Column

県立松山商業高等学校(愛媛)

2011.01.14

「山形県立北村山高等学校」

愛媛県立松山商業高等学校2011年01月14日

名門復活への「地獄の冬合宿」

重澤監督から説明を受ける選手たち

 1903年の創部以来、春2度、夏5度の全国優勝を誇り、全国の高校野球ファンには「夏将軍」とも称される愛媛県立松山商業高等学校硬式野球部。
 そんな名門に一昨年4月からコーチとして赴任し、8月からは指揮を振るうのが重澤和史監督。
「今年は、やってみようと思うんです」練習後の監督室で、重澤監督がそう話したのは、昨年12月はじめのこと。
すなわちそれは一昨年、愛媛県高野連主催のフィリピン遠征等によって断念した冬合宿開催の宣言である。

 普段から技術と精神を徹底的に鍛え上げる練習を選手たちに課すことで知られる重澤監督であるが、その中でも12年前、川之江高校の監督就任当初から続く「精神的な心の器を大きくする」ための冬合宿は、過去体験した教え子たちの誰もが「厳しかった」と口をそろえる壮絶なもの。
「今であれば大丈夫だと思います」と語る指揮官ではあったが、現代の高校生にそんな練習が果たして適合するもの、もっと言えばついていけるものなのであろうか?

しかし、そんな心配は杞憂であった。
12月28日から30日まで、重澤監督が寮監を務める同窓会寮「さくら寮」を拠点に行われた正に「地獄」と化した3日間を通じて、彼らは確実に高校球児として、そして人間としての成長を遂げていったのだから。

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バットもボールもグラブもない冬合宿

いっぱいに砂を詰めたペットボトルを持ってダッシュ!

 12月28日14時、さくら寮に程近い公園に練習着姿で集まった2年生5名、1年生21名、計26名の選手たち(1年生1名はけが治療のため合宿不参加、他に2年生男子マネジャー1名、女子マネジャー2年生1名、1年生1名)。
選手同士で軽く会話は交わしながらも、その顔は一様に不安に満ちている。
それもそうだろう。
事前に重澤監督から「理にかなった練習は一切しない。体力はつかないよ」とおおまかな指針は告げられ、「川之江の監督時代の先輩から事前にお話は聞いていた」(北川雄大主将)とはいえ、その内容はベールに包まれたまま。

しかも手に持っているのは手袋と空の500mlペットボトル2本のみ。バットも、ボールも、グラブもそこにはないのだ。

そしてダッシュで体を温めた後の集合で、重澤監督から改めて言われた「お前らにとって人生で一番辛い3日間になる」という訓示。彼らはそれを聞いた瞬間、たちまち表情をなくしていったのである。

 かくして始まった最初のメニューはいきなり松山市郊外の海水浴場へ向けての10kmロード。
この日は冬の瀬戸内海ならではの冷たく強い風が吹き付け、けが人3名が乗る自転車ですら立ち向かうことが厳しい気候であるにもかかわらず、60分を目標タイムに設定されての大出走。
いくら普段から体を鍛えぬいた高校球児といえども、それだけでも相当なきつさである。
案の定、息を切らせながら海水浴場に到着した選手たち。

しかし彼らにとって真の地獄は、鉄アレイ代わりとしてペットボトルに一杯の砂を詰め込んだ直後から始まった砂の上であった。
乳酸がたまった脚を容赦なく刺激する150m全力ダッシュ。
潮風がのどを刺激する中での声出し、「体操」とはとてもいえない果てしなき間、続けられる屈伸運動の数々、そしてまた足がもつれる中での砂浜ダッシュ。
しかもダッシュ系の練習は全て両手にペットボトルを持って走らなければならない。

加えて彼らが少しでも妥協のそぶりを見せようものなら、即座に重澤監督、程内大介部長、サポートメンバーとして参加した3年生たちなどから叱咤激励を超える声が飛んでくる。

「自分の殻を破れ!破らないと意味はない!」
「馬鹿にならないと変われない!変わって帰れ!」
「心を入れ替えろ!」

 この日、10mをゆうに超える嵐となる中で続いた砂浜での「精神鍛錬」が終わったのは17時すぎ。再び10kmを走って戻ったさくら寮での夕食における空気は、これまでの練習とは全く違う場所から訴えてくる痛み、箸すら進まない疲労感と、初日以上の練習になるに違いない2日目がやってくることへの絶望感が満ち満ちていた。

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「殻」を破り始めた選手たち

泣き叫びながらもメニューに取り組む

 12月29日、合宿2日目の練習は午前5時、静寂の学校グラウンドから始まった。
夕食後も野球日誌の提出、入浴、洗濯があったため、午前0時にようやく横になれた選手たち。
そんな彼らの眠気を振り払うべく、いきなり過酷を極める体幹運動の連続にグラウンドからはうめき、叫び、そして苛立ちの声が上がり始める。
それは弱かった自分たちの本性をえぐり出し、超えようとするもがきの声にすら聞こえてくるものであった。

 わずか1時間とは思えない気が遠くなる早朝練習の後は、掃除、朝食、合宿3度目の10km走で再び砂浜へ。
そこでは昼食をはさんで約5時間にわたる初日以上の、正に「筆舌に尽くしがたい」練習が繰り広げられた。
それでも選手たちは苦しさにうめき、そしてついには泣きながらも、松山商伝統のあいさつ練習に始まり、干潮時を利用した波打ち際の坂道ランニング、声出し、ヒンズースクワッド、腕立て伏せ、様々なジャンプなど、やつぎばやに続く1つ1つのメニューへ真摯に立ち向かっていった。

その激しさは激励に訪れたOBの石丸太志さん(01年夏甲子園出場・現:三菱重工神戸硬式野球部捕手)も「僕らのときより厳しい。ここまで徹底的に教育されているとは・・・」と話したきり絶句するほど。
そして、その中から次々と自分のこれまでの限界を超え、「殻を破る」選手が出始めた。

その代表格は秋まではケガが多く、グラウンドで姿を見かけることすら少なかった外野手の矢野慎太郎(1年)であった。
「いつもは自分に負けているが、3年生や周りの人々の声援でこのままではいけないと思った」
彼は、午前最後のメニューとなるシャトルランでは、北川主将から「足が遅いのに頑張っている」と言わしめるほどの頑張りで苦しい時間帯にあったチームを牽引。
その連鎖は午後の400m往復走で互いを激励する声となり、2日目のハイライトとなった最後の山越え10km走では、とてつもないパワーとなって表れていた。
2日目の食堂における彼らの表情。それは1日目のあどけなさとは異なる、いっぱしの「男の顔」になっていた。

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「心」という力を手に

最終ランナーを全員で囲む

 このように「効率」、「効果」など「効」が優先される昨今の高校野球とは背を向ける形で進められながら、一体感を生んでいった松山商の冬合宿。では、なぜ重澤監督はこのような形式の練習を冬合宿で行うのであろうか?

「世の中には理不尽な事なこともあるし、『これでいい』と思っても周りが認めてくれないこともある。野球でもゲーム中にうまくいかないことはあるし、やったつもりでもできないこともある。でも、それが人生なんです。世の中に出たら思い通りにいかないことの方がはるかに多い。そこで前向きに捉えることができない人間にはなってほしくないので、僕は野球を通じてそこを学んでほしいんです」。

 実は先に「鉄アレイ」代わりと記したペットボトルもその理念と密接にリンクしている。
指揮官はこのペットボトルが与えるもう1つの効果についても語ってくれた。

「人間ってすぐに苦しいことを忘れてしまうものじゃないですか、そのときにあの苦しい練習をした砂浜の砂が入ったペットボトルを見れば、そのときのことを思い出すと思うんですよ。選手たちにはあれを『お守り』にしてほしいですね」。

 残念ながら2日目終了時点で取材を終えることになった今回の松山商冬合宿。
しかしどうしてもそのラストシーンが気になって翌日夜に電話すると、受話器の向こうからは「最終日はみんな号泣しながら坂道ダッシュをして、無事に終わりました!」と、初日「まだ殻を破る子と破らない子の差がありますね」と重い声で話したときとは180度異なる重澤監督の明るい声が返ってきた・・・。

そんな彼らの守り神となる砂入りペット

 勝負の世界は実に非情なものである。
たとえ松山商がこのような精神修練を積んだとしても、実力の部分で他校との差を埋められなければ勝利することはできないし、勝敗は時に実力外の運で左右されることもある。

 しかし、ただ1つ言えるのは彼らがこの3日間でこれからの長い人生にとってかけがえのない「心」を手にしたこと。
それは昨秋には愛媛県大会で3位に入り15年ぶりに四国大会に出場して復活への狼煙をあげ、今夏は10年ぶりの甲子園到達を目指す松山商硬式野球部にとっても、栄光を狙う上での「走・攻・守」に加わるもう1つの力となるはずだ。
そう、あの砂入りペットボトルと共に。

(文=寺下 友徳)

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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