Column

済美高等学校(愛媛)

2011.07.11

済美高等学校

済美高等学校2011年07月11日

 2004年、わずか創部3年目でセンバツ初出場初優勝。夏も全国準優勝の快挙を果たした済美(愛媛)。「守備から入り、少ないチャンスをものにする」という、これまでの四国野球の概念を覆す上位から下位まで全く気の抜けない強打線は、「牛鬼打線」と呼ばれる打のチームを作り上げた宇和島東時代同様に試合中の笑顔を絶やさなかった上甲正典監督。そして時の小泉純一郎首相も所信表明演説で引用した「『やればできる』は、魔法の合ことば」という学園歌と共に、強烈なインパクトを甲子園に植え付けた。

 その後の高校野球戦術すら変えてしまったといってよい済美。では、いったいなぜ彼らはわずかな期間でこのような打棒を手にすることができたのだろうか?その全ての答えは、鵜久森淳志(北海道日本ハム)、福井優也(広島)など、これまで8期生が巣立っていった松山市郊外に位置する済美球技場の中に存在していた。

[nophoto]

【目次】
1.野球の概念に囚われない練習法
2.体が強い選手の礎を作る
3.プロも体験したエルゴメーターの効果
4.心身修養を超え、いざ勝負の夏へ

[/nophoto]

野球の概念に囚われない練習法

【冬練習で主に使う器具の数々】

 丸太。荒縄。テニスボール。サッカーボール。ラグビーボール。さらにはゴルフボールまで。1塁側ベンチ裏にある倉庫には、まるで公園事務所の貸し出し器具のようなありとあらゆるスポーツ用具がそろっている。

 ただし、済美高校野球部にとってこれらは全て自らのスキルを上げる貴重な練習パートナー。現在部員55人を束ねる主将の山下遼(3年)は、各スポーツ用具の使い方について懇切丁寧に教えてくれた。

「ほとんどの器具は冬場の練習で使います。たとえば丸太は腕の力や握力をつけるためにもって投げたり、持って走ります。あとは全体のバランスを保つためにサッカーもしますし…。そうそう、ラグビーボールでサッカーをしたり、前からラグビーボールを投げてもらって、それを捕球する練習もしますね」。

 ともすると単純作業の繰り返しになりがちな冬練習。ならばいつもとは違ったアプローチで同じ効果を得られれば、チームの雰囲気も自然と上がってくるというものだろう。事実、取材日にはアップの一環として荒縄を使った縄跳びが行われていたが、腕を一杯に使った選手たちの表情はきつさの中にも明るさがあふれていた。

 済美ではその他にも重いバットを持って走ったり、鉄バットでゴルフボールやテニスボールを打つ練習も取り入れている。「野球につなげる」という本筋は保ちつつも、様々なアプローチで「心・技・体」を鍛え上げる彼ら。全国を驚かせた飛躍的躍進の裏にはこのような野球の概念に囚われない練習があったのである。

このページのトップへ



[nophoto]

【目次】
1.野球の概念に囚われない練習法
2.体が強い選手の礎を作る
3.プロも体験したエルゴメーターの効果
4.心身修養を超え、いざ勝負の夏へ

[/nophoto]

体が強い選手の礎を作る

【エルゴメーターを使ってのトレーニング】

 このように「野球外から野球につなげる」発信地となっている1塁側。一方でそれと対を成すように、3塁側ベンチ横には「強打済美」の象徴的存在ともいえる練習器具「エルゴメーター」が10台並べられている。

 ただ、本来エルゴメーターはボート種目において全身を鍛え、かつボート競技でのピッチ数を維持するために使用されるもの。では、エルゴメーターがなぜここに並べられるようになったのか?

 その発祥を知るには上甲監督が宇和島東を率いていた四半世紀前まで遡る必要がある。

 当時、「野球部は考え方含めて子どもなのに、ボート部の子は大人の考え方をもっている」と、全国屈指の強豪であったボート部と、甲子園への壁を打ち破れなかった野球部との「違い」を痛感していた上甲監督。その理由をあれこれ探っているうちに、「ボート部は監督のいない中でも海で1時間漕ぐし、鉄棒でも片手で30回懸垂ができるし、ソフトボールをやれば打ち方が下手でも打ち返す。ならば野球部の子もそのレベルに達すればいい」と、ボート部の体力作りを野球部に採り入れることを思いつき、実行に移したのがそのはじまりである。

 直後、1987年春には初出場初優勝の偉業を達成した宇和島東は、エルゴメーターを導入した1989年からは、さらに勢いを加速。上甲監督が済美へ転じる2002年4月までに、夏8度・春5度の甲子園出場を達成。そして上甲監督は済美でも春1度、夏3度の甲子園出場を果たしたのである。

「もちろんエルゴメーターの他にウェイトトレーニングもやっていましたし、何がよかったかはわかりません。ただ、エルゴメーターで体が強くなったことは事実です」(上甲監督)。宇和島東では岩村明憲(東北楽天)、宮出隆自(東京ヤクルト)、平井正史(中日)ら、済美でも鵜久森、福井など上甲監督の下で多くのプロ野球選手が生まれたのも、エルゴメーターの存在があったからこそなのだ。

このページのトップへ



[nophoto]

【目次】
1.野球の概念に囚われない練習法
2.体が強い選手の礎を作る
3.プロも体験したエルゴメーターの効果
4.心身修養を超え、いざ勝負の夏へ

[/nophoto]

プロも体験したエルゴメーターの効果

【エルゴメーターのランク分け基準】

 エルゴメーターの使い方は様々である。

 取材日には規定時間内に1000m2セットのメニューが組まれていたが、500mで行ったり、冬場にはひたすら1時間漕ぐことも。なお、500mにおいては1分30秒で漕ぎきることがAランクとされている。

 ちなみにプロ野球選手たちの高校時代の500m記録は、福井投手は1分30秒、岩村選手は1分24秒、平井投手は1分21秒。そして宮出選手は1分16秒と、ボート五輪代表の武田大作選手(ダイキ所属)クラスの素晴らしいタイムをたたき出していたそうだ。

 とはいえ、このエルゴメーターは上甲監督の宇和島東時代にボートトレーニングを教えた井手勝敏さん(現:今治西高ボート部監督)ですら「地上にある中で一番厳しい練習器具です」と明言するほど、できることなら避けて通りたい地獄の練習メニュー。実際、筆者も選手が練習する合間に体感してみたが、選手たちの半分のペースで1分ほど漕いだだけでみるみるうちに太腿に乳酸が溜まり、身動きが取れなくなってしまった。

 だからこそ、乳酸をパワーに変えられた際の効果は絶大なのである。済美をはじめ、明徳義塾(高知)など多くの高校にエルゴメーターの導入を提唱し、その指導にもあたってきた有限会社ランクアップジャパン・吉見一弘代表取締役は、エルゴメーターが肉体に及ぼす好影響と使用時のポイントについてこう説明を加えてくれた。

「エルゴメーターは足と同時に背筋や腰に負担をかけずトレーニングをすることができますし、同時に心肺機能も鍛えられます。強く引くと重くなってしまうので、足と背筋を連動させて最後に腕を早く短く引くことがポイントです」。

このページのトップへ



[nophoto]

【目次】
1.野球の概念に囚われない練習法
2.体が強い選手の礎を作る
3.プロも体験したエルゴメーターの効果
4.心身修養を超え、いざ勝負の夏へ

[/nophoto]

心身修養を超え、いざ勝負の夏へ

【上甲監督の話に聴き入る選手たち】

 さらにエルゴメーターにはもう1つの効果もある。チェーンがつながった艪(ろ)を漕ぐと目の前にピッチ数、走行距離等が表れるこの器具。すなわち一切手を抜くことが許されない中で選手たちはひたすら漕ぎ続けなければならない。

 これまで、県大会、四国大会、そして甲子園で数々の「マジック」を起こしてきた上甲監督。実は、そのベースには「高校野球は時間との戦いなんです。体力、技術、戦術を2年半の間に教え込まなくてはいけない。その意味は短時間で筋力、持久力、そして精神力という3つの運動ができるし、ノックやバッティング練習にも多くの時間が割ける。一石二鳥以上の効果があります」と語るエルゴメーターは絶対に欠かせないアイテムとなっている。

 かくして8期生(3年生)21人・9期生(2年生)21人・10期生(1年生)13人で夏へ挑もうとしている済美。「最初はエルゴメーターに負けていました」と1年生当時の思い出を語った主将の山下は、練習から得たこと、そして夏への想いをこう語った。

「エルゴメーターはひたすら同じ動きをするから、肉体的な辛さと同時に精神的な辛さもあるんです。ただ、それをやってきたことで腕も太くなったし、打球も違ってきました。

 僕は大阪(忠岡ボーイズ)から、小さいころから憧れていた甲子園に行くために済美に来たし、辛かった練習の思いを試合でぶつけていきたい。練習量にはみんな自信をもっていますし、甲子園に行くことが周りの方々への恩返しになると思っています。」

 今年は8年ぶりにノーシードからのスタートとなる彼らだが、3年ぶりの晴れ舞台出場への意気込みは誰よりも強く、そして熱い。

(文・寺下友徳

このページのトップへ

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

関連記事

応援メッセージを投稿

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

RANKING

人気記事

2024.04.16

【春季埼玉県大会】2回に一挙8得点!川口が浦和麗明をコールドで退けて県大会へ!

2024.04.16

【群馬】前橋が0封勝利、東農大二はコールド発進<春季大会>

2024.04.16

社会人野球に復帰した元巨人ドライチ・桜井俊貴「もう一度東京ドームのマウンドに立ちたい」

2024.04.16

【12球団4番打者成績一覧】開幕ダッシュに成功した4番はOPS1.1超のWBC戦士!

2024.04.16

城西国際大の新入生に大阪桐蔭、帝京、作新学院、神村学園ら強豪校の好選手が揃う!

2024.04.14

【全国各地区春季大会組み合わせ一覧】新戦力が台頭するチームはどこだ!? 新基準バットの及ぼす影響は?

2024.04.12

東大野球部の新入生に甲子園ベスト4左腕! 早実出身内野手は司法試験予備試験合格の秀才!

2024.04.12

【九州】エナジックは明豊と、春日は佐賀北と対戦<春季地区大会組み合わせ>

2024.04.11

【埼玉】所沢、熊谷商、草加西などが初戦を突破<春季県大会地区予選>

2024.04.11

【千葉】中央学院は成田と磯辺の勝者と対戦<春季県大会組み合わせ>

2024.04.09

【大学野球部24年度新入生一覧】甲子園のスター、ドラフト候補、プロを選ばなかった高校日本代表はどの大学に入った?

2024.04.05

早稲田大にU-18日本代表3名が加入! 仙台育英、日大三、山梨学院、早大学院の主力や元プロの子息も!

2024.04.14

【全国各地区春季大会組み合わせ一覧】新戦力が台頭するチームはどこだ!? 新基準バットの及ぼす影響は?

2024.04.02

【東京】日大三、堀越がコールド発進、駒大高はサヨナラ勝ち<春季都大会>

2024.03.23

【春季東京大会】予選突破48校が出そろう! 都大会初戦で國學院久我山と共栄学園など好カード