、最終回。1アウトを取ったところで足がつり、倒れ込んだ。一旦(いったん)マウンドを降り、治療をしたが、踏ん張りが効かなく投げられない。
 そんな状態でありながらも、三好は三塁手としての出場を若生監督に志願した。試合後のインタビューで若生監督はこう語っている。

 「三好のなんとかしようって気持ちがすごいよね。(足がつった時点でベンチに)下げようとしたら(三塁手として)行くって言ってね。そういう気持ちってのが、大切なんじゃないですか」

 万全とはいえない状態の中、真夏の大一番で131球を投げ、9回途中でマウンドを降りるも、野手として志願の試合出場。さらに三好は決勝戦でも先発し、完投勝利をあげている。その並々ならぬ気迫とスタミナはどこからくるのだろうか。そのファクターを知るべく、名将が描いている、冬の透視図をみせてもらった。 


『野球ってのは、無限だよね』

九州国際大付 若生正廣監督

“九州国際大付 若生監督”

 温暖なイメージの九州とはいえ、毎年雪が降るほど冷え込む北九州市内。学校の一角にある寮の談話室で若生監督は、その日の試合をこう述懐した。

「あれも冬のトレーニングで持っただけ。だって大会前に調子悪くて、トレーニングを全然していなくても、貯金があったから、あれだけ投げられたわけだし。

あと、冬のトレーニングはきついけん。夏きつくても冬を俺はやってきたんだという自信があるよね。だから、体だけじゃなくて、精神的にも冬場のトレーニングで決まっちまうんだよ」

 九州国際大付は、秋の大会が終了すると、すぐさま冬練習に入る。近年、豪雪地帯でも雪上ノックをするところがみられるように、冬場でもボールを使った練習を行うところが多いが、九州国際大付は全体練習でボールを使わない。
 腹筋1000回、背筋1000回、腕立て500回、300メートルダッシュ25本など、毎日5時間の練習の全てをひたすらこの“基礎トレーニング”に時間を割いている。

「5時間全部トレーニング。トレーニングは自分との戦いだから、自分の意志でやらないと。要するに俺がついたら、みんな顔色伺いながらやるから、身につかないじゃないですか。だけど、ケガしたりしたらいけないから他の先生たちがついているだけで、俺はどれくらいやれるようになったのか確認するだけ」(若生監督)

 だからだろうか、九州国際大付ナインの練習する姿には、確かな規律がみえるが、冬場のトレーニングだけという枠にはめられている窮屈さは感じられない。若生監督が思い描く透視図(遠近法)にある一つの基準線。いわゆる自主性をそれぞれが理解しているようにも感じられるのだ。

「甲子園(センバツ)に行く時も、甲子園に行く前日までバッティングを練習一切しない。甲子園に行って初めてバッティング(練習)をやって、ほんで(今春のセンバツはチーム全体で)ホームラン6本打ったんですよ」

 そう話す名将は、柔和な笑顔をみせたが、すぐさまこうも付け加えた。

「そりゃ、みんな陰ではバット振ってるよ。5時間のトレーニングだけでいいって言っても、みんな野球が好きだから」

 さらに付け加えるなら、その練習は選手に限ったことではない。若生監督が描く基準線には、それぞれの部員に対する点と点を結ぶという思いやりも込められているからだ。

「マネージャーの子も野球が好きなんだから、トレーニングしないといけんよって。だから、うちのマネージャーはスタミナがついているし、野球やらせても上手いですよ」

 野球が好きだからこそ、九州国際大付の門を叩いた全部員への細かな気遣い。すなわち、監督としての親心である。マネージャーであっても高校野球の経験を生かし、もう一度、プレーヤーとしての夢を与える。現に来春卒業する3年生のマネージャー2人も、プレーヤーとして大学で野球を続けるという。高校時代はプレーヤーで、大学などの次のステージでマネージャーに就くということは、よく聞かれるが、それとは全く逆の話である。

「大学、社会人やプロに行って野球を続ける人間もいるけど、やっぱり野球やっている人っていうのは、高校野球終わった後も、みんなサラリーマンになって草野球やソフトボールとかやるやない。そんな時に『お前、ほんとに野球やってたのか』って自分の教え子たちが言われたくないよね。
 『お前は誰に習ったんだ』って言われたら『若生監督に習った』って言ってもらいたいよね。いつまでも野球を愛して、結婚した後でも自分の子供を始め、近所の子に教えられるおじさんになると思うんですよ。その時に正しいことを教えてほしいし、何もプロ野球にいかなくても、そうやって教えられるような人間になってもらいたいよね。だから野球ってのは、無限だよね」。


股関節の柔軟性を学ぶ

【ほとんどの選手がべったりとつく】

【モデルとなった3年生の高城(奥)谷口(手前)】

【高城も入部当初は硬かった】

【トレーニングの結果、ここまで柔軟に】

「高校野球とは!?とか、どうやったら勝てるようになるんですかって、よくみんなに聞かれるんだけど、長いことやってきて、トレーニングしかないと思うんだよね。野球は、バント、走塁、カバーリングの3つが必要なことで、バッティングとか技術的なことは二の次。それで体作りやキャッチボールとかの基本を教えることが大事になんだよね」

 そう話す若生監督が、最もシビアに考えていることがある。それは股関節の柔軟性である。なかでも新入生が高校に入学してから夏までの間が、最も勝負になってくるという。

「1年生の夏までは、骨が固まる前なんで柔らかい。だからこの時期に徹底的に柔軟性を身につけさせるんだよ。
みんな(地面に座った状態で両足を180度近くまで広げて前傾姿勢から地面に)胸が着くように、特に汗をびっちょりかいている暑い時に、股関節を柔くするんよ。それで一度、(胸が地面に)着いてしまえば、後は風呂上がりとかに、ちゃんとストレッチを続けておけば、硬くはならん」

 これも紛れもない自主性である。当然、練習や試合の合間に全体で習慣付けをしているが、硬くなりやすい冬場においても自主性がなければ、持続させることは難しい。言い換えれば、自主性ほど行動力を付ける要素ではないだろうか。

 「僕の理論が体重移動なんですよ。どうしても腕の太さと足の太さは、全然違うじゃないですか。その下半身の力を利用して、上体に伝えるだけ。要するに股関節が硬かったら、スムーズに体重移動できないでしょ。だから、股関節を柔らかくしなきゃ伝わらないってことを東北高校の時からずっとやっています。だから、東北高校の僕の教え子たちは、みんな柔軟性に富んでるよね」

 若生監督自らが、選手時代から必要性を感じていた股関節の柔軟性。それは東北高時代、成長痛で走り込みを十分にできなかったダルビッシュ有(北海道日本ハムファイターズ)に対しても、無理をさせずに柔軟性を重視したことも、後の結果に繋がっていることだろう。

「自分的には大した監督じゃないなと思っているけど、自分の信念を持ってやっているってことは確か。その中の教え子たちがどれくらいまでなるかは、本人の努力次第だし、ダルビッシュに教えたことも間違ってないと思っている。あとは本人が考えたり、努力したり、考え方ですよ。ダルビッシュは頭のいい子だと思うね。これがいいと思ったらとことんやるし、(逆に)やりたくないって思えばやらないけんね」

 現在、九州国際大付の部員59名のうちケガをしているのは2人だけ。さらに冒頭で紹介した突如(とつじょ)襲われた夏のアクシデントにも乗り越えられた三好からも分かるように、冬場に作る強い心と体、そして柔軟性を重視していることが、この結果としても顕著に表れている
 まずは、選手それぞれの点と点を結び基準線を描いていく。そして遠近法をうまく用いながら、徐々に完成させていく。それが、若生監督が描く冬の透視図であり、それぞれの選手が得られる人生の礎(いしずえ)ではないか。

(文・写真=アストロ

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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