Column

県立豊田西高等学校(愛知)

2011.03.29

光星学院高等学校

愛知県立豊田西高等学校 2011年03月29日

愛知県立豊田西高校グラウンド

「自分が進化しないといけないんです」

 愛知県の進学校の1つ、豊田西高校を率いる平林宏監督は今年で就任24年目となる(※2011年4月1日から大府高校に赴任)。シルバーコレクターと言われ続けた豊田西は、過去の夏の愛知大会で6度決勝戦に駒を進めている。しかし、いまだ『夏の頂点』には立てていない。

「決勝戦の閉会式で銀メダルを首にかけられて、この色のメダルを何個もらえば甲子園に行けるんだって感じていました。県大会の1回戦で負けようが、決勝戦で負けようが同じこと。甲子園が遠かったですね」(平林監督)。

 一度だけ、豊田西が春の甲子園の土を踏んだことがある。平成10年、第70回選抜高校野球大会だ。この大会で、豊田西は初戦・新発田農に5対0、2回戦の光星学院を3対2で破り、3回戦まで勝ち進んだ。

「この前年の秋の大会では、あれよあれよという間に勝ち上がっていったんです。県大会と東海大会でも優勝して、選抜大会の出場を決めることができました」。なぜ、この年、豊田西は勝つことができたのか。

指導者の選手に対する心の変化

スイングチェックをする豊田西・平林宏監督

 平林監督は、その理由をこう語る。

「平成5年の夏にも、県大会決勝で敗れました。学校としては4度目の決勝戦での敗退。これまで甲子園に出場を決めていた高校は私立ばかりだったので、公立は選手を選び取れるわけでもないし、県内で勝つことは厳しいんじゃないか。私立のチームの選手をみて、『いいよな、あんな選手がいて、こんな選手がいて』って羨ましい気持ちでみてたんです。そんな中で平成5年から3年連続で、公立の大府高校が甲子園に出場を決めたんですよ。『俺は何してるんだろう』って悔しくて、平成9年の秋季大会前に何かヒントを掴みたくて1人で夏の選手権を観に行くことにしたんです」。

甲子園のスタンドに立って、平林監督が感じたもの。それは、知らない間に自ら抱いていた周囲への“妬み・やっかみ”の思いだった。

「甲子園に入って、『うわぁ、いいなぁ』って鳥肌が立ったんですよ。甲子園がすごく輝いてみえた。素直な気持ちで甲子園はいいところなんだって思いました。それと同時に、自分はこれまで、無いものねだをしていたことに気付きました。指導者って、自分が勝ちたいから人のせいや、モノのせいにするのが常なんですよね。私も、これまで選手層の差、環境の差のせいにしてきたけど、そんなことは、どうにもならない。それよりも、今いる選手たちと一生懸命野球をやろう!そう素直に感じたんです」。

平林監督は、さらに言葉を続ける。

「人間って不思議なもんですよ。子供を思いやる気持ち、そういう目に見えない絆こそが、目に見えない力となっていくんですよね」。

 そして、豊田西は翌9月に行われた愛知県秋季大会で優勝すると、東海大会も制覇。選手たちに対する気持ちの変化で、ここまで結果が変わるものなのかと、この勝利に一番驚いたのは平林監督本人だった。

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同じ山の登り方をしない

選手の自主性を重んじて練習メニューを組み立てる

 選抜大会出場以降、平成12年と13年にも、今度は夏の甲子園出場のチャンスがあった。しかし、2年連続で愛知大会決勝戦でまたも敗戦。ここで、平林監督は気付く。

「甲子園って中毒になるんです。一度行くと、もう一回行きたくなる。だから、甲子園から戻ってきてからは、全国で勝つためには、このくらいレベルをつけないと勝てないんだぞと、逆に選手に辛く当たるようになってしまったんです。だけど、春と夏の甲子園の山は違ったんですよね。春の甲子園の山に登れたからといって、そこを一度下山しない限り、次は無いのだと知りました。高校野球っていうのは、年によって、山の登り方を変えていかなければならない。全く同じ登り方はないんですよね」。

 今、平林監督はその年、その代に合わせて、指導を変えている。今年の代のテーマは、「会話が出来るチーム」。

「最後の夏の大会で、もしエラーで負けたら3年間、自分のノックが足りなかったなと思うんです。もし打てずに負けたら、自分のバッティングの指導が足りなかったなと思うんです。だけど、サインだけは見逃してほしくない。サインは、俺とお前たちの“会話”だぞって選手たちには話しているんです。それを見落としたら、俺たちの人間関係が薄かった証拠になってしまうから」。

そのため、練習では今までよりも監督と選手、さらに選手と選手での会話を増やすようにした。

「平林先生に僕らが何か質問された時も、『ハイ』だけではなくて会話をするようにしています。先生からも、『会話が出来ない選手は伸びない』って教わってから、確かに今注目されている斎藤佑樹選手にしても、テレビを見ていると大人の方ともちゃんと会話が出来ているなと思って。そういうのも見て、一流になるためには会話ができる力は必要なんだなとチーム全体で意識しています」(小澤幸典)。


会話が出来るチームへ成長

 チームの新たな変化は、不思議とすぐに結果となって表れた。力の突出した選手が毎年いるわけではない。それでも昨秋の愛知県大会でベスト4、東海大会では準々決勝まで勝ち上がった。その準々決勝・大垣日大戦では2対8で敗れたが、この負けからも彼らは「大垣日大の左腕(葛西投手)を何故打てなかったのか」「左投手に苦手意識がみんなあった。それを克服するためにどうするか」を課題とし、この冬の打撃練習に取り組んだ。

オフシーズンの練習で意識している点を問うと、どの選手からも素早く答えが返ってくる。

「秋の大会以降、バットを握ったときの上の手の使い方を工夫しています。自分も左なので、脇の締め方や体重移動を意識しながら振り込んでいます」。

左手の使い方を習得

下半身は使わずに手の平を隠して平行に振る

 この日の練習後の全体ミーティングでは、こんな会話があった。

「今日のフリーバッティング、お前良かったよな。何が良かったんだと思う?」と平林監督が選手に尋ねた。その選手は、自分で良かったと感じたポイントを説明する。それは、周りの選手たちへのアドバイスともなる。豊田西では毎日が、この繰り返しだ。

「考えすぎないことが多いと、考えなければならないことが崩れていく。悩み苦しみながらも、もっと選手が考えて自ら動くことが出来るようになってほしい。その部分で、指導者は子供たちをもっと信頼してあげないといけないのかなと思うんですよね、これからは」。今年で就任24年目、教員歴36年目となる平林監督であっても、その思考は日々進化している。そんな監督に選手たちも、多大な信頼を寄せる。

「先生は、とても度量が大きい方です。人を動かす力がある。今年は会話を大事にしようとチームで決めましたが、それと同時に平林先生の指導についていこうと、みんな同じ方向を向いて、同じ目標を定めて野球をしています」(岩井奨太朗)。

 彼らの目標とはこれまで一度も成し得ていない“夏の愛知”のてっぺんを獲ることだ。これまでとは違う山の登り方で、この夏こそは頂を狙う。

(文=安田未由)

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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